第34話 鬼神化
「アリシアだったよね! ボク、珍しく名前覚えちゃったよ!」
「あら、嬉しいですわ!
でも本番は……これからですわよ」
2人は改めて地面を蹴る。
「へへっ」
「うふふっ」
最強の学生と、最強の子鬼のぶつかり合い。
「アリシア会長って、こんなに怖かったっけ……? ねぇ、ミエル」
「いえ、こんな会長は初めて見ました……」
「
しかし、何より凄いのは、そんな2人の鬼圧に耐え続けている頭鬼の結界である。
この空間はまさに、異次元の集いと言えよう。
「久しぶりだよ……見てるだけでこんなに楽しいの……!」
激しい斬り合いの中、2人のボルテージが鰻登りに高まっていく。
「殺さない程度に殺してあげる!」
「ええ! お互いの全てで語り合いましょう!」
次の瞬間、凄まじい鬼力風が闘技場に吹き降ろした。
それは頭鬼の結界を押しのけ、体育館の屋根をも吹き飛ばす破壊力。
「うわぁ、まじかよ……! 最っ高……」
「アリシアお前……そんなに強くなったのか」
メルサーの目には涙が見える。
「私、この感覚が大好きですの!」
「うんうん! 分かる、分かるよっ!」
果たして、勝負はつくのだろうか。
長く激しい異次元の斬り合いを前に、客席の生徒たちは開いた口が塞がらない。
「あー、ちょっとタイム……痛ててて」
「ん? どうされたのですか?」
突然距離を取り、右手で頭を抑える夜鬼。
「ごめんね。やばいボクが出てきちゃいそうになっちゃって……えへへへへ」
次の瞬間、六殺鬼がグラウンドに集まった。
「夜鬼、ここで終わりだ。いいな?」
「……これ以上は危ない……」
「このまま戦い続けるのはスマートじゃないね」
「夜鬼くん、分かってくれるよね?」
「分からないと痛い目見るの」
「そうよ! あたし、買った物全部置いて来たんだから!」
すると、夜鬼は大人しく剣を置いた。
「うん、これ以上は危ないもんね」
どうやら、夜鬼には何か秘密があるようだ。
「なるほど、何か持病があったのですね。
分かりました。今回はここまでということで」
「……それを言うなら多分、事情だと思う……」
「確かに。まるで夜鬼が痛々しい子みたいに聞こえちゃいますね」
先程まで狂った様子だったアリシアも冷静になり、剣を背中に戻した。
「よーし、いい子だ」
頭鬼は夜鬼に歩み寄る。
しかし、その時だった。
「きゃはははは! さぁ、ボクたちの夜を始めようか!」
たった数秒、されど数秒。
今この瞬間、体育館に集まった生徒たちはみ、夜鬼の世界に取り込まれた。
「鬼神化、暗鬼! ここからはボクの時間だ!」
「あーあ、めんどくさい事になっちゃったー。
みんな、いつものあれ準備するから、俺を守ってくれ」
「「「了解」」」
人を超え、鬼すら超えた存在。
「ねぇねぇアリシア、早く遊ぼうよ」
鬼にのみ扱える禁断の秘術、それが鬼神化である。
「……くっ……!」
(立っているのがやっとって感じですわね……)
(とか思ってるんだろうなー……でも残念)
「どうして止まってるの?」
「えっ……?」
「飛べ」
夜鬼が鬼力を溜めた右人差し指でアリシアのおでこを軽く弾くと、彼女は壁に叩きつけられた。
「……ぐはっ……」
やられた側からすれば、気づいたら壁にぶつかっていた、って感じだろう。
(ああ、まじ最高……!)
「戻れ」
濃い鬼力の塊をアリシアの真横に飛ばし、それに伴う鬼力風の反発によって、彼女は再び夜鬼の前に戻ってきた。
「……はぁ、はぁ……。
まだよ、まだ動けるわ……!」
(いや、もういいよ)
「
先に言っとく、お疲れ様」
「なっ……!
この魔法は、一体何ですの……?」
(あれ? 何だか心地よいですわ……)
広範囲を包み込む空間魔法、
カーテンに閉ざされた空間内では、視覚と聴覚、そして嗅覚を失い、自分は生きているのか、これは現実なのか、ただの夢なのか、どこにいるのか、立っているのか、息をしているのか、とにかく全てが分からなくなってしまう。
そしてそれらに加え、自分が一番恐れるものに襲われる悪夢を見る。
つまり、この時点でもう
「ボクの勝ち」
ちょうどその頃、アリシアは全てが分からくなっていた。
「ここはどこですの? あれ?
私は今、歩いていますの? ん?
歩くって何です? では、私は立ってますの?
それとも座っていますの?
そもそも私って、生きてましたっけ?」
そんなアリシアの前に、大きな金棒を持った鬼が1体。
無論、アリシアにその姿は見えていない。
しかし、意識的に鬼を捉えさせられてしまう。
「おい、そこの小娘。
我の
鬼は左手でアリシアを掴むと、そのまま口の前まで運んだ。
「あら、私食べられてしまうのですね。
いえ、今から私はお出かけに行くんでしたわ。
うふふ、楽しみですわ」
「はっはっは!
頭が相当おかしくなっているようだな。
まぁいい、味は変わらん」
鬼は大きく口を開け、アリシアを丸呑みにした。
「うーん、最・高!」
それから30秒が経過し、グラウンドを覆い隠していたカーテンが独りでに開いた。
「おい、どうなった!?」
「会長は無事なのか!?」
やがてカーテンが開ききり、遮るものが無くなったグラウンドには、
「……誰か、助けて……」
涙を流しながら助けを乞う、見るも無惨なアリシアの姿があった。
「「「アリシア会長!!!」」」
全く威厳の無い生徒会長を前に、生徒会の2人は慌てふためいた様子でアリシアの元へと駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「……シュリ……」
シュリの身体は、無意識に震えている。
そこには当然、怒りの感情が隠れている。
「大丈夫、なんですよね……?」
「……ミエル……」
この時のミエルは顔色がとにかく悪かった。
それはもう、今のアリシアなど比ではないほどに。
「これはかなりまずいな。
とりあえず、俺が医務室に運ぼう」
「……マッチョンくん……」
誰よりも早く客席から飛び込んだマッチョンは、こんな状況でも冷静な判断を下す。
彼は生徒会に必要なメンバーだ。
「……助、けて……」
しかし、今までの輝かしい会長は見る影もない。
「会長、失礼します」
マッチョンはフリージアをおぶると、足早に体育館を去った。
「あ、あの、鬼術技戦100戦無敗の会長が、泣いてるぞ……」
客席から漏れ出る重たい空気。
「さぁ、次は誰が遊んでくれるの?」
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