第22話 昔ちぃとばかし、な
「はぁぁぁ」
ついに俺は我慢できずに溜め息を溢した。
すると、男は俺の眉間にピストルを突きつけて獣のように唸りを上げる。
「ムカつく野郎だな! 脳天ぶち抜かれてぇのか!?」
「……いや、それは勘弁してくれ」
俺は怯える無力な市民を装って上目遣いで許しを乞うた。
本当はピストルの弾丸如きが俺の頭を貫通できるはずがないし、こんな状態からでも反撃するのは容易だ。
例え相手がヒーローのような特異な力を持つ稀有な存在であろうと、モンスターのように突然変異した化け物であろうと、それは変わらない。
ただ、俺は争いや面倒ごとは避けたい主義なんだ。
警察とヒーローがもうすぐ鎮圧に来るだろうし、それまでは適当に時間を潰して過ごすことにする。
「悪かった」
「ふんっ! 最初からそう言えってんだ! ってことで、早くこのバッグに金を詰めろ! コラ!」
男は俺の答えと態度に満足したのか、鼻で笑い飛ばすとカウンターへ歩いて行った。
銀行員は男の言葉に従うしかなく、ピストルを向けられながら、レジの中やカウンターの下からたくさんの金を取り出してバッグに詰めていく。
きっと大きい金は裏の金庫に入っていたり、それこそATMの機械の中に収納されていそうだが、男はそこまでは求めなかった。
いつ捕まるかわからない緊迫感と焦燥に駆られているのだろう。
「ふんっ」
やがて、すぐに用意できる範囲の金が全てバッグに詰め込まれると、男は満足そうに口角を上げた。
同時に遠方からは、けたたましいサイレンの音が聞こえてくる。
パトカーだ。
やっと来たか。早くこの犯罪者を捕まえてくれ。
じゃないと俺はゲーセンに向かえない。
タイムリミットはすぐそこまで迫ってるんだよ。
「くそっ! 誰だ、通報しやがった奴は!」
男は焦りに焦った声色で叫びをあげた。
「あーもう! ムカつくぜ!」
「……自業自得だろうが」
俺はボソリと口にした。
ムカつくのはこっちの方だ。お前のくだらないエゴに巻き込まれたせいで、今日の予定が潰れかけている。
あの辺りで古い筐体置いてるゲーセンなんてないんだからな。せっかく外に出たのに、格ゲーを楽しめなかったら時間を無駄にすることになるんだぞ。
どうしてくれんだ。
「あぁん!? てめぇ! また何か言いやがったか、コラ!」
俺を目掛けてピストルを向けた男は、僅かに覗かせる首筋に血管を走らせていた。
いい加減黙って従うのも馬鹿らしい。
争いごとは面倒と言ったが、こういう奴にいつまでの付き合う方が面倒だ。
「自業自得だって言ったんだよ。そもそも、銀行強盗に成功する確率ってめちゃくちゃ低いんだぞ? もし金が欲しいなら、今の高齢化社会を活かして特殊詐欺でも何でもやった方がずっとマシなレベルだ。人質になってる高齢者の数を見てみろ。どっちも犯罪ではあるが、なんでわざわざ失敗しやすい方を選ぶんだよ。
お前みたいな奴のくだらねぇ自己満に付き合わされる俺たちの気持ちにもなってみろよ。というか、モンスターにもなれねぇような中途半端な思想しか持ってない奴が、ちっぽけな犯罪なんかするんじゃねぇよ」
立ち上がった俺は一歩ずつ男との距離を詰めていくと、一呼吸で言葉を捲し立てた。
眼前にいる男は俺から見上げられる形になっており、目出し帽だからこそよく見える両の瞳は、驚きから丸くなっている。
周りはというと、ポカンと沈黙に支配されており、唯一爺さんだけは花が咲いたような明るい表情だった。
「ほほほほ、若いの。言うじゃないか! 頭がよう回るから、ヒーローにでもなったらどうじゃ? ワシが紹介してやるぞ?」
「いや、興味ないから大丈夫」
誘いは嬉しいが、俺はもうヒーローだ。
本格的なヒーロー活動に期待しているのなら悪いが、そんなものには興味がないから断っておく。
そもそもただの爺さんの酔狂な誘いに乗るつもりはない。それこそ詐欺か何かじゃないか?
「そうかいそうかい」
「爺さんはヒーローなのか?」
「昔ちぃとばかし、な」
「ふーん」
気楽な様子で朗らかに笑う爺さんだったが、その余裕な態度は妙に引っかかる。
他人がどれだけ強いのかは全くわからないが、どうも雰囲気からして弱い人間とは思えなかった。
ちぃとばかし、という言葉で片付けるのには無理があるレベルなのは確かだ。
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