第12話

「え…」リーテはそれを聞くと困惑したのか、固まってしまった。


男は言った。「この嘘つきな従者めが。こいつはあなたの気を引こうとして言ってるのだろうさ。

…高貴な方の邪魔をするでない!降りろ!」


男は櫂の先でラウアの体を強く押しやった。船の外へ落とそうとしているようだった。


ラウアは船の縁を掴んで押される力に抵抗しながら叫んだ。「リーテ、あなたもここにいたら、こいつに落とされて殺されてしまうかも!キトみたいに!早く飛び降りて泳いで逃げて!」


リーテは言った。「私も二人が一人に減ったように見えた気がしたから、誰か水に落ちたかって聞いたけど、この人、それはただの見間違いだってちゃんと教えてくれたよ?

悪い人ならこんな宝物くれないと思うし…酷く言い過ぎだよ。

大体、水中に飛び降りたら、貰った装飾品が流れてしまって見つけられなくなっちゃうんじゃない?でも、でもさあ」リーテは男を見た。「ネックレス返してよ。すぐ返してくれるはずだよね?」


男が黙って答えないので、ラウアは隙を見て櫂を避け姿勢を低くして船の上を男に素早く向かっていった。「リーテのネックレス返しなさいよ!」光の巫女の修養の中には剣舞などがあるからだろうか、ラウアの身のこなしは素早い。


男はラウアが自分の近くに来れないよう、櫂を強く振り回したが、その動きにつれて船はぐらぐらと揺れた。


共に揺れる水面を見たリーテが悲鳴をあげたのでラウアがその視線を辿ると、船の上からキトの首元を切られて絶命している体が水面近くに浮かび上がっているのが見えた。


一度沈んだ死体は、水流のせいで水面へとあらわれていたのだ。


「それじゃ…ラウアの言う通り…」リーテはショックを受けフラフラと船の底に座り込んでしまった。足が震えていた。「リーテ!逃げて!」と呼び続けるラウアの声には反応しなくなった。


突然リーテは「返して!私のネックレス返して!」と座り込んだまま男を見て必死に叫びはじめた。


男は櫂でラウアを船から叩き落とそうとしながら言った。


「これは渡せないな。こういった魔術品は、手に入れるまで大変苦労するものだ。今回は殊更高くついたさ。すでに何人かの命を頂く羽目になったからな…まあ、いつものことだが」


そして口の端をあげて笑みを浮かべながら続けた。

「まだもう一人か二人くらいは、手に入れるために頂く命が必要なのかもしれないな。」


男はそう言いながら櫂でラウアを叩こうとしていた。もう殺意を隠そうとしていない力の入れ方だった。


しかしラウアは器用に櫂をくぐり抜けて男の近くへ行き、男が手にかけて握っているネックレスを引っ張った。「これをリーテに返せ!」


二人は激しくもみ合いになった。男は櫂を捨て、懐から麻痺毒を塗布した、キトを殺害したナイフを取り出し、ラウアに切りつけた。


ラウアは身を躱しながら男の手首を叩いたのでナイフは船の外、あらぬ方角へ飛んでいった。男は舌打ちをした。


リーテの方はその間、返して…返して…と呟きながら、座り込んだまま涙を流している。


男はついに、船底に重しの用途で置いてある両手の平くらいの大きさの石を持ち上げ、それをラウアの頭へと叩きつけた。


ラウアは避けきれなかった。少女は獣のような悲鳴をあげた。右目のあたりから血を迸らせながら、その体は船上から水面へと落ちていった。


それらは一瞬の出来事だったが、リーテには全てがゆっくりと動いているように感じられた。


「ラウア!ラウア!」リーテは涙を流しながら、数多の腕輪がはめられた腕を、煌めく指輪だらけの指先を、光の巫女ラウアに向かって伸ばしたが、もう彼女へ届くことはなかった。


「あの傷ではもう助からん。目に当たった上、深く食い込んだ感じがしたからな。」男はそう言うと、フードを深く被り直して外海へと漕ぎ出した。


そのあたりは流れが急に速くなる場所だったので、ラウアの体はきっと遠くまで流されて行くことだろう。


リーテは涙を流しながらぼんやりと座り、そして船で連れてゆかれてしまった。


島は、そしてその周辺は、急激に帳を下ろしたかのように暗くなり、遠ざかる船と乗っている二人の人物を闇に隠したのであった。

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離れ小島の二人の巫女 サカキカリイ @nemesu0

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