第14話 俺のチョコバナナを幼女に食われた

 裏手のテントを抜けて表の入り口から会場に入り、適当にぶらつきながら雰囲気を楽しんでいた。


 ちなみにまだ何も買っていない。


 10,000円は大金だ。万札を崩したくない気持ちが勝り、何を買ってやろうか決断できずにいた。


「……甘いもんでも食うか」


 頭の回転がいまいちだったので、俺は会場の隅の方に設けられた飲食スペースに足を運ぶことにした。


 そこには祭りのような屋台が開かれている。

 値段はもちろん高いが背に腹は変えられない。


「どれどれ……」


 俺は少し離れた位置から屋台を舐め回すようにして観察した。

 飲み物も買えるし、定番のフライドポテトとチョコバナナ、甘めのスイーツなども置いている。


 最強のコンボだ。

 腹が減りフライドポテトを買うと塩分過多で喉が渇き、喉を潤そうと自然的な流れで飲み物を買う。それから少し甘いものが食べたくなって気がつけばチョコバナナやスイーツに手を出す。

 最高で最低のループの始まりだ。


 こんな大量のオタクが詰め掛ける会場だから、一日の営業だけで、とてつもない利益が見込めると思う。

 場所代を差し引いてもプラスになる事は間違いない。


 悪魔的手法だが、事前に理解している俺には通用しないぞ。


「……」


 俺はチョコバナナが売られている屋台の前に向かうと、デカデカと設置されたメニュー表に視線を這わせた。


 ふむ……やはりシンプルなチョコバナナが一番人気か。二番人気はストロベリーチョコを使ったチョコバナナ、三番人気はホワイトチョコを使ったチョコバナナか。


 単純なチョコの種類を変えられる他、トッピングを乗せてデコレーションすることもできる。

 また、大手Vtuberとのコラボ商品も存在していたが、それらは既に売り切れている。


 どうせなら記念で食べてみたかったが致し方ないか。


「普通のチョコバナナ一つ」


 結果、安牌を選んだ俺はシンプルイズベストに逃げた。

 値段は700円とまあまあ割高だが、場所的な需要を考えれば仕方ない。


「はいよ~」


「どうも」


 俺は店員からチョコバナナと手拭き用に個包装のおしぼりを受け取ると、どこか座れる場所がないか探した。


 席は……端の方にある二人がけのところが空いてそうだな。


「ん?」


 俺はチョコバナナが突き刺さる串を手に目的の席を目指そうと足を踏み出したのだが、腰の辺りを何かに引っ張られて動きを止めた。


「……ん?」


 振り向いて下を見ると、そこには淡いピンク色の髪の毛を揺らす幼女がいた。

 幼女は眠たそうな目つきでこちらを見上げている。

 俺の白いTシャツの裾を強く握りしめながら。


「どうした? 迷子か?」


 ある酷い人間からは、クズだとかカスだとか生き恥だとか言われる俺であるが、実は子供には優しかったりする。


「……」


 幼女はふるふると首を横に振った。

 同時にふんわりと肩口で整えられたピンク色の髪が靡く。


 迷子じゃないなら何なんだ。

 背も低くて顔も幼いから十歳にもなってないだろうし……もしかして——


「——これが食いたいのか?」


「~っ!」


 うんうんと首をぶんぶん縦に振る幼女。

 てっぺんに生えているアホ毛がぴょんぴょんアンテナのように揺れている。

 植物の小さい苗みたいだな。愛らしい。


「……ほら、いいぞ」


「わぁ……っ!」


 膝を曲げてチョコバナナを渡すと、幼女は瞳をキラキラ輝かせた。

 そして、小さな口でかぶりついた。


 もきゅもきゅと謎の咀嚼音を立てながら美味しそうに頬張っている。


 鳥に餌付けしている気分だな。


「美味いか?」


「うん!」


「口の周り汚れてるぞ。ほら、拭いてやるからじっとしろ」


 俺はおしぼりで幼女の口周りを拭った。


 よくよく見ると、もう既にチョコバナナは串だけになっていた。

 流石は子供だ。食べるのが早い。


「んじゃ、俺はもう行くから、寝る前は歯磨きを忘れんなよー」


 俺は幼女から串を受け取り踵を返した。


 俺のチョコバナナ……


 もう一本買おうかな。でも、幼女の食べっぷりを見ていたら満足したような気もする。


 んー、どうしようかなぁ。


「……喉、渇いたっ」


 俺が一人でチョコバナナを食べるかどうか悩んでいると、またもや背後からTシャツの裾をくいくいと引っ張られた。


 甘いものを食べて喉が渇いたらしい。夏だから仕方ない。


「はぁぁぁ……何が飲みたいんだ?」


「おれんじ」


 迷うことなく答えたことから、オレンジジュースが好きなのだとわかる。


「はいはい」


 俺は幼女を残してドリンク売り場へ向かうと、すぐに金を払ってオレンジジュースを買った。

 

 すぐに戻りペットボトルのキャップを開けて、幼女に手渡す。

 

「ほら」


「……おいし」


「良かったな」


 ぷはぁっと言って満足そうにしている。

 マジでただの幼女だな。


 本人は迷子じゃないって言ってたけど、やっぱり迷子センターに連れてくか。


「んじゃ、行くぞ」


「え?」


「一緒に行くぞ」


 どこへ行くとは言わない。

 一緒に歩いて回りながら、しれっと迷子センターに引き渡すことにする。


「……うん」


「掴まってろ」


 俺は幼女にTシャツの裾を握らせた。

 手を繋げば通報されかねないし、かと言って離れ離れになったらそれはそれで面倒だ。


 確か迷子センターって、反対側の隅っこにある総合受付でいいんだよな。

 マイクでアナウンスもしてくれるだろうし、そこに連れて行ってグッバイだな。



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