第16話 あなたも手伝いなさい!ばか!

———キャァァァァァァァァァァッッーーーー!!!


「この声はっ!?」 


 ファンならば容易に判別がつく。

 この声の主は、確実にみぃこさんだった。


 俺は裏手へ向かって瞬時に駆け出していた。


 道中、痛みに悶えて蹲る人々の姿があった。

 また、地面には陥没痕、周囲の木々はへし折られ、それはモンスターが現れた何よりの証拠だった。


 モンスターは私怨や怨念を異様に持ちすぎた人間が変容した存在だ。故に人間と同様の知能を持ち、理性と引き換えに莫大な力を手にすることができる。自身の野望のためなら何をするにも厭わない凶暴な存在だ。


 全く、ミカヅキは何をしているんだ。

 護衛だというのにみぃこさんのことをしっかり見てなかったのか?


 俺は呆れながらも走り続け、裏手に辿り着いていた。

 そこには尻餅をついて身を震わせるみぃこさんの姿があった。


「大丈夫ですか!」


 駆け寄り声をかける。


「ハ、ハイドさん……!」


「何があったんですか?」


 俺は側でしゃがみ込んで優しく尋ねた。

 同時にみぃこさんに抱いていた違和感の正体が全てはっきりした。


「つ、ついさっきまであそこに緑色のモンスターがいたんですが……あ、あれ? いなくなってる?」


「緑色、ですか?」


 白々しく叫んで前方を指差すみぃこさんに聞き返した。


「ほ、本当にいたんですよ! 緑色の肌で三メートルくらいのおっきな化け物がいたんです! レイちゃんのことを攫ってどこかへ行ってしまいましたぁ!」


 みぃこさんは異様なほど真っ赤な手のひらで俺の白いTシャツを握りしめると、わんわんと泣き声をあげてすがりついてきた。


 呆れた演技だな。


 ファンだからこそ変化を感じ取っていた俺からすれば、もう目の前にいるみぃこさんは人間なんかじゃない。


「……美味しかったか?」


「え?」


「肌の色が未だ抜けてないし……少しだけ血の匂いがする。他の人にはわからない変化かもしれないが、俺は目が良くて鼻が効くんだ。モンスターが人間に扮するのは理性の制御ができないから中々難しいだろ?」


 とぼけた声をあげつつも驚いた表情を浮かべるみぃこさんに尋ねた。


「い、いったい何を———」

「———ずっと変だと思ってたんだ。手のひらの赤みは染み込んだ血液で、肌の色の違和感は隠していた本来の皮膚が顕現していただけ。

 瞳の中の瞳孔の形が異様だったのは……みぃこさん、あんたがモンスターだからだよ」


 俺は尚も惚けようとするみぃこさんの言葉を遮って、続け様に核心的な言葉を吐きつけた。


 改めて、みぃこさんの様相を凝視した。


 顔色は薄ら緑に染まり、瞳孔は縦方向に伸び、俺の白いTシャツに触れた手のひらには鮮血が染み込んでいる。

 動揺して舌なめずりをしていたが、その舌の形も人間のものじゃない。

 

 全身から漂う生臭い匂いもその証拠。


 これじゃあまるで蛇だ。


 言い換えるなら、そう……ヴァイパーだ。


 よくよく見ないとわからない変化だ。普通に接していては気づくことができないだろう。

 俺はみぃこさんのことが最推しで大好きだからこそ判別できた訳だ。


「エメラルドヴァイパーはみぃこさん、あんただったんだな」


 俺はすがりつくみぃこさんを振り払ってその場に立ち上がる。

 みぃこさんは俯いて押し黙るばかりだ。


「……ぐ……ははははははっっ!」


「……」


 醜い声で笑っていた。

 同時に肌が濃い緑色に変容していくと、体躯はみるみるうちに肥大化していく。

 やがて、三メートル超のモンスターになっていた。

 着用していたコスプレ衣装はビリビリに破けて辺りに飛散している。


 もはや人間の形相をしていない。


 みぃこさんが持ち合わせていた美貌の面影はゼロだ。


「そうさ。あたしがエメラルドヴァイパーさ。突如現れた新進気鋭のコスプレイヤーは、日夜綺麗な女をたくさん喰らうことで、その美貌に磨きをかけて進化し続けていたってわけさ! ヒーローランキング最下位の雑魚のくせに、よくあたしの正体に気がついたね。そこだけは褒めてやる!」


 みぃこさん、否、エメラルドヴァイパーは、気色の悪い笑みを浮かべながらこちらを見下ろす。


 よくわからないけど褒めてくれた。人を殺して喰らってるような野蛮なモンスターに褒められても全然嬉しくない。


「……ミカヅキのやつ、口が軽い女だな。こんな場面になっても現れねぇし……どこ行きやがった?」


 みぃこさんの側に居続けるのが護衛の役目だろうに、なぜこんな時にミカヅキはいないのだろうか。


 そう思った矢先。


 後方から軽快で小気味良い走る音が近づいてくる。


 やっと来たか。


「みぃこさーーーーーん! レイちゃんさんはやっぱりどこにもいま、せ……んでし、た……? え?」


 ミカヅキは到着して早々に、ギョッと目を見開いて言葉を失っていた。

 まあ、時代の最前線を駆け抜ける超人気売れっ子芸能人がこんな姿になってたらビビるよな。


「遅いぞ。お前がいない間にエメラルドヴァイパーが現れたからな。ほら、みぃこさんにちょっと似てるだろ?」


「は? はぁぁぁ!? あなたがエメラルドヴァイパーだったのね!! って、え? みぃこさんがエメラルドヴァイパーだったの……?」


 ミカヅキは驚きつつも一瞬で状況を理解したかに思えたが、やはり目の前の化け物がみぃこさんだったという事実は飲み込めなかったようだ。

 細っこい剣を腰から抜いて構えてはいるが、手元に力が入っておらず動揺している。


「お嬢ちゃん、気がつくのが遅すぎるねぇ。呑気に見つかりもしないレイちゃんを探しちゃって、本当に馬鹿だねぇ」


 エメラルドヴァイパーはぽってりと膨れた腹を叩きながら言った。どういう原理かわからないが、みぃこさんの姿をしていた時は特に腹は膨れてなかったな。


 直立二足歩行で人間的な形をしているが、多分本質は蛇だと思う。

 つまり、その腹が膨れているうちは専属マネージャーのレイちゃんとやらは無事なのかもしれない。


「っ! あ、あなた……まさか……」


「大変美味だったぞ。やはり、美しい女を喰らうのは最高だ。美しい女を喰らうごとに力が増していく。今ならお嬢ちゃんを倒せるかもしれない!」


「ぐっ! 絶対に許さない!」


 ミカヅキはエメラルドヴァイパーを見据えて、力強く細剣を構えた。

 同時に辺りには風が吹き、対峙する二人の間には緊迫した雰囲気が流れる。


 こういうの苦手なんだよなぁ……


「俺、そこで見てるから早く終わらせてくれよ? 今日はもう疲れたから家に帰って寝たいんだよ」


 大きな欠伸をしながら、少し離れた木陰に腰を下ろす。

 歩き疲れた。早く帰りたい。引きこもりには厳しい1日だった。


「あなたも手伝いなさい! ばか!」


「いいのか? ?」


「グゲゲゲゲッ! 身の程を弁えてて偉いじゃないか! ユーモアがあるやつは嫌いじゃない。どうだ、あたしと一緒に来ないか? そうすればお前が大好きなみぃこにいつでも会えるよ? ナイスバディも堪能し放題で、綺麗な顔も見放題さ!」


「本当か!?」


「バカ! 靡いてんじゃないわよ!」


 ミカヅキは俺の言葉を真面目に受け取り焦っていた。


「嘘だよ。生憎、モンスターと馴れ合う趣味はないんだ。ってことで、早く終わらせてくれ」


 こんな醜いモンスターと一緒に過ごすなんてごめんだ。人間ならまだしもモンスターなんて願い下げである。


「はいはい。でも、私がやる必要は無くなったかも」


「ん? なんでだ? 俺はやらないぞ?」


「ううん、アイアンちゃんがやってくれるみたい」


 ミカヅキは細剣の構えを解いて鞘に収めると、背後に振り向いて安心したように息を吐いた。


 釣られるようにして俺も視線をそちらに向けると、何とそこにはちょこーんと小さな幼女が立っていた。


「幼女だ!」




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