第38話 μという恐怖

 一一次の日一一


「我々鬼望隊は明日、この国を、この世界を脅かす災害、ヒューマノイドσの討伐に向かう! 正直、勝てるかどうかは分からねぇ。

 ただ、みんなにはどうか、我々の勝利を信じ、良い報告を待ってて欲しい!」


「「「うおおおおおおおおおおお!」」」


 モニター越しに堂々と話すクラチの姿を見て、国民は大きな歓声を送る。


「当たり前だ!」


「待ってるぞ!」


「クラチ隊長、俺らの鬼望は必ず勝つよ!」


「帰ってきたら、腹いっぱい美味しい飯食わせてやるからな!」


「待ってるわよ!」


 しばらくすると、モニターは切れた。


「ふぅー、緊張したわー」


 静かな放送室に椅子の軋む音が2つ。


「ふーん、結構良かったんじゃない?」


「まぁな。でもどうせ、俺にしては……だろ?」


 クラチの隣にいるのは、あのハースである。


「あら、当たり前でしょ? あなたに100%は求めないようにしてるもの」


「うわぁ……相変わらずストレートにひでぇこと言うなぁ……」


 実を言うと、つい先程まで、ハースの心臓はかなり激しく鼓動していた。


 (や、やらかさないでよ……お願いだから)


 クラチが話している時、ハースの手には絶えず力が入っていた。

 まぁ、彼女の手を見れば一目瞭然なのだが……。


 よく見ると、力の入れすぎなのか、ネイルの跡がくっきり残っている。


「それで、どうしてこのメンバーにしたの?」


「それ、聞いちゃう感じ?」


「当たり前でしょ。私だって鬼望隊4番部隊長なのよ? 聞く権利くらいあるはずよね?」


 ハースお馴染みの正論パンチに、クラチは何も言い返すことが出来ない。


 (嘘でも別れたいとか言えねぇな……割とまじで。まぁ、別れる気ねぇけど)


「このメンバーにした理由は1つしかねぇよ」


「あら、そうなの?」


「ああ」


 クラチは窓の外を見る。


「それで、その理由っていうのは?」


「学園が誇れる猛者たちだからだ!」


 人の命を預かる以上、最低限の実力は必要不可欠である。

 つまり、誰もが思いつくメンバーという訳だ。 


「ふーん。つまらないうえに当然の答えね。

 あーあ、期待して損しちゃった」


「なっ……! も、もう絶対教えてやんねぇからな!」


「えー? 私ー、部隊長なんだけどなー」


 この後しばらくの間、2人のイチャイチャは続いたという……。


 一方その頃、頭鬼たちはというと……。


「お前たちには伝えておいた方がいいと思ってな。急な招集をかけてすまなかった」


「えっなになに!? 早く教えてよ!?

 もしかして強いやつの話!?

 ねぇ、ねぇ!?」


「白鬼」


「……うん、動縛バインド……」


 呼び出されて早々、夜鬼は拘束された。


「ぅぅぅぅ……」


「こほん。では早速、話をするとしよう。

 あれは5年前のことじゃった……」


 一一鬼歴549年4月5日一一


「では、我々も撤退するとしよう」


「「「はっ!」」」


 国民を逃がし、役目を終えた我々は、海の上を走ってラゼルへ戻る途中じゃった。


「いやーまじで、海の上って気持ちいいっすよね!」


「なぁクラチよ、お前は状況が分かっとらんのか?」


「そ、そんなの分かってるっすよ……!

 お、俺はただ、みんなの落ち込んだ心を慰めようかと……」


 そんなやりとりをしていた時、やつが現れたんじゃ。


「標的を確認、殲滅モードに移行。

 術式照合開始、成功。

 術式段階調整開始、成功。

 術式装填開始、成功。

 鬼術発射まで……5、4、3、2、1、発射」


 禍々しい波動は空間を震わし、たった数秒で死を悟らせる。

 正直、世界が終わると思ったわい。


「……っ!?……な、なにが起こった!?」


「……んっ!? な、なんじゃあれは!?

 総員、海に飛び込めえええええ!

 今すぐじゃああああああ!」


 返事する間もなく、隊員たちは海に飛び込んでくれたよ。


「殲滅を確認」

 

 そして、海に飛び込む瞬間、わしは確かに見た。


「帰還モードに移行」


 右手に大砲をつけた、赤髪のヒューマノイドを。


 ちなみに、メルサーが過去を語るのは、今回が初めてである。


「あの時は本当にびっくりしたわい。何せ、果てしないエネルギーを持った鬼術が突然、わしらの元へ飛んできたんじゃからな」


 メルサーの話し方から、その時の緊張感が伝わってくる。


「そいつ、かなりやばそうだな」


「うんうん、実に興味深い話だねぇ。

 でも1つだけ、その鬼術の詳細を話してくれないかな」


「……鬼術に関する話なら、こいつが詳しい……」


「そうですよ! 確か、専門分野でしたもんね!」


「珍しくこいつが役に立つの」


「まぁ、たまには譲ってあげるわ!」


 白鬼は頭鬼に視線を送る。


「離していいぞ」


「……分かった……」


 動縛バインドが解かれ、自由になった夜鬼は、早速メルサーに迫る。

 

「もっと、もっと情報が欲しい!」


 何を隠そう夜鬼は、生粋の鬼術オタクなのだ。


「でも発動までに結構時間がかかってたって話だったし神滅級の可能性が高いかなー。

 ただ神滅級に鬼弾型のものは存在しないから考えられるのは第6階級相当の鬼術ってところだね」


 オタク特有の早口を前に、メルサーはため息をつく。


「話すから、ちと落ち着いてくれるかのう?」


「うん! ボク、落ち着いてるよ!」


 荒々しく息をする姿はまるで犬のようである。


「あれは確か、1つに見えて4つの鬼弾の集合体じゃった」


「ほうほう。なら、あれしかないね」


「……あれって……?」


 白鬼が聞くと、夜鬼は真剣な眼差しで答える。


「第8階級天楼鬼術、キリサメだよ」


 しかし直後、夜鬼は首を傾げた。


「でも、おっかしいなー。

 この鬼術はもう、誰にも扱えないはずなのに」


 天楼鬼術キリサメ。

 夜鬼によると、この鬼術は1人の男が作り上げた伝説の鬼術らしい。

 それに、この鬼術は作った本人にしか発動出来ない仕様になってるとか。


「つまり、ロスト・マジックと呼ばれるやつじゃな。

 わしも1度だけ聞いたことがあるわい」


 気づけば、6人の身体から鬼力が溢れ出ている。


「第8階級……か」


 それ程までに、第8階級鬼術は危険な存在なのだ。


「それと最後に1つ伝えておく。

 わしはそのヒューマノイドをμミューと名付けた。決して忘れるでないぞ。

 話は以上じゃ」


 頭鬼たちは頭を下げると、すぐに部屋を後にした。


「μ、必ず俺らで討つ」


「「「うん」」」


 果たして、μとは一体何者なのだろうか。

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