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第32話 新たな鬼

 また新たに、綺麗な朝日が登った今日。

 学園を見てみると、学園総出で頭鬼たちを大歓迎!


 ……という空気感ではなかった。


「はぁ!」


「うりゃ!」


「はい、そこまで!」


 一足先に戻っていたクラチの指示を受け、Bクラスの生徒は剣をとめる。


「ガヴィ、今の踏み込みは何だ!

 そんな剣を当てたところで、ヒューマノイドは無傷だぞ!」


「はーい、気をつけまーす」


 熱のこもったクラチの指導も、この男には無意味らしい。


「リビア、振りが遅すぎる!」


「す、すみません!」


「目標はそうだな……あれを目指せ」


 クラチの指さす先には、1回1回丁寧に剣を振るエリーゼの姿があった。


「あの、視線が気になって剣を振れないのですが……」


 彼女は無口な分、感覚器官が人より何倍も優れている。


「あっ、悪ぃ」


「ご、ごめんね!」


 だからこそ、視線や空気の変化にいち早く気づくことが出来るのだ。


「うん。許すから、集中させてもらえる?」


 ただ、無口な分、コミュニケーション能力が人より数倍劣っているのも確かだ。


「お、おう……。

 ま、まぁ、とにかくだ!

 目標は高く、だぞ!」


「は、はいっ……! 分かりました!」


 リビアはなぜか、敬礼で答えた。

 とそこへ、小柄な少年が1人。


「はいはーい、遊びに来たよー」


「あれ? あの子、迷子ですかね……?」


「いや、それは無いと思うぜ」


「えっ? どうしてですか?」


 リビアは首を傾げる。


「何せ、ここは世界が認める鬼望学園。

 部外者が簡単に立ち入れる場所じゃねぇ」


 クラチは大太刀を手に取ると、少年の方へと歩いていく。


「うわぁ……なんか面倒臭い展開になりそうじゃん」


「ちょっと先生、子供相手にそれはやりすぎでは……!?」


「うわぁー、大きな建物だなぁー」


 少年は辺りを見回す度、キラキラと目を輝かせる。


「うん、よきよき」


「おい、そこのお前」


「ん? それってボクのこと?」


 少年が振り返ると、地面に大きな亀裂が走った。


「うへぇ、えぐいな……。お前、何者だ?」


「何者かー。うーん、難しいなー」


 この余裕。

 只者では無い。


「まぁいい。一旦捕まえて、洗いざらい吐いてもらうからな!」


 そう言うと同時に、クラチは地面を蹴った。


「鬼力解放」


 加速に加速を重ね、クラチはあっという間に背後を取った。


「悪ぃな」


「いーよ、謝らなくて」


 そして、腕を掴もうと手を伸ばすクラチ。

 しかし、少年の姿はない。


「チッ、逃がしたか」


「だって、どうせ捕まんないし」


 少年の声が、クラチの脳に直接響く。


「すばしっこいガキだな」


「先生、やばい気配を感じた」


「エリーゼちゃん!?」


 異変に気づいたエリーゼが、先生の背後で剣を構える。


「あーあ、別にやり合うつもり無かったんだけどなー。

 でも、そっちがやる気なら、ボクもやるしかないもんねー」


 消えた少年は、噴水の上に立っていた。


「先生、私に合わせて動ける?」


「ああ、いいぜ。やってやるよ」


 2人は少年に剣を向ける。


「2人とも、き、気を付けてね……!」


「あなたは逃げて。ここは危険よ」


「う、うん……!」


 エリーゼの指示で、リビアは生垣の裏に隠れた。


「じゃあ、始めようか。鬼力解放!」


 夜鬼が鬼力を解放すると、次の瞬間、その場は暗闇に包まれた。


「やっぱり、頭鬼たちと同じ匂い」


「この鬼力量……こいつ、鬼か!?」


 密度の高い闇は、2人の視界を制限し、他の生徒たちを眠りに誘う。


「が、がんばっ……て……」


「うん、そうだよ!

 ボクは夜鬼、闇に生きる鬼さ!」


 闇から聞こえるその声は反響し、位置を探るのは難しそうだ。


「どんどんいくよ!」


「……んっ、後ろ」


 エリーゼの剣は夜鬼の拳を止めた。


「おっと、これは予想外。

 でも、これはどうかな?」


 夜鬼はすかさず鬼弾を放つ。


「これくらい余裕。先生、今!」


 飛んできた鬼弾を根本付近で斬り、エリーゼは首を左に傾ける。


「はいよ」


 直後、エリーゼの顔横からクラチの大太刀が姿を見せた。


「えー、いきなり2人?

 そんな卑怯な手使うんだ、ボク悲しいよ」


 そして、大太刀は確かに少年の身体を貫通した。

 しかし、感触が無い。


「おいおい、またかわされたってか!?」


「ノーコン」


「なっ……!? う、うっせぇ!

 当たったは当たったんだよ!」


 夜鬼のように鬼力順応率が50%を超える鬼と呼ばれる存在。

 彼らの動きや能力には、まだまだ多くの謎が残されている。


「はぁ、当然でしょ?

 そんな力のない攻撃、ボクに当てられる訳ないじゃん」


 その言葉通り、少年は一方的に攻撃を当ててくる。


「ねぇねぇ、守ってばっかで楽しいの?」


 慣れない環境と視界の悪さが重なり、防ぐので2人は精一杯といった様子。


「先生」


「はぁ!? こんな時になんだよ!?」


「疲れた」


 エリーゼの顔は涼しい日陰を求めている。


「へ、へぇ、エリちゃんは死にたいんだ?

 まぁ、それは個人の自由だからな!?

 先生は何も言わねぇけど!?」


「チッ、今の嘘」


「……ふぅ、何とかなったぜ」


 しかし、この耐え続ける現状では、神経をすり減らす一方だ。

 限界は近いと見える。


「ねぇ、結構頑張ってるみたいだからさ、特別に教えてあげる!

 悪鬼羅刹あっきらせつ、それがボクの能力だよ!」


 夜鬼、鬼スキル『悪鬼羅刹』

 自分自身を闇と一体化させることで、一方的な攻撃を可能にする。


「はぁ、はぁ、通りで当たらねぇ訳だ……。

 なぁエリーゼ、こんなの勝てっこねぇだろ」


「確かに……水憐弾アクア・バレット


 水を纏った鬼弾は、少年の身体を通過する。


「流石に無理かも」


 ωの時同様、無力感が2人を襲う。


「お前だけでも逃げるか?」


「ほんと、らしくない」


「だよな」


 


「うーん……でも、なんか違うんだよなぁ。

 あーあ、ボク飽きてきちゃった。

 だから、もう終わりにしよっか!」


 再び、夜鬼の顔つきが変わった。


「鬼聖融合鬼術、天聖邪悪ホーリー・ダーク


 天聖邪悪。

 それは鬼術階級最上位に位置する最強の鬼術の1つ。


「じゃあ、生きてたらまた会おうね!」


 暗闇に光り輝く無数の鬼術円。


「光と闇、いつ見ても最高に綺麗だ……!」


 1発でも身体に当たれば、その時点で死。

 それに、この距離では逃げられない。


「なぁ、最近運悪すぎねぇか……?」


「先生、私も同じこと思った」


 2人はつい数時間前、人型と剣を交えたばかり。

 だというのに、現実はお構いなく、2人に厳しい試練を与える。


「おー、始まるみたいだよ!

 精々頑張ってね!」


 そしてついに、鬼術円が無数の鬼弾を放ち始めた。


「でも一応、最後まで粘ってみるか。

 鬼力全解放!」


「私もやる。鬼力全解放」


 鬼力全解放とは、一種の賭けである。

 持って5分、鬼力が尽きればカカシも同然。


「「はぁ!」」


 それから2人は、飛んでくる鬼弾を斬り続けた。


「これ、意味あるの?」


「そんなの知るか。

 でも、一つだけ言えるのは、何もせず死ぬよりはマシってことだな」


「うん、間違いない」


 ωとの戦闘を経て、2人の心は大きく成長した。


「あれ? 意外といい練習かも」


「ばーか、実践的過ぎんだろうが」


 無力な者には、無力な者なりの戦い方がある。

 そして、相手が物体である以上、必ず弱点が存在する。


 それだけを信じ、2人は耐え続けた。

 そして、


「今だ、行くぞ!」


「了解」


 一か八かの大博打に出た。


 鬼弾の流れを読み、同時に地面を蹴る2人。

 しかしその時、


「おい、夜鬼。何してんだ?」


 突然、鬼弾の雨が止んだ。


「なっ……!?」


 夜鬼が指を鳴らすと、まるで夢の中にいるような青空が2人の視界を彩った。


「こ、これはですねぇ……あわわわわ」


 当然、2人は何が起きたのかさっぱり分からない。


「な、何が起きたんだ!?」


「あれ? 敵意が消えた……」


 少年と2人の間に立っていたのは……。


「と、頭鬼様っ……!?」


 少年は頭鬼の前まで走っていくと、その場で頭を下げる。


「ず、ずっとお会いしたかったです……!」


「はぁ、夜鬼。その前にやることがあるよな」


「は、はいっ……!」


 態度が豹変した夜鬼は、闇を操り、ここで起きた事象全てを吸い取った。


「おいおい、鬼ってのはえぐいやつしかいねぇのかよ……」


「うん。鬼力制御の次元が私たちとまるで違う」


 その結果、鬼弾によって傷ついた噴水、壁、そして地面までもが、綺麗さっぱり元通りになった。


 そして再び、少年は頭鬼の前へと走る。


「修復完了しました!」


「よし、その次は?」


「2人に謝ります!

 この度は、ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした!」


 こうして見ると、夜鬼はただの子供である。


「ふーん。別にいいけどよー、さっきの鬼術くらい教えてくれてもいいんじゃねーの?」


「も、もちろんですっ!」


「私も、剣を極めるお手伝いをして欲しい」


「はい、お易い御用ですっ!」


「うん、なら許す」


「あ、ありがとうございます!」


 こうして、学園に新たな鬼がやってきたのだった。


「……ところで夜鬼、何しに来たんだ?」


「えっ!? 頭鬼様がボクを呼んだんですよ……!?」


「あっ、そうだっけ? うん、なんかそんな気してきたかも」


「う、嘘でしょ……でも、そんな頭鬼様も最高!」

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