第43話 絶望

 クラチは壁に寄りかかり、息を整えながら、深く疲れた目で周囲を見渡した。

 目の前に広がる光景は、信じられないほど歪んで見える。


「あ、あんな化け物……どうすりゃいいんだよ」


 その言葉は、疲労と不安の入り混じった心の叫びだった。


「本当に助かったわ……ありがとう」


 クラチとハースを始め、生徒全員が生き残れた奇跡に感謝する。


「任せといて!」


「私たちにお任せなの!」


 2人は鼻が高い。


「君たち大丈夫かい?」


「「うっす」」


「そう? ならいいけど」


 ルベンは気を利かせ、落ち込む生徒に声をかけていく。


「君たちは……大丈夫そうだね」


「ええ、私は大丈夫ですわ」


「私も大丈夫だ。悔しさは残るがな」


 心の傷は、怪我より厄介と言われている。


「μがいる限り、俺たちは動けねぇ……」


「そうね。今動いたところで、死者が出るだけだもの」


 1度恐怖を知ると、同じような場面で体が動かなくなる。

 世間ではこれをイップスと呼ぶ。


「心の傷なんて、いつ治るか分からねぇからな」


「……頭鬼は大丈夫……?」


「当然だ。それより、あいつ見てみろ」


「……うん……?」


 頭鬼が首で示した方向には、目をキラキラと輝かせる夜鬼の姿があった。


「ボクも早く戦いたいなぁ……!」


「多分、第8階級を間近で見たからだと思う」


 キンキンに冷えたペットボトルの鬼茶を人数分運んできた分鬼。


「僕も、本物を見た時は興奮したからね」


 そして、その隣を手ぶらで歩く男。


「あっ、無能発見なの」


「こんな役立たず知らないわ!」


 そう言われるのも仕方がない。


 だって、あの時あの瞬間、死鬼の姿がなかったのだから。


 戦闘が始まってから、分鬼は未来を見るため岩の裏に移動した。


 じゃあ、死鬼はどこにいた?


「ふっ、気づかなかったのかい?

 僕はずっと、みんなと同じ場所にいたというのに」


「あっ、そういえば、死鬼はいじけて地中に潜んでたんでした」


 正直者のカミングアウトにより、死鬼の処刑が確定した。


「す、すいませんでした!」


「しょうもない理由で萎えてたクズ男ってことなの」


 グサッ。


「ほんと役立たずね!」


 グサッ。


「……かっこよさの欠けらも無い……」


「た、確かに頼りなかったかも……あはは」


 グサッグサッ。


「本当にすいませんでした……」


 この場合、公開処刑されたという認識が正しそうだ。


「まぁまぁ、みんなで学食でも行こうや」


「……賛成……」


「お腹、空いてないよ……」


「ご、ごめんね死鬼!

 そんなつもりじゃなかったの!」


「なら、エリーゼも誘いましょ! エリーゼ!」


「ん? 呼んだ?」


「デカ盛りハンバーグにするの!」


 成果を上げれず落胆する者たちと、いつもと変わらず欲を満たす者たち。


 余裕、自信、実力。

 彼らの差は、この3つなのかもしれない。


「エリーゼの計測器見せて!」


「大したことないわ。大体5000くらいよ」


「凄いじゃない!

 まぁ、私は今日で1万を超えたけどね」


「ここまで悪意なく煽られたのは初めてよ」


 なぜこの2人は気が合うのか。

 おそらく、変わり者という共通点があるからだろう。


「正直な話、60区画は諦めるべきだ」


「そんなの嫌よ。多くの犠牲、多額の費用をかけて、ようやく奪還出来た区画なの。

 私は絶対に諦めないわ。

 例え1人で戦うことになったとしてもね」


「おいおい、現実を見ろよ」


 生徒たちが去ったあと、2人は今後について話し合っていた。


「なら、私たちだけで行けばいいんじゃない?」


「俺たちが行って勝てるのか?」


「そんなの知らないわ。だってこれは、未来に繋ぐための戦争だもの」


「はぁ、今日はこのくらいにしようぜ。

 これ以上考えたくない」


 クラチが頭を抱えるのと同時に、噴水が吹き上がる。


「そうね。一先ず、私は総隊長に相談してくるわ」


「あー、頼む」


 絶望、そして失望。

 人類奪還とは、過酷な道である。


「「おやすみ」」


 2人は別々の方向に歩いていった。


「はいはい、そこのお兄さん」


「あぁ? 悪いが、今は話しかけないでくれ。

 元気に見えるかもしれねぇけど、限界なんでな」


 しかし、どれだけクラチが歩いても、足音が後を追って来る。


「おい、いい加減キレるぞ?」


 ついに振り返るクラチ。

 しかし、そこにいたのは


「うーわ、暗い顔してんなー」


「……先生失格……」


 鬼。いや、鬼望だった。


「お前ら、飯食いに行ったんじゃねぇのか……?」


「いーや、助けに来てやったよ。

 まぁ、あいつらなら今頃……」


 場所は変わり、学園の食堂。


「エリーゼ、このハンバーガーめっちゃ美味いわよ!」


「美味しそう。でも、私にはカツ丼があるわ」


「イカサラダも美味しいですよ!」


「僕の焼き鳥もなかなか悪くないよ」


「ハンバーグ売り切れてたの……」


 ※これは頭鬼の想像です。


「ってな具合で楽しんでるんじゃねぇかな」


「そ、そうか……」


 抜け出してきた頭鬼と白鬼。

 2人の目はかすかに殺気を帯びている。


「……ここからは秘密の話……」


「おーん、手短に頼むわ」


 果たして、2人が戻ってきた理由とは一体……。

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