第2章 コミケに来たぞ!

第8話 夏はコミケで決まりだろ?

 コミケ。それは夏の象徴。

 コミケ。それはオタクの待ち合わせ場所。

 コミケ。それは大人の青春。


 というわけで、俺は夏コミケに足を運んでいた。


 俺は人混みと夏の暑さが大嫌いだが、今日という日に限っては別だ。


 夏と冬にしか開催されないお祭りイベントに行くのは毎年の恒例である。

 学生の頃から通算して既に約十年連続で通い続けているが、やはりこの雰囲気は何ものにも変え難い。


「……みぃこさんの販売ブースは事前情報通りど真ん中だな」


 俺のお目当ては、今最も話題の美人コスプレイヤーみぃこさんだ。

 俺と同い年の23歳にして、コスプレイヤーとしてネットでバズったかと思えば、その絶対的なスタイルと顔面偏差値の高さを買われてファッションモデルとグラビアの表紙を飾り、すぐさま芸能界デビュー。


 テレビ出演も増えていき、とんとん拍子で自伝本を出版。

 世に見つかり売れるまでかかった期間は僅か半年。

 前回の冬コミケから今回の夏コミケまでの間に時代を席巻した超人である。


 何よりも、その人気の秘訣は上質すぎるファンサービスにある。

 握手会を開けば一人一人と親身に向き合い、短い時間ながらもファンの心を更に鷲掴みにする。


 みぃこさんは最強なのだ。

 謙虚で裏表がない性格だから好感度は鰻登り。

 まさしく超人と呼ぶに相応しい人物だ。


 先週は、図々しい木端ヒーローの直筆サイン入りカードでウキウキしていたが、あれとは比べ物にならない凄さだ。


「……混みすぎだろ」


 みぃこさんの販売ブースには大行列ができていた。

 もはや行列というよりも、ミツバチがスズメバチを殺す時のあの技みたいな感じになっている。


 確か、熱殺蜂球ねっさつほうきゅうってやつだ。必殺技みたいでかっこいい。

 とにかく、人が多すぎる。

 みぃこさんのブースを目指すオタクたちが割拠している。


 かくいう俺もオタクの端くれとして、今日も今日とてほつれ気味の黒いスウェットパンツにヨレヨレの白いTシャツを着て参戦している。

 この勝負は負けられない。


 というか、なんでこんなに人がいるんだよ。その御身だけでも拝みに来たとかいう奴らが混じってるのか?


「ふんっ、笑止!!」


 残念だったな。ミーハーども。


 みぃこさんの販売ブースに立ち入ることができるのは、事前に厳正なる抽選を突破したエリートだけだ。

 パンピーのトーシロは物販の購入は愚か、参加することすら許されない狭所的関門なのだ。


 無知でなんとなく来たようなお前たちは帰るがいい!


「どけどけ! 抽選チケット持ちのお通りだ!」


 俺はゴリっと体幹を固めると、人混みの中に向かって突撃する。


 かの有名なハーバード大学よりも難関と謳われる、ヒーロー試験を首席で突破した実力をここに来て遺憾無く発揮していく。


 やがて、ものの数分で最前列に躍り出た俺は、受付をしている女性に抽選チケットを手渡した。


「みぃこさんに会いに来ました。選ばれし男です」


「は、はぁ……抽選ナンバー062のハイドさんですね。そちらの列に並んでお待ちください。

 尚、タレントとのトークタイムは30秒となっておりますが、グッズを5,000円お買い上げされるごとに10秒ずつ加算されるシステムになっております。それでは楽しんで行ってください」


 俺は抽選チケットと引き換えに一枚の限定ポストカードを受け取ると、受付の女性の案内に従って奥の通路に進んで行った。


「ふぅぅ……これでようやく暑苦しいオタクの群れから抜け出せたか」


 タレント呼びされてたし、みぃこさんはもう立派な芸能人だな。

 グッズ一つ一つも普通のコスプレイヤーのものとは思えないほど豊富だし、何より高い。高すぎる。

 全てコンプリートしようものなら数十万円が容易に吹き飛ぶぞ。

 成金が販売ブースごと買い占めればトークタイムを独占できそうだな。

 まあ、そんなことしたら即出禁になって、みぃこさんのファンから大ブーイングを浴びることになるだろうが。


「ここか」


 俺は列に並び始めた。


 そもそもオタクの群れを突破するのが困難で、ここまで辿り着けてない当選者もいるらしい。

 列に並んでいるのは俺を入れても十人足らずだった。


 ほとんどの人が多くのグッズを胸に抱えており、金でトークタイムを買っていた。

 まあ、所詮は十人足らずだし、この分ならすぐに順番が回ってきそうだな。


 俺は金がなくて何も買えないので、三十秒のトークタイムでみぃこさんとの時間を満喫するぞ。


「次の方どうぞ~」


 待つこと十分。

 いよいよ俺の順番になった。

 のれんの隙間から女性スタッフが顔を出してこちらに来るよう手招きをしている。


「……行くか」


 俺はヨレヨレの白Tシャツの襟元を、さながらネクタイのように整えると、顔を引き締めてからのれんを潜った。


 さあ、楽園にダイブだ!



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