第44話 鬼望

「クラチ。

 いきなりだが、条件を飲んでくれるなら、今すぐにでもμを殺してきてやる」


「……失敗はあり得ない……」


「な、なんだよそれ……」


 疲れがピークを超え、思わず校舎裏にもたれかかるクラチ。

 もう足に力が入らないうえ、頭が思うように回らない。


「あー、えーっと、それってつまり、お前らならあの化け物を殺せるって言いたいのか?」


「ああ」


「……勝てる……」


 しかも、内容が内容である。

 今のクラチに、冷静な判断が下せるのだろうか。


「ちょっと待て……ちなみにいくらだ?」


「2000」


 頭鬼が言う4桁の数字。


「それって、万だったりする……?」


 僅かな希望を込め、クラチは尋ねた。


 しかし、答えは決まっている。


「……億……」


「あーあー、無理だ」


 値段次第では……と思ったクラチだったが、答えを聞いてすぐに諦めた。


「そんな金額払えっこねぇよ」


「まぁ、そうだろうな。

 そこでだ、1つ簡単な交換条件を用意した」


「こ、交換条件……?

 急になんだよ、怖ぇな……」


 今から俺は何を言われるのだろう。

 突然、人生1の不安に駆られるクラチ。


 そして、その条件が今、明らかとなる。


「……学食のプリンを4つ、キープして欲しい……」


「はっ? プリン……?」


 白鬼の目に曇りは無い。

 

 しかし、白鬼の言うプリンはただのプリンじゃない。


 実は、ここ鬼望学園のプリンは、アメリアから仕入れている超逸品で、2年先まで予約が埋まっているのだ。


「プリン……プリン……プリン……?

 でも待てよ。

 高級プリン4つで2000億がチャラになるのか……よし、乗った」


「決まりだな」


「……言質は取った……。

 ……すぐに行ってくる……」


 白鬼はボイスレコーダーをポケットにしまうと、頭鬼と共に地面を蹴った。


「あっ、えっ、今から行くの!?」


 クラチは急ぎ目で追ったが、そこに2人の姿はない。


「ま、まじかよ……」


「あら、どうしたの?」


 とそこへなぜか、相談をしに行っていたはずのハースが戻ってきた。


「鬼望が見えた」


「えっ? なんて?」


 クラチの小さなつぶやきは、集中していても聞き取れない。

 それ程感情がこもっていた。


「たった今、絶望が鬼望に変わったんだ」


「……あなた、相当疲れてるわね」


 結局、ハースは何の情報も得られなかった。


 それもそのはず、クラチの口から出るのは、「鬼望」が含まれる一言だけなのだから……。


「プリン、ゲット出来たな」


「……うん……」


 15分が経った頃、鬼力を足元に集中させた2人は、54区画を移動していた。


「あっ、μいたぞ」


「……本当だ……」


 μは1人、岩陰で寝転んでいる。


「周りに人いねぇよな……」


 やけに周りを気にする頭鬼。

 なんともらしくない姿だ。


「……うん……」


「人前でやるの本っ当に恥ずいからな。

 それにこれ……禁忌だし」


「……てへっ……」


 2人は息を合わせ、1つの鬼術を唱える。


「「禁厭きんえん鬼術、魂鬼離代アニマ・ディスケシオ」」


 直後、呪文と共に空気が震え、頭鬼と白鬼の髪色が入れ替わった。


「あとは暴れるだけ」


「……あーでも、間違えて区画ごと壊しちゃいそうだな……」


 いや、髪色だけでは無い。

 これは完全に、魂そのものが入れ替わっている。


「別に気にしなくていい。

 そんなの成果に比べればはした金」


「……そうだな……」


 それにしても、話し方、声量が変わると、なんとも言えない違和感を覚える。

 同時に、イメージがいかに大切か、この2人から学ぶことが出来た。


「……ほんじゃあまぁ、チャチャッと片付けちゃいますか……」


「うん」


 2人の心と身体はシンクロし、地面を蹴るタイミングには寸分のズレもない。

 そして直後、落雷のような轟音が鳴り響く。


「異変を察知。戦闘モードにいこ……」


 人間離れした速さで振り返るμ。


 しかし、人間離れしているのはヒューマノイドだけではない。


「……音が遅れて聞こえるこの感じ……」


「最っ高」


 音を置き去りにし、μに接近した2人は、両腕両足をはねた。


「戦闘モードへの移行失敗。勝率計算、0%。

 避難推奨、否。不可能と判断。

 エコモードへ移行」


「……お前、1人なのか……?」


「この前は周りにたくさんいた」


 白鬼は会話しながら、鬼火でμの手足を焼却する。

 流石は殺し屋、抜かりがない。


「会話モードへ移行」


 少しして、瞬きしたμの瞳は、まるで本物の人間のように頭鬼と白鬼の目を見た。


「そもそも、私は1人が好きなので」


「……そうなのか……。

 ……なかなか様になってたけどな……」


「うん。悪くなかった」


「そうですか。素直に嬉しいです」


 (まただ)


 頭鬼は今、μが笑っているように見えた。

 しかし、ヒューマノイドには感情がない……はず。


「そういえば、私の鬼術はどうでした?

 渾身の1発なのですが」


「……あれはえぐかったわ……。

 ……お前、かなりの鬼術オタクだろ……」


「そうかもしれないです」


 しばらくの沈黙を経て、頭鬼が口を開く。


「それじゃあ、地獄でいつか」


「……またね……」


 気づけば、2人の魂がいるべき場所へと戻っている。

 どうやら、時間の制約があるらしい。


「またいつか、どこかで会いましょう……必ず」


 μが目を瞑ると、頭鬼は静かに首をはねた。


「……そ《》れは涙……?」


「いーや、ただの水だよ」


 光を失い、機能を停止したμ。

 しかし不思議なことに、μの瞳からは確かに水滴が垂れている。


「さぁ、帰るぞ」


「……うん……」


 静けさに包まれる54区画。

 μの首を片手に、2人は帰路を急いだ。

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