第25話 エリーゼ
逃げ出した頭鬼たちは、影鬼の影を使い、天井から教室の様子を伺っていた。
「全然知らないから適当に言うけど、普通の学校って感じだな」
「そうなの、意外と普通なの」
アニメや漫画を愛しており、頭鬼より学校の知見がある影鬼が答える。
「ねぇ」
とここで、陰鬼が全員の気持ちを代弁した。
「あの子、いつまであたしたちをガン見するつもり?」
陰鬼の言うあの子とは、ちょうど死鬼の真下に位置し、じーっとこちらを見つめる水色髪の女子生徒のことである。
「あぁ、可哀想に……。
きっと僕の魅力にやられてしまったんだね」
今の状況にそぐわない発言をし、完全に無視される死鬼はさておき、もう1人こちらに気づいている者がいる。
「……それを言うなら先生も気づいてる……」
白鬼の言うように、先生も度々視線を送ってきている。
「ふぅ……今いない生徒は、先生が後でちゃんと連絡しときまーす」
クリップボードに挟まれた名簿にチェックを付け、STを欠席した生徒の名前をメモする男。
一応先生としての自覚はあるようだ。
「それより、今日は伝えなきゃいけないことが3つある。しっかり聞いとけよ。
まず1つ目、俺の名前はクラチ・ウェイン。まぁ、クラチ先生とでも呼んでくれ。
次に2つ目、手元にある腕時計をどちらかの腕に付けてくれ」
クラチの指示に従い、生徒たちは腕時計を付けた。
「最後に3つ目な……」
この時、頭鬼たちはクラチの空気が変わったことに気づく。
「今からお前たちには、ヒューマノイド狩りに行ってもらう」
「えっ」
クラチの言葉に、水色髪の女子生徒が少し興味を示した。
「ちなみに、今付けてもらった計測器が討伐数を数える機械な。
ちゃんと俺に通知が来るようになってるから、サボろうとかバカなことだけは考えるなよー」
しかし当然ながら、生徒たちから戸惑いの声があがる。
「おいおい、冗談だろ……?」
「まだ俺たちが初日ってこと忘れてない……?」
「あの、先生!
それって危なくないんですか……?」
クラチは大きなため息をつくと、笑いながら続けた。
「大丈夫だ、安心しろ。
お前たちが今日行く第61区画には、ダンゴムシによく似たヒューマノイドしかいねぇよ。
えっ、まさかお前たち……ダンゴムシごときにびびってんの?」
クラチはわざと煽るような口調で言った。
「チッ」
「うっざ」
すると、生徒たちは黙り込み、殺気溢れる冷たい目でクラチを睨んだ。
「うーわ、怖すぎるんですけど……。
まぁ、それでやる気になったならありがたいけどね」
それから、クラチは赤のチョークで、黒板に大きな魔法陣を描いた。
「あれは……」
「影鬼、知ってるのか?」
「うん。あれは私もよく使うワープの魔法陣なの」
3つの輪がそれぞれ重なるように描かれた特殊な魔法陣。
「じゃあ、早速で悪いけど……行ってらっしゃーい」
そう言うとクラチは、生徒たちに手を振った。
「簡易的な鬼術ね」
すると次の瞬間、突然黒板の魔法陣が燃え上がり、空気中の鬼力を吸収し始めた。
「おいおい!?」
「いきなりかよ!?」
「こ、これって、安全なんだよね!?」
驚く生徒たち。
しかし、魔法陣がそんなことを気にするはずもなく、瞬く間に生徒全員を吸い込んでしまった。
「あれ? 吸い込まれた方がよかった?」
いや、たった1人だけ残っている者がいる。
「はぁ、なんで抵抗しちゃうかな」
ぐしゃぐしゃになった机と椅子。
しかし、女子生徒とその机と椅子だけは、全く動いていない。
「だって、相手はただのダンゴムシなんでしょ?」
その場にいる誰もが、彼女のやばさに気づいたのは言うまでもない。
「へぇ、言ってくれるじゃん。
でも、ダンゴムシは狩れる時に狩っといたほうがいいと思うけどなぁ」
「それはどうして?」
「うちは成果主義だから、ヒューマノイドの討伐数が多ければ多いほど、出世できる仕組みなんだよ」
「でも、ヒューマノイドは、人間によく似たロボットを指す言葉のはず」
「あーそれね、最初が人型だったってだけで、特に関係ないらしいよ」
女子生徒は真顔でクラチを見つめている。
しばらくの沈黙の後、女子生徒が言う。
「ふーん、分かった。なら、私も行く。
……あと、上にいる人たちも」
直後、女子生徒は鬼力で大剣を作り上げ、迷わず天井を斬った。
「ごめん、やりすぎた」
ズドォォォーンという大きな音と共に崩れ落ちる天井。
「おいおい、冗談だよな?」
開いた口が塞がらないクラチ。
「なんか僕、落ちてる気がするんだけど!?」
「ちょっとあの子やばいって!?」
腰から床に落ちる死鬼と分鬼。
「話は聞かせてもらったの!」
「どうやら、あたしの出番みたいね!」
見事な着地を決める影鬼と陰鬼。
「……うわー……」
「……ほいっ!
あれ? 白鬼ってめちゃくちゃ軽いんだな」
「……なっ……!」
先に床へ着地した頭鬼は、おしりから落ちてくる白鬼を右の手のひらで軽々とキャッチした。
「……そ、そこは、あまり触らないで欲しい……」
「あっ、悪ぃ。わざとじゃないんだよ」
「……うん……」
顔を赤く染める頭鬼と白鬼。
この時、白鬼の脳内は嬉しい68%、恥ずかしい32%の比率だった。
「あっ、そういうのもういいから、とりあえず行ってくれる?」
崩れ落ちた天井を見て、膝から崩れ落ちるクラチ。
果たして修繕費はいくらかかるのやら……。
「まぁ、先生の言ってることが本当なら、俺たちも早く行った方がいいんじゃないか」
「……うん、そう思う……」
「影鬼、いつもの頼むわ!」
「お任せなの」
陰鬼は、影鬼が準備している間に水色髪の生徒の手を取り、みんなの元へと戻ってきた。
改めて見ると、まつ毛が長く、しっかりと膨らむところが膨らんでいて、女の子らしさに満ち溢れている。
「なに?」
「あんた名前は?」
「エリーゼ」
「エリーゼ、すごくいい名前ね!」
「そう? あなたの名前は?」
「あたしは陰鬼よ!」
「そう、いい名前ね」
「ありがと!」
「準備できたの!
ちょちょいのちょいなの」
エリーゼと陰鬼の2人は、手を繋いだままヒューマノイド狩りの舞台である森林に囲まれた第62区画へとワープした。
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現在までに取り返せた区画
第60区画~第70区画
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