第12話 ずっと離さないからね。

 会場の裏手には、みぃこさん専用の控えテントが設けられていた。

 

 そんなテントの中で、俺は緊張の色を隠せずに、ガチガチに固まりながら直立していた。


 目の前にはみぃこさんがいる。


 やべぇ。こんな形で御尊顔を再確認できるとは思わなかったぜ……もう、悔いはない。


「初めまして。みぃこさん、午後の護衛を担当するミカヅキです。よろしくお願いします」


 放心する俺をよそに、ミカヅキはみぃこさんに向かって頭を下げた。

 俺へのラフで不遜な態度はどこへやら。みぃこさんには丁寧で物腰が柔らかいように思える。


「こんにちは。私はコスプレイヤーのみぃこです! ミカヅキさんのことはニュースでよく見てます! この前もA級モンスターを討伐してましたよね?」


「……はい。それこそが私たちヒーローの役目ですから」


 ミカヅキはどこかバツが悪そうにこちらを一瞥してきた。

 

 世間的には、骨骨骨ボーン・ホネホネを討伐したのは月光のミカヅキってことになってるし、気にする必要はないと思う。

 俺は別にそんな功績なんていらねぇし。


 それより、次は俺の自己紹介だ。

 何言おうかな。

 何話そうかな。

 どんな顔でいたらいいのかな。


 と、ワクワクとドキドキを胸に待っていると、みぃこさんが俺の方に視線を向けて、すぐにハッと驚いて口を開く。


「……あーっ! トークタイムに来てくださいましたよね!?」


「は、はい! ハイドです! 覚えていてくださいましたか?」


 みぃこさんに認識されているという思わぬ展開に、俺はヘラヘラと笑いながら言葉を返した。


「ハイドさん、もちろん覚えてますよー! 私とのツーショットチェキは2,000円なのに、1,000円だけ払うから顔を半分だけ写して撮ってくれなんて初めて言われましたから。もしかして、二人の顔を半分ずつ写せば1,000円になるってことでしたか? まさかヒーローの方だったとは思いませんでしたっ!」


「たはははっ……お恥ずかしい……」


「あなた、バカなの? 値切り方がおかしいことに気づいてる? 二人の顔が映るチェキが2,000円だからって、互いの顔を半分だけ映して1,000円に値切りするって頭おかしいの? やっぱりクズなの?」


「うるせぇ! 持ち合わせがなかったんだから、しょうがねぇだろ」


 みぃこさんの前で白々しい目を向けてくるな。


 短い時間で最善の策を考えた結果、こうして共通の話題に繋がったんだから、あの選択に誤りはない。


 たった今から夕方の解散する時間までは付きっきりで過ごすことができるし、裏方として間近で販売ブースに居座ることができる。

 ファンとしてこれほどまでに光栄なことはない。


「お二人とも仲が良いんですね」


「私とこの人が仲良しに見えますか?」


「ええ、とっても」


「……はぁぁぁ……そうですか」


 不服そうなミカヅキは、それはもう深い深ぁ~い溜め息を吐いた。

 勝手に気分を害されるといい。俺はもうこの場に居られるだけで最高なんだ。お前が俺のことをどう思うと知ったこっちゃない!


「そんな仲良しのお二人に残念なお知らせがあります。実は事務所の意向で私の周りのスタッフさんや護衛の方なんかは男性厳禁になっているので、ハイドさんは会場内の巡回をお願いできますか?」


 俺の邪な考えとは裏腹に、みぃこさんは申し訳なさそうにしながら残酷な現実を突きつけてきた。


「え? じゅ、じゅんかい……ですかぁ?」


「ぷぷぷぷ……振られてやんのー」


 素っ頓狂な顔で惚ける俺を見て、ミカヅキは馬鹿にして笑ってくる。

 誰よりも接しやすいが、やっぱりムカつくなこいつ。


「ぐぅぅっ……そ、そういうことなら仕方ないですね……」


 俺は歯を食いしばり、瞳をギンギンにしながらも血の涙を流して頷いた。

 ここで拒否して心象が悪くなったらよろしくない。


 悔しい限りだが、ここは大人しく従うとしよう。


 それと、俺のことを馬鹿にしてきたミカヅキには今度仕返しする。絶対にな。


「それじゃ、俺はこれで。頼んだぞ、ミカヅキ」


「待って、お金ないんでしょ? 貸してあげるから楽しんできなさい」


 ミカヅキはテントから立ち去ろうとする俺の手に10,000円札を一枚だけ握らせてきた。


 こいつ……優しいところあんじゃねぇか。

 流石はヒーローだな。


「返すのはまた今度会った時でいいけど、もし返し忘れてたら倍額請求するから覚悟しなさい。ヒーローギルドにもチクるから、いいわね?」


 やっぱり優しくない。知り合いなら無利子で貸してくれよ。

 何なら無償で恵んでくれ。俺はヒーローランキング最下位なんだから。


 そんな文句を心の中で垂れ流しつつも、俺はありがたく金を受け取りポケットにしまった。

 心なしか諭吉さんも俺の手に渡ってから微笑んでいる気がした。


 本当の持ち主を見つけたかのようだ。

 もうずっと離さないからね。

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