第23話 名前
一一次の日一一
「……おはよう……。
……もう朝、起きて……」
「……ん」
白鬼が何度さすっても、起きる気配のない頭鬼。
「……むっ……。
……頭鬼がそういうことするなら、私もこうしてやる……」
そう言うと、隣で眠る頭鬼の口元に自分の唇を重ねる白鬼。
「……んっ、もう朝か?」
「……うん、おはよう……」
「ああ、おはよう」
しかし次の瞬間、わたあめより遥かに甘いその空間は、夢という名の虚空へ消えた。
「おーい、そろそろ起きろよ。白鬼」
「……も、もう起きてる……」
「おっ、流石だな」
この時なぜ気づけなかったのか。
「……いつも頭鬼が1番に起きてるのに……。
……ぅぅぅぅぅぅ、恥ずかしぃ……」
白鬼はそんな自分を許せなかった……はずが、「……でも、悪くない夢だった……」と自分で自分を褒めたのだった。
それから時は流れ、頭鬼たちは6人のメイドに挨拶を済ませ、学園へ向かっていた。
「……頭痛い……」
「朝から体調悪そうだけど、ほんとに大丈夫か?」
「あーあーあー、憂鬱憂鬱!」
「死鬼、もう少し静かに歩いて」
今日の空は不自然に薄暗く、ポツポツと小雨が降っている。
「はぁ、登校とかほんと面倒なの」
「ほんとそれ!
なんで行かなきゃ行けないの!」
ちょうど商店街に差し掛かったところで、学校指定の学生カバンを左手に持ち、仲良く隣を歩く影鬼と陰鬼が文句を言った。
これは偶然かもしれないが、陰鬼が道路側を歩いている。
「別に来なくてもいいんだぞ」
2人は影(陰)で雨を防いでおり、その足取りは軽い。
「何を言っているか、さっぱり分からないの」
「そうよ!
あたしと影鬼も、鬼望学園の生徒になっちゃったのよ!」
文句は言うものの、白制服をちゃんと着ているあたり、2人に譲る気は無さそうだ。
「はいはい、分かったよ」
ちなみに、しっかりと道路側を歩いている頭鬼は今、白鬼が差している紅白柄の傘にお邪魔させてもらっている。
「……あわわわ……」
もちろんお分かりだと思うが、白鬼は緊張のせいで身体がガチガチである。
「なぁ白鬼、この傘可愛いな」
「……う、うん……。
……わ、わ、わ、私のお気に入り……」
「へぇ、よく似合ってるぞ」
「……あ、あ、あ、あ、ありがと……」
明らかに頭鬼と白鬼のイメージカラーを意識した傘なのだが、流石は頭鬼と言うべきか。
全く気づいていない。
しかし、気遣いに関して言えば、人一倍できる男である。
「おい白鬼、右肩濡れてるぞ」
「……わ、私は大丈夫……。
……それより、頭鬼は濡れてない……?」
「ああ、俺は全く」
「……なら、大丈夫……」
傍から見れば、仲のいいカップルだ。
「……ふぅ……」
ここで会話が終わったと思い、一瞬油断した白鬼。
しかし、その瞬間に頭鬼が動いた。
「いーや、だめだ。ちょっとそれ貸してみ」
頭鬼は白鬼から傘を受け取ると、自分の前に白鬼を連れてきた。
「……!?……」
「どうだ?
これなら2人とも濡れないだろ?」
「……う、う、う、うん、濡れない……」
(……好きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!……)
この時、すでにカンストしていた頭鬼の好感度メーターが振り切れたのは、言うまでもない。
それから15分が経ち、頭鬼たちは学園に到着した。
「久しぶりに来たな」
15分の間に雨は止み、今は鉛色の雲が空を覆っている。
それに、なぜか今日は顔認証システムで管理されているらしい。
「……早く確認しよ……」
「そうだな」
今日はクラス発表の紙を見る必要があるため、1度体育館前に行かなければならない。
「あーれぇ、シュリ先輩じゃあーりませんか」
体育館前に着くと、机で何やら忙しくしているシュリを見つけた。
「先輩、誰か呼んでますよ」
シュリの隣には、茶髪ショートの小柄な女子生徒が座っている。
(あの人がミエル先輩……かな)
「ん? おおっ!」
振り返ったシュリの口元には、スナック菓子のカスがたくさん付着していた。
「……あっ、お菓子食べてる……」
「まぁ、あの人らしいな」
「あのさ、この学園の生徒会、本当に大丈夫なんだよね……?」
口の中の物を水で流し込み、口元をハンカチで拭うと、シュリはこちらへ走ってきた。
「おーい! やっほー!」
「Ms.シュリ、おはようございます。
今日はなんだかテンション高めですね」
「うふふ、そう見える?」
「はい、とてもとても」
「うんうん、やっぱ死鬼くんにはバレちゃうかー」
「当然です。僕はパーフェクトですから!」
なぜかは分からないが、2人は気が合うらしい。
「実はね、後輩が段ボールパンパンのお菓子をくれたんだよ……ちなみに4箱分もね……。
ところで、そちらのお二人さんは?」
テンションが下がったかと思えば、初めてみる影鬼と陰鬼にテンションが上がるシュリ。
気分屋とは彼女のことを言うのだろう。
「私は影鬼なの。よろしくなの」
「あたしは陰鬼よ! よろしく頼むわ!」
どんな時でも、2人はいつも通りだ。
「ふーん、そっかそっか!
てか、あんたたちって全員名前に鬼が入ってるのね。
もうちょっと隠した方がいいんじゃない?」
おそらく、名前を知った時からずっとこの疑問を抱いていたのだろう。
「……無理、これが名前……」
「うーん、確かにMs.シュリの言う通りさ。
でもね、これは僕が僕であるという証明でもあるんだよ」
「あっ、いや、別に、あんたたちなら大丈夫だとは思ってるよ!
じゃ、じゃあ私、まだ仕事あるから!」
シュリは手を振ると、パイプ椅子に座るミエルの元へ戻っていった。
(うぅ、殺されるかと思った……)
「ん? 先輩?」
「な、何でもないよ……あはははは」
明らかに不自然である。
「行っちゃったね」
「……うん……」
「なら、僕たちも行こうよ」
「うん、私もそれがいいと思う」
それからすぐ、頭鬼たちもその場を離れ、クラス発表の紙へと向かった。
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