第21話 本当の分鬼

 子供たちを運ぶと意気込んでいた分鬼と死鬼だが、ここはゴーストタウンと化したガラム。


 電車やバスといった便利な交通手段などあるはずもない。


 つまり、影鬼か陰鬼の力を借りなければ、子供たちを安全かつ迅速に運ぶことは現状出来ないのである。


「……分鬼、どうやって運ぶつもり……」


 鬼力を燃やし、辺りを照らす白鬼が聞く。


「あれれ……? 僕には聞かないの!?

 いや、もういいや」


 当然、自分に得がある話となれば、この男は乗ってくる。


「そうだよ! 確かに運ぶとは言ったけど、現実的に不可能なんじゃ話は変わってくるよね!」


 (まずい、いつもの死鬼が戻ってくる……)


 そう悟った分鬼は、頭を高速回転させた。


「うんうん。つまりね、僕が言いたいのはね……」


「あー、うるさい。ちょっと黙ってて」


「なんだい? 今何か言ったかい? ん?」


 勝ち誇った顔で聞き返す死鬼。

 しかし、分鬼の方が一枚うわてだったらしい。


「影鬼と陰鬼が帰ってくるまで、このお兄さんが遊んでくれるってさ」


「「「本当!?」」」


 暇を持て余していた子供たちは、酷く喜んだ。


「……Wait, what?」


「だーかーらー、遊んであげて……ねっ?」


 分鬼は知っている。


「Sorry? I can't speak Japanese.」


「はぁ? 好きな食べ物は?」


 死鬼が本物のバカであるということを。


「お寿司!……あっ……」


 (やっぱ、こいつバカだ)


 頭鬼と白鬼は必死に笑いを堪えている。


「へいへい、分かりました、分かりましたよ! 子供と遊べばいいんでしょ! ったく」


 死鬼は両手をポケットに突っ込み、子供たちの前まで歩いていった。


「はーい君たち、この僕と何して遊びたい?」


「えーっとね、うーんとね……あっ、おままごと!」


「ふぅ、全く。まるで子供だな」


 当然、相手は子供である。


  「でも、そうだな。

 おままごとか……うん。

 なら僕は、エリートお父さん役かな?」


 死鬼は頭の中で、様々なシチュエーションを妄想した。


「うんうん、どれも悪くない」


 しかし、それらは一瞬で打ち砕かれてしまった。


「ううん、違うよ。

 お兄さんはね……犬だよ!」


 初めは堪えようとした頭鬼と白鬼だったが、堪えることを諦め、今は大笑いしている。


「おい小娘、もう1度同じことを言ってみろ」


 拳を握り、殺気を放つ死鬼。

 見兼ねた分鬼がすかさずケツに蹴りを入れる。


「痛っ!」


「バカかお前、相手は子供だぞ!」


「いーや、僕は絶対に認めない!」


 嫌がる死鬼に、笑いながら白鬼が聞く。


「……死、死鬼は、な、何役……? ぷぷっ」


「あーもう! 僕は犬になればいいのかい?」


 死鬼は渋々その場で四つん這いになった。


「おい見ろよ、白鬼。あいつ犬らしいぞ」


 頭鬼はわざと死鬼に聞こえる声で言う。


「……ほんとだ……」


 プライドの高い死鬼にしてみれば、この状況は非常に屈辱的なものだろう。


「はい、ご飯ですよー」


 子供から雑草を受け取る死鬼。


「わ、わん……」


 渋々食べる演技をする死鬼だったが、その嫌々食べている感じが1周まわってリアルに見えたようで、子供たちの好感度が著しく上がった。


「いい子でちゅねー」


「これもどうぞ」


 そして、その様子をすぐ横で見守る分鬼の姿は、完全にお母さんである。

 しかし、そんな分鬼に1人の子が近づいてきて言う。


「ねぇねぇ、緑髪のお兄さんは遊ばないの?」


「うん。俺は大丈夫だからさ、お兄さんの分も可愛がってあげてね」


 上手く話を持っていき、断ろうとする分鬼。

 しかし、そこへ頭鬼が声をかけた。


「いいのか、せっかく死鬼と遊べるチャンスだってのに」


「いいんだよ、別に。

 ……死鬼はかっこいい人が好きらしいから」


 小さな声でそう吐き捨て、ほっぺを赤く染める分鬼。


「だから男らしい格好したり、男らしく振舞ってんだろ?

 だったら行けよ。

 ほんと、急に男装してきた時は、怖くて誰も声掛けれなかったんだからな」


「そうだったのか、それはすまなかった」


「あっ、別に謝んなくてもいいって。

 それより……」


 頭鬼は死鬼に視線を向ける。


「なぁ死鬼、お前ってかっこいい人が好きなのか?」


「ちょっと頭鬼……!?」


 これには流石の分鬼も焦りを見せた。

 そんな中、四つん這いの死鬼が答える。


「んーそうだなぁ……。

 僕はどちらかと言えば、可愛らしくて、女の子らしい子が好きかなぁ」


「ん?」


 子供たちは首を傾げている。


 (えっ? 今なんて? 死鬼はかっこいい人が好きだって、私は7歳の時、確かに聞いたはず……)


 この時、分鬼の思考回路はショートした。


「と、本人は言ってるが?」


「あっ、うん、えーっと……なんか気分変わったかも。

 私も一緒に遊んでやろ……こようかな。

なーんてね、あはは、あはは……」


 誰とも視線を合わせることなく、子供たちの元へ向かう分鬼。


「ねぇみんな、やっぱり私も一緒に遊んでいいかな?」


「うん、もちろん!

 じゃあお兄さんは、お母さん役ね!」


「うん、分かった。

 でも、1つだけ訂正。

 お兄さんじゃなくて、お姉さんだよ?」


 分鬼はとびきりの笑顔でそう言った。


「……か、可愛い……」


 その素敵な笑顔に、死鬼は一瞬心を奪われた。


 (なんだ!? 今の不思議な感覚は……。

 いや、流石に気のせいか)


「……頭鬼優しい……」


「一応、こいつらのかしらだからな」


 その後、頭鬼の呼び掛けで戻ってきた影鬼と陰鬼に運ばれ、子供たちは寮の最上階に無事保護された。


 そして、時は遡る。


 当時7歳の分鬼は、ヒーローに憧れていた。


 当然、正義だからとかではなく、1番目立つからというだけの理由で。


「はぁ、僕もヒーローみたいにかっこよくて、とにかく目立つ人になりたい!」


 頭鬼と買い物に出かけたショッピングモール。

 そこで偶然目にしたのは、ヒーロー映画の予告だった。


「ありがとう!」


「かっこいいぞ!」


「人類の希望だよ!」


 多くの人々に感謝され、その歓声に応えるヒーローの姿は、死鬼の心にそれは深く刻まれた。


「ヒーロー、か」


 アジトに戻ってからもその熱が冷めることは無く、ただひたすらヒーローのことだけが死鬼の頭を埋めつくす。


「ねぇ、死鬼」


 この頃の分鬼は、ピュアな普通の女の子。

 だからこそ、美形で自分をしっかりと持っている死鬼に惹かれ、少なからず好意を持っていた。


「どんな人が好みとかってある?」


 (キャー! 聞いちゃった!)


 勇気を出し、タイプを聞く分鬼。

 しかし、質問するタイミングがとにかく悪かった。


「かっこいい……」


 死鬼の頭の中でひたすら流れ続けるヒーローの映像。

 そのせいか、無意識に言葉が口から溢れた。


「へ、へぇ。そ、そうなんだ……!

 死鬼はかっこいい人が好きなんだね! 」


 ちなみに、死鬼は現在、ヒーローなど眼中に無い。


 なぜなら、ヒーローなんかより断然、世界に恐れられる殺し屋の方が、目立っている確信があるからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る