第9話
リーテは遠方に見つけた船に手を振りながら渡し場へ向かった。向こうではこちらに気づいていないようだ。
ふと見ると、舟の上の一人が立ち上がったように見えた。船は島の渡し場へ向かって来ているので、方向をうまく見定めようとしているのだろうか。
リーテは小舟へ向かって呼びかけた。「おーい!ねえ、なんで二人だけしか帰って来てないの?他の人は?」
だが二人と見える人影は、やはりリーテには気づいていないようだ。
声が届くにはまだ遠かったこともあるが、強く吹いている風がリーテの声をさらってしまっていたのだった。
ふと船上の二人の影が重なるタイミングで、一人が水面に落ちたように見えたので、リーテは立ち止まり、両手で目をこすり上げた。
「あれ、気のせいかな?人が減って一人だけになったよう…」
しかし、誰か水面に落ちたにしては、助けを求める声も無く、船の上の人も救助へ動くことがなく、静かにしているように見える。
リーテは不思議に思いながらも、一人だけだったのを見間違えて二人と思ったのだろうかと考えながら、渡し場へとさらに近づいて行った。
船上の人物は、フードを深く被って顔がよく見えない。船を慎重に渡し場につけ終わったところだ。
リーテがさらに近寄ると、フードを被った者の面立ちが目に入った。
知らない男だ。…一族の者ではない…
リーテは立ち止まって問いただした。
「あなたは誰?なぜここまで来れたの?」
男は目を上げてリーテに気づいた。船を渡し場へとどめ置くことに集中していたためか、それまで彼女が近づいて来ていたことに気づいておらず不意をうたれたようだった。
動作を止めたまま、少しの間黙っていたが、島へと足を踏み入れ、リーテの方へ歩いて行く。
リーテが警戒して後ずさるのをみて、男は立ち止まり、柔らかい口調で話しだした。「これは失礼。お嬢さんは大変綺麗で上等な服を着ておられる。
きっとあなたはこちらの一族の重要な地位についておられる方の娘さんかなにかであろう。
ここで一番偉い方にお会いしたいのだ。取り次いではもらえないだろうか。」
リーテはまだ子供ということもあったのだろうか、服装を褒められた途端に警戒をとき、胸をはって言った。
「ここで一番偉いのは私だと思うわ。だって私、一族の巫女だもん!」
男は笑みを浮かべた。「ふむ、しかし、失礼ながらお嬢さんはまだ子供なのでは。背伸びしたい年頃だとは思うが、大人の巫女様がおられるのではないかな?
自分は魔術を研究している者の一人だ。
この島には特殊な魔術がかけられているという噂を漏れ聞いたので、遠路はるばる旅をしてきたのだ。
お偉い巫女様がおられるというのなら、きっとその方がここの魔術の第一人者であろう。
魔術についてや、魔術の力をどう使用しているのか、またどのように力を得ているのか、是非とも詳しくお話を巫女様にお伺いしたく思うのだ。
高貴なお嬢さん。あなたもいずれはその地位や力を受け継がれるだろうが、今は正式な巫女様の方にお話を伺いたい。
なに、力を持たれる方に、私の心からの尊敬の念をお伝えし、心ばかりの献上品を差し上げたいだけなのだ。」
リーテはそれを聞くと大変気を良くした。自分が正式な巫女であることをわかってもらえたら、自分のことを褒め称えてくれる上に貢ぎ物までもらえる。これはラウアに自慢できる!あと一番偉い人でないといけないから、巫女は二人いることは内緒にしなくっちゃ!
「巫女は、今は大人の人がやってるわけじゃないのよ。
この前正式に私が引き継いだの。」
リーテは首にしたネックレスを指で少し持ち上げて見せた。
「本当だもん!ほら、これがその証拠。巫女はこのネックレスを代々受け継ぐの。これには強い魔力がこめられている。これが力の源と言ってもいいの。
そして私だけがこれを持っているのよ。
だって、私は一族の中では唯一、認められた巫女なんですから。
ここでは私が一番偉いと言っていいと思いますよ!」
本当は力の源にはこれらのネックレスは関与するわけではない。
巫女のネックレスは、本来の有り様は、シンボルとしてのものである。
最も、それを祈る時に常に使用することで、持ち主からするとその力を発現するトリガーとなることはある。
さらにそれが長く続けられることで、品自体に魔術的な縁がつくことはある。
だが本来の力は人に属するものである。つまりは本人の素質や祈りによるものである。
しかしリーテはついつい、話を作ってしまった。
巫女が一人であると嘘をついたはずみであるのか、どんどん話をこしらえてしまったのである。
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