第23話 今日の予定は全てがパーだ!

「っっ……! なに呑気に話してやがんだ! マジのガチで脳天ぶち抜くぞ!」


 男はそんな俺と爺さんの会話を聞いて苛立ちを露わにしていた。

 またも俺の眉間にピストルを突きつけてくる。

 今度はしっかりと上部のスライドを引いてリロードしており、ガチャリと弾が装填されたことがわかる。


「……そんなおもちゃじゃワシを殺せんよ。ほれ、ワシのことを撃ってみ」


 爺さんはふとした拍子にゆっくりと立ち上がると、ちょいちょいと男に手招きをして自身の眉間を指差した。

 それは単なる虚勢か、それとも確かな実力が故の行動か、俺にも他の人質にも理解が及ばなかった。


 ただ、男は相当に混乱して単純な思考になっているのか、爺さんの言葉に従ってピストルの照準を変更した。


「なら死ねや!」


 男は間髪入れずにトリガーを引いた。

 このフロアにいる俺と爺さんを除く全ての人々は悲鳴をあげ、反射的に目を閉じる。

 これから起こりうる最悪の光景から自身の記憶を遠ざける。


「……」

 

 俺はその間も銃弾のいく先を目で追っていたが、それはターゲットである爺さんも同様だった。


 爺さんは銃弾が眉間に着弾するコンマ数秒のところでニッと口角を上げたかと思えば、流れるような動作で右手の人差し指と中指を箸のように立てて……パッと銃弾を挟んで受け止めた。


 さながら、中国のカンフー映画のワンシーンのようだった。皿からこぼれて宙を舞う豆を箸で摘むアレだ。


「へ?」


 男は目と口を開けて驚愕していた。

 目出し帽の覆面越しでよく見えないが、間抜けな顔になっていることはわかる。


「おー」


 俺は銃弾を指で摘む爺さんに拍手を送った。

 他の人々も同調するようにしてまばらな拍手を送る。何をしたか全く見えていなかったというのに、とりあえず手を叩いて笑顔を見せている。


 最中、出入り口のドアが開かれると、ゾロゾロと警察が中に入ってきた。


「警察だ! 武器を捨てて投降しなさい! ヒーローも派遣されているから逃げ場はないぞ!」


「ぐぅ……くそっ……」


 男は観念したのか膝から崩れ落ちると、あっという間に警察に連行されていった。


 意外にもあっけなく終わったな。


「……あと10分しかねぇ、無理だ、間に合わねぇ」


 俺は壁掛け時計を確認し、既に今日の予定の全てが終了したことを悟った。


 これから金を下ろさなきゃいけないし、多分警察の聴取もあるし、諸々の時間を含めると絶対に間に合わない。


「くそ」


 俺は近くの椅子にぐでんと座り込んで、だらしない姿勢で天井を仰ぐ。

 先の爺さんも隣に腰掛けてくる。


「若いの。やはりヒーローにならんか?」


「……いや、大丈夫」


 俺は姿勢を直すと、いつの間にか隣に座っていた爺さんに言葉を返した。


「そう言わずに、今ならワシが紹介するから試験は受けなくていいし、お主は強いじゃろ? すぐにランキング上位に食い込めるぞい?」


 爺さんはほれほれ~と言いながら肘で小突いてくる。


「一個人にそんな力があるのか?」


「うむ」


 迷いなく頷く爺さんは嘘をついてるようには見えなかった。

 試験免除で赤の他人をヒーローにすることができるほどの力を持っているらしい。

 この爺さん、やはり只者ではない。怪しいけど。


 俺が疑心暗鬼になっていると、背後から黒服の大男が何人も走ってくる。


「——マスター! 探しましたよ、こんなところで何をしていらしたのですか。今日はこれから定例会議ですから早くギルドに戻りますよ?」


「そうじゃったな」


「マスター?」


 マスターってなんだ? バーのマスターか?

 それとも漫画とかでよくある使い魔を使役しているマスター的な? 


「おん、名乗りが遅れたのう。ワシはマスター・G。アルファベットのGじゃ! 気軽に爺さんと呼んでくれ。よろしく~」


 元より爺さん呼びだから違和感はない。

 Gだから爺さんなのか、爺さんだから爺さんなのかわからない。


「ハイドだ。これも何かの縁だ。よろしくな、爺さん」


「うむ!」


 握手を交わす。

 年老いて使い古した皮膚ってこんなに硬くなるんだな。分厚くてごつごつしている。手のひらはマメだらけだし、半袖から除く腕には無数の傷もある。

 これが年の功か。

 柔肌の美女も、いずれは歳をとってこうなってしまうものなのだろう。時間の流れは残酷だ。


「無礼者め! この方を誰だと思っている!」


「知らん。本人が怒ってないならいいだろ。な?」


 黒服の大男の一人が胸ぐらを掴み掛かる勢いで迫ってきたが、俺は適当に手のひらで押し返してあしらった。


「構わんよ。それより時間は大丈夫なのかね? 十英雄は既に会議室で待機しておるのじゃろう?」


「はっ、現在のところ出席率は5割です。まだ時間に余裕はありますが今すぐ向かいましょう。というか、元はと言えばマスターが迷子になられたせいで我々がこうして探していたわけでして——」


 爺さんはぺちゃくちゃと口を動かす黒服に連れていかれた。

 なぜかわからないが、爺さんには皆がペコペコ頭を下げて尊敬の眼差しを向けており、警察も聴取はせずに見送るだけに留まっていた。


 有名人なのか? それとも銃弾を受け止めたからか?


 よくわからないが、どのみち俺は聴取を免れないので時間をロスすることになる。


 今日の予定は全てがパーだ!




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