夢の変身

@s-ora105

第1話 夢

「なぜ俺がこんな目にーーー

俺が”一番“努力していたはずだろ!?」


俺は生徒会活動を理不尽な理由で辞めさせられ、かつての部活の仲間にすら蔑まれる、最悪な学校生活を送っていた。


時々最近不思議な夢を見る。それも自分が特別な存在になったような変な夢だ。


しかし描写が余りにもリアルなので、いつも夢の中で起きていることが現実にあるように思ってしまうのだ。


今日も陽が落ち、辺りが暗くなっていく。

何もする気が起きない日は、余りにも長く感じる。


早く寝てしまおう。嫌なことをまた思い出して陰鬱な気分になる前に、だ。


そうしていつも通りの布団に入って目を閉じる。


次第に辺りが明るく見えてきた。

どうやら朝が来たのかと思ったら、案外そんなことでもなさそうだ。





「・・・将軍様!目が覚めましたか!?」


嫌でも分かる。死の匂いが漂ってくるのだ。

辺りを見渡すと多くの甲冑を付けた人が戦っている。


俺は今回、乱世の将軍になってしまったようだ。


「…ああ、今はどんな状況だ?」


できるだけこの状況に順応する。これがこの夢への対処法だ。


正直な話、下手に抵抗するよりかはマシってだけなんだが。


「はいッ…!私共の力不足により我が軍は崖へと追い込まれてしまいました…!」


どうやらかなり追い込まれているようだ。

だがこれは夢だから安心。別に切られたとしても痛くも痒くもないのだ。

そう思っていた。


「ッ!?将軍様、矢がーーーッ!?」


敵の矢が飛んできたようだ。当然避けることのできる反射神経など持っているはずがなく。


「痛ッーーー!?」


思わず苦痛で顔が歪む。


何故…?何故痛みを感じる…!?


「痛いーーーッ!!嫌だ……!死にたくなんてない…!?」


刺さった矢は足に感じたことのない痛みを感じさせる。順応しなければという理性など消え失せ、生命本能だけが言葉を吐き出す。


「嫌だ…!助けて…!誰か助けてーーーッ!?」


四つん這いになってその場から動こうとする。

だが恐怖で体が動かない。


こんなのおかしい…!?

一体何が起こっている…!?


「将軍様ッ…!?おい誰か!?将軍様が錯乱なさったッ!!誰か捕まえてくれ!!」



ダメだ!捕まったらもう俺は死ぬだけの場所に立たされることになる…!


その時は何故か体が動いた。もう夢だか何だかなんて関係ない。

急いで本陣から走って逃げ出す。


するとそこには。



・・・見つけたぞ!!!敵の本大将だ!



敵兵のような格好をした人に見つかった。

そのままこちらに向かってくる。


標的が俺なのはもはや火を見るより明らかだ。


心臓が早鐘を打つように動いている。


怖い。怖い。怖い。怖いーーー!!


「覚悟ッーーーー!!!」


敵兵の刀が目前まで迫る。



ーーーーピピピピピピーーーー


…..!!!!!


そんな間抜けな音と共に過去最悪な夢は終わった。だが、心臓の動きは先ほどの夢と変わらない。


本当に夢とは思えなかった。


痛みだって感じた。恐怖だって感じた。怒号や狂乱。その全てが脳裏に焼き付いて離れない。


こんな朝でも学校には行けない。そう嘆きながらも朝食の匂いに誘われて、朝の空気を纏う一階へと下がる。


しかし…カレンダーを確認してみると祝日だった。


「困ったな。特にやることがあるわけじゃないってのに。」


どうせ俺を貶めた奴らは今でもその仲間達と仲良くやっているのだろう。


あまりに現実は敗者に厳しい。


俺は全て失ったってのにな。

そんな嫌なことを考えてしまうことも、求めすぎて多くのものを失ってからの癖だ。


だが余りに昨晩の夢が気になってしょうがない。・・・図書館にでも行って調べてみるとするか。



そうして近くの図書館に向かった。しかし予想以上に混雑しており、嫌になってすぐ帰ってきてしまった。


調べてみても、夢とは余りにも抽象的で完全に信用できる文献は1つもなかった。


『体のSOSサイン』だとか、『幸せになる前兆』だとか。


その後適当に時間を潰していたら辺りが暗くなってきた。


しかし昨日と違って今日は寝る前だというのに陰鬱な気分が消えない。


それも全て昨日の夢のせいだ。

もしあんな夢を見るくらいだったら寝ない方がマシだ。


そう思って勉強でもしようと思ったが、全く手につかない。俺は本当にダメになってしまったのかもしれない。


そうこうしているうちに眠気に抗えなくなってきた。そうして気づいた時には不思議な宮殿にいた。




「・・・またか。」



だが今回は辺りを見渡しても血の匂いはしない。何なら夜の匂いが心地よいくらいだ。


周りに人はいない。


少しこの空間から離れてみようと思った。別に人肌が恋しかったわけではない。


ただ何も変化がないのは少しつまらない、というだけだ。


少し歩くと螺旋状の階段が現れた。そこを下ると話し声が聞こえてきた。


その部屋を少し覗いてみると、多くの人が美味しそうな料理を囲んで談笑しているのが見えた。


まるで彼らが本当に生きているかのように俺の目には映った。彼らの表情をじっと見ると本当に感情があるように見える。


そうやって観察を続けていると後ろから声をかけられた。


「あら、王子様?ここで一体何をやっているの?」


声の方向へ振り返ると、そこには煌びやかな衣服を身に纏った若い女性がいた。


その人は余りにも綺麗で、思わず見惚れてしまいそうになる程だった。


というか俺は王子なのか…?


よく自分の服装を見ると目の前の女性に見劣らないような衣服を身につけている。

ということは・・・。



「おお、王子様と王女様ではないですか!そんなところにいないで一緒に飲みましょう!」


やはり。目の前の女性はこの場所の王女らしい。


呼び止められたのならしょうがない。連れられるがまま食事の前へと向かう。


しかし、とんでもない料理の量だ。この量だけで満漢全席ができてしまいそうに思える。


それに隣で目を輝かせる王女様。

・・・これがこの場所の文化では普通なんだろうか?


「王子様も!見てないで一緒に食べましょうよ!」


急に手を握られて少し戸惑う。しかし心には安心感が不思議と溢れている。


これがもしかするとこの体の持ち主の思いなのかもしれない。


夢の中だとは言え、そのような人の感情を無視するようなことはしたくない。


「…ああ。一緒に食べよう!」


そうして満腹になるまで王女と共に料理を堪能した。


どうせこの体とも今日でおさらばだ。夢なんてすぐに終わる。今日は何事もなく終われてよかった。


だがこんなに格の高そうな人物が安全性の低いこんか場所にいて良いのだろうか?


まあどうせ夢は夢だ。特に理由なんてないのだろう。


なんて思いながら今後一生寝ることのないような豪華絢爛なベッドで眠りについた。



そして目が覚めた時。そこはいつもの家の布団ではなく、夢の中のベッドだった。


「・・・何故まだ目が覚めていない?また何かおかしいことが起きている気がする…!」


ベッドから降りるとけたたましい音が外から聞こえた。何かただ事じゃないことが起きている…?


窓の外を見るとそこには王女を連れ去る逆賊のような姿があった。


「王女が・・・連れ去られたーーー!?」


急いで階下へ向かう。しかしそこには飲んだくれた男しかいない。


「今動けるのは・・・俺だけーーー!!」


考えなしに俺は逆賊を追って行った。


奴らが向かって行ったのはとても暗くジメジメとした洞窟だった。


「ーーーーーッ!?」


奥から王女の声が聞こえる。もう迷う余地なんてない。


慎重に進んでいくと縛られている王女の姿が見えた。そしてそれを囲みながら何か話し込んでいる様子の逆賊達。

どうやら敵は3人のみらしい。


チャンスは今・・・今しかないかもしれない!!


俺は気づいたら走り出していた。

逆賊達がこちらに気づいてナイフのようなものを向けてくる。


だが、これは夢だ…怖いわけがない!!


勢いのまま逆賊の1人に馬乗りになる。そして強引に奪い取ったナイフで向かってくるもう1人に対して切り付ける。


「ぐあッ!!!!?」



切った瞬間血が、本物の血が見えた。思わず怯んでしまった俺は数秒の隙を晒した。


そんな隙を強盗のプロ見逃すわけもなく。


「食らえぇぇぇぇーーー!!」


ザシュッーー!



俺の肩が赤く染まる。


痛い・・・そうだここは痛みを感じる場所…!


燃えるような痛みだ。本当は泣き叫びたいくらいだが、俺の心がそれを許さない。


「俺は…俺はこんなところで死ぬわけにはいかねえんだよーーーーッ!!」



苦し紛れの斬撃。しかしそれが運よく逆賊の足に刺さる。


呻きながらも動くことができずに対して俺はハッとした。


「王女様!!」


彼女の手を引いて走って、宮殿まで戻った。


俺は…俺はついにやったのか・・・?


先ほどのことが信じられずに戸惑うばかりだ。しかし横にいる彼女の顔の不安感はとうになくなっている。


それだけで十分だ。


宮殿が見えてきた。酔い潰れていた男達が駆け寄ってくるのが見える。


しかし肩からの出血多量で目が霞んできた。


もう俺は限界かもしれない….。


そのまま意識がシャットアウトした。





ーーーーーーーーピピピピピピーーーー


また目が覚めた。しかし肩の痛みはもうない。そして豪華絢爛なベッドで寝ているわけでもない。


いつも通りの布団だ。


しかし今日はそれに少しの安心感を覚える。


本当に現実ではなかったのかと疑うほどだったが、朝の匂いでそれはすぐに否定された。


しかし何も変化がなかった訳ではない。


俺って意外にやれるのかもしれない。


そう思えるようになったのだ。

すぐにネガティブになるような思考は消え失せ、段々と学校に行くのが苦じゃなくなった。


それは今までの暮らしと比べて劇的な変化だった。


そしてその後は変な夢を見なくなった。

不思議な夢は特になくなったのだが、少し昨日の起床に違和感を覚えた。


誰かに「ありがとう」そう言われた気がしたのだ。だけど俺の部屋は親の声が届くような場所じゃない。


よく分からないが別にいいさ!


いつも通りの朝食を済ませ、いつも通りの玄関から外に出る。


そこには今までとはちょっと変わった日常が待っているのだろう。

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