第20話 恐怖の鬼ごっこ

 廃墟を1つ左に曲がると、影鬼は前輪の無い軽トラの影に、陰鬼は暗い路地裏の陰へと姿を消した。


 そんな2人の耳には、黒い6輪の花が描かれた無線通信機が付いている。


「こちら影鬼なの。

 体育館の屋上に到着したの」


「こちら陰鬼よ。

 あたしも体育館内側の壁まで来たわ」


 特殊な鬼術結界に囲まれた体育館。


 一般人なら、近づいただけでその異様さに気づき、無意識のうちに鳥肌が立ってしまうだろう。

 それくらい、重く生暖かい空気が体育館を包んでいるのだ。


 報告を終え、1度体育館内を見渡す陰鬼。


「今のところ、子は見当たらないわ」


「了解なの。また何かあったら報告するの。あと、私は動きがあるまで待機してるの」


「分かったわ」


 陰鬼はマイクを切ると、小さな声で言う。


「一刻も早く捕まえてみせるわ……あの子たちのために」


 陰鬼が見た体育館内は、とても酷いものであった。


「……はぁ……」


「……うぅ……」


 猛獣を運ぶために作られた金属製の檻。

 その檻一つ一つに、まだ幼い女の子が閉じ込められている。


「ほんと、胸糞悪いわね……」


 女の子たちが着ている服は、至る所に穴が空いており、形を保っているのが奇跡といえる。


 さらに、檻の中に置かれた犬用の食器には、もはや食べ物なのかすら怪しい乾いたパンと泥水が入れられている。


「……浄化クリア……」


 陰鬼は泥水を綺麗な水へと変えた。


「ごめんね、今の私に出来るのはこれくらいよ」


 酷い環境を目の当たりにしても、陰鬼は目を逸らさなかった。


「あたしが絶対助けるから、もう少しだけ我慢してね」


 女の子たちは水が綺麗になったことに気づくと、とても美味しそうに水を飲んだ。


 そして、2人が体育館に着いてから5分。


 ガラガラと体育館の扉が開き、小太りの男とガタイのいいSP5名が姿を見せた。


「やっとか……」


 陰鬼はすぐに報告を入れる。


「こちら陰鬼。

 子と思われる人物と、付き人5名を確認したわ」


「了解なの。

 でも、一応確認するために、もう少しだけ待つの」


「……ええ、分かったわ」


 男は金色に輝くスーツを身に纏っているうえ、ダイヤの指輪を全ての指にはめている。


「……殺す、絶対殺す……」


 陰鬼は、ただひたすら耐えた。

 

 そんなこととは露知らず、憎たらしい男はSPが持っていたアタッシュケースから薄汚れた布を取り出し、檻の中へ次々投げ入れていく。


「お前たちのためにわざわざ用意してやったんだ。有難く使えよ」


 どうやら、この薄汚れた布が布団代わりらしい。


「許せない……」


 陰鬼からおぞましい殺気がどんどん溢れ出す。

 当然、影鬼はそれに気づいた。


「まだなの」


「影鬼……私、もう無理かも!」


 今にも飛び出してしまいそうな自分を必死に抑える陰鬼。


「あと2秒だけ待つの」


 少しして、男が檻から離れたその瞬間、影鬼が言う。


「鬼ごっこ開始なの」


 気付けば、陰鬼は男の前に立っていた。


「神出鬼没な鬼はお嫌いかしら?」


 拙く不敵な笑みを浮かべ、SP5人の首をはねる陰鬼。


 普段の明るい陰鬼の影は、もうどこにも見当たらない。


「な、何者だ貴様!?

 どっから入ってきやがった!?」


 おぞましい殺気を近距離で浴び、気づけば男は走っていた。


 (えっ、身体が勝手に……?)


 そう、これは彼の意思では無い。

 無意識に身体が動いているのだ。


「てめぇに逃げ場なんてあるわけねぇだろ!」


 逃げ出す男に構うことなく、陰鬼は檻をこじ開けていく。


「もう大丈夫だからな。

 とりあえず、優しいお兄さんたちの所に運ぶぞ」


 陰鬼はそこら辺の陰を手に取ると、女の子たちの肩に優しく被せてあげた。


 すると、その陰は瞬く間に女の子たちを包み込み、頭鬼たちの元へとワープさせた。


「おっ、来たな」


「……子供がいっぱい!……」


「ちょっ、ちょっと、子供は苦手なんだよね……」


 後ずさる死鬼。

 一方、分鬼は自ら子供たちの元へ駆け寄り、優しく声をかける。


「大丈夫? お腹は空いてない?」


 母性溢れる優しい口調に、子供たちの目から涙が溢れた。


「うわぁーん!」


「お腹空いたよ!」


「怖かったー!」


「うんうん、よく頑張ったね!」


 分鬼は子供たちをあやしつつ、死鬼を激しく睨みつける。


「は、はい。なんでしょうか!?」


「この子たちを寮に運ぶぞ」


「えっ、やだやだ! 絶対にやだ!」


「はぁ?」


「よーし、お兄さんが全力で運んじゃうよ!」


 まるで夫婦漫才のようだ。


「だってさ、みんな聞いた?

 お兄さんにありがとうって言おうね」


「「「お兄さんありがとう!」」」


「ま、全くしょうがないな!

 大船に乗った気持ちでいるといいさ!」


 乗せられると思いのまま操れる、とにかくチョロい死鬼であった。


 一方その頃、逃げ出した男は体育館倉庫の隅に身を潜めていた。


「はぁ、はぁ」


 足はプルプルと震え、先程浴びた殺気のせいか、激しく鳥肌が立っている。


 ただ、こういう状況に陥った時、10段積まれた跳び箱の安心感は計り知れないということだ。


 時間経過と共に、段々男の心拍数も安定してきたそんな時……。


「みーっけ、なの」


 男の辺り一体を、重く冷たい不思議な空気が覆った。


「まさか……」


 嫌な予感は的中した。


「そうなの、そのまさかなの。

 影鬼は鬼出電入な鬼なの」


「おい、この俺をどうする気だ……!」


 すぐさま立ち上がり、距離を取る男。


「簡単な話なの。捕まったら死ぬ。

 それが私たち流の鬼ごっこなの」


「……そうか」


 どこからともなく聞こえる声を受け、男の心臓は今にも破裂しそうなほど激しく鼓動する。


「頼む」


「ん?」


 男は床のホコリを払った。


「この通りだ!」


 そして、なんの躊躇いもなくおでこを付けた。


「許してくれ! 頼むよ!」


 しかし、相手は最恐六殺鬼の1人。

 同情など、求めるだけ無駄である。


「頭を出してくれてありがとうなの」


 影鬼は男の首を影刀ではねた。


「こちら影鬼なの。

 鬼ごっこ終了なの」


 その直後、辺りの影が大きなトカゲの形を模し、男を一口で飲み込んだ。


「キュルルルル」


「しーっ」


「キュルゥ!」


 影鬼が頭を優しく撫でると、トカゲは姿を消した。


 一方、陰鬼の陰はというと……。


「ほーい。こっちもちょうど終わったところよ」


「キェェェェェェッ!」


「はいはーい、静かに食べてね」


「クゥ!」


 影鬼の影同様、大きな怪鳥の形を模し、SP5人を丸呑みにしていた。


「じゃあ、また後でね」


「了解なの」


 それからすぐ、2人は影(陰)の中へと姿を消した。

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