第7話 バカ!クズ!アホ!帰る!
「本当に汚いわね」
「オブラートに包め」
ほぼ初対面の男の部屋に入って一言目がそれか。
「適当にかけてくれ」
「はいはーい。あら、椅子だけは一丁前なのね。これ結構良いやつじゃない?」
ミカヅキは遠慮を知らないタイプなのか、どかっとゲーミングチェアに腰掛けると、小さな体を動かして感触を確かめていた。
「ヒーローとして一生懸命働いて稼いだ金で買った高級ゲーミングチェアだからな」
「モンスター討伐数ゼロなのに?」
いくら俺の情報を知っていようとも、もう驚かないぞ。
「……それで、ヒーロー活動をサボりまくって惰眠を貪り不労所得で高給取りの俺に何の用だ?」
もしかしたら俺はこれから脅迫でもされるのかもしれない。
「どうしてそんなに自分を客観視できてるのにサボるのよ……」
「合理的な作戦だ。そもそも超難関と言われるヒーロー学科・実技試験を突破した時点で、俺という存在そのものに価値があるんだよ」
ミカヅキは呆れた様子だったが、俺からすれば不労所得をもらえるのに、真面目にヒーロー活動する方がバカらしく思える。
「あなたが五年前に受験した時の結果を見たけど、学科・実技ともに満点だったものね。数百年に一度の逸材だって記録があったのに、それがどうしてこうなったかしらね?」
ミカヅキはまるで害虫でも見ているかのような冷ややかな視線を浴びせてくる。
余計なおせっかいだ。
「マジで何から何まで知ってんだな。怖えよ、ストーカーか? それとも俺のことが好きとか?」
何が目的なのかわからないが、多分こいつは俺という人間をとことんまで調べていると思う。
出会って次の日に家に来るその行動力も凄まじい。
中々に面倒な相手に出会ってしまったな。
「薄汚いボサボサ銀髪男のストーカーなんてしないわ。私は白馬の王子様みたいな男がタイプなのよ」
「へー、そうかい」
ミカヅキは夢見る少女のようにうっとりしていたが、俺の方こそ特に好意は抱いてないので適当に流した。
「……そもそもあなたって何なの? ヒーローそのものに興味があるわけじゃないの?」
俺に話を流されたことで、ミカヅキは一つ咳払いをすると温和な空気を一変させた。途端に俺と彼女の間には妙な緊迫が走る。
なんか嫌な感じだな。
俺は呑気に生きたいだけなのに、そんなに詰め寄らなくてもいいじゃんか。
「興味なんて微塵もないな。俺の狙いは、ヒーローになると何もせずとも貰える固定給だ。
知っての通り、ヒーローになれば実績に応じて”戦闘指数”が定められて、それを元にヒーローランキングが出来上がるだろ?」
ヒーローの力量を表す為に戦闘指数とかいう可視化できる指標を設け、更にそれに従いヒーローにランキングがつけられる。
ヒーロー同士の競争力を高める狙いがあるのだろう。
「そうね。ちなみに、ヒーローランキング最下位のあなたの戦闘指数はゼロだったわよ」
ミカヅキは不思議そうに言った。
「……ヒーローはそのランキングが上がると固定給が増える仕組みだ。加えて、モンスター討伐の結果がインセンティブとして付与される。結果に応じて、戦闘指数と共にランキングも頻繁に変動するから、ヒーローたちは汗水垂らして頑張って戦ってるわけだ。凄いよなぁ」
モンスターは上から順にS級、A級、B級、C級、D級、E級と強さに応じて組分けされており、倒すモンスターによっても報酬は大きく異なる。
中でもS級とA級はヒーローランキング上位の強者にしか討伐は困難とされている。
ちなみに、さっきミカヅキが言っていたが、俺の戦闘指数はゼロ。
確か中央値が500くらいで、現時点での最高が10,000とかだったと思う。学科試験で少し齧った程度の知識になるが、多分ミカヅキくらいのランキング上位勢になると5,000は超えているはずだ。
「あなたは頑張るつもりはないの?」
「ない」
「どうして?」
「俺は確かにヒーローランキング最下位の男だが、その固定給だけでも十分に暮らせるってことだ。何もしてないってのに、一般的なサラリーマンの平均年収よりも多いなんて笑えてくるよな」
一度ヒーローとして登録すれば、死亡するか生物として行動不能になるまで活動できる。
ただ、年に一度開かれるヒーロー試験が難関すぎて、合格者が限りなく少ないのだ。
おかげで俺という何もしない存在でさえ、ヒーローを束ねるヒーローギルドは手放したくないわけだ。
例え最下位であろうと、何もしない男であろうと、試験結果が歴代最高だっただけに切り捨てるようなことはしない。
「……」
ミカヅキは何か言いたげな表情を浮かべていた。
「まあ、たまには暇つぶしでモンスターと戦ってるし、何も貢献してないってわけじゃないんだぜ?」
「昨日のもその一環?」
「まあ、そんな感じだ。それより、ヒーローチップスを寄越せ。昨日の爆風でカードが無駄になったんだよ」
若しくは180円でもいいぞ。
「ふふん、無駄になったカードっていうのは、もしかしてこれのことかしら?」
ミカヅキは自身の懐から取り出した一枚のカードを見せつけてきた。
「ん? それって……昨日のやつか? どうして持ってるんだよ」
じっくりと確認してみると、それは昨日俺が引き当てたキラカードそのものだった。
黒と黄色の配色は特徴的だから覚えている。
「昨日のやつは水に浸かってダメになってたから、うちにある新品を持ってきてあげたわよ。直筆サイン付きでね。
いやぁ、まさかあなたが私のファンだったなんてね。だからあんなに悲しそうな顔をしてたし、面倒臭がりながらもモンスターを倒してくれたのね! はい、プレゼント! これは昨日のお礼よ!」
ミカヅキはゲーミングチェアでクルクル回りながらめちゃくちゃ嬉しそうな声色で言った。
最後にはピタッと回転を止めると、両手で持ったカードを丁寧に渡してきた。
同時に俺は改めてじっくりとカードを見て気がついた。
「……いや、これお前かよ!」
色合いだけでわかるはずがない。黒と黄色なんてありふれた色の組み合わせだ。
今は夏だから、時期的にもスズメバチが真っ先に思い浮かぶ。
「え、知らなかったの?」
「知るか! ちゃんと確認する前に吹っ飛ばされたからな……でも、サイン付きか。これはかなり嬉しいかも……」
「な、なんか照れ臭いわね。あなたって無愛想で横柄なただのクズかと思ってたけど、意外にも素直に感情をぶつけてくるタイプなのね……」
「ちなみにミカヅキ、お前は結構人気はあるのか?」
妙な勘違いをして照れてるミカヅキに尋ねた。
俺はお前自身に興味はない。
今、気になっているのは、このカードの価値についてだ。
クズ呼ばわりしたことについては見逃してやるから早く教えてくれ。
「まあ、超人気ヒーローには劣るけど、私って見ての通り美少女だし、ぴちぴちの18歳だから結構人気なんじゃない?」
「ほうほう……確かに顔つきは整ってるな。スタイルも中々良い」
「や、やめてよ……ばか……」
間近で顔面を観察してみると、本人の言う通り確かに美少女と呼ぶに相応しいレベルだった。
おまけに若い。俺より5歳も若い。世間から見れば、18歳はぴちぴちの今どきガールだから人気なのも頷ける。
得意げな顔がちょっとむかつくがな。
「このカード、ありがたく受け取らせてもらう。サンキューな」
「ううん。昨日助けてくれたから今日はそのお礼をしにきただけだから気にしないで。大切にしてね?」
「ああ。もちろんだ。オークションサイトで高値で売らせてもらうよ。本人のサイン直筆付きとあればきっと凄い値段で売れるぞ! やったぜ!」
俺はカードに傷をつけないように優しく受け取ると、すぐさま引き出しの中からクリアカバーを取り出してカードを収納した。
傷がつくと価値が下がる。新鮮なうちに売り捌かねばいかん。
だからこそ、このカードは大切にするよ。
高値で売れるその時まで……。
「ほら、用が済んだなら帰った帰った。俺はこれから勝負の海に出るんだよ。それともなんだ、生写真でも付けてくれるか? 別に昨日のことは気にしなくてもいいぞ。あれは俺が気分で倒しただけだからな、でもまぁーぁ、お前がどうしてもって言うなら色々とお礼にも期待しちゃうけど!?」
俺はゲーミングチェアからミカヅキを退かして代わりに座ると、すぐにパソコンの電源を入れた。
もう構っている暇はないのだ。
「ぅうぅぅぅぅっ……」
「怒ったチワワみたいに唸ってどうしたんだ」
「バカ! クズ! アホ! 帰る! 昨日のホネみたいにチリになって消えちゃえ!」
ミカヅキは怒りと驚きと他にも色んな感情が混ざったおかしな顔つきになりながらも、リズムよく罵詈雑言を吐き捨てて帰っていった。
「じゃあな~」
酷い暴言を続け様に吐かれたが、今の俺の耳には全て届かなかった。
右から左へ受け流すだけだ。
「……暑い中、ピリピリしちゃって」
俺はオークションサイトを開き相場を調べた。
しかし、ここで悲劇が起きる。
何を血迷ったのか、直筆サイン入りカードをコーヒーが注がれたマグカップの中に落としてしまい、一攫千金の夢は儚く散ってしまった。
結局、捨てるのも勿体無いので水気を拭き取り部屋に飾ることにした。
特に月光のミカヅキに興味なんてないがな。
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