第17話 14億の部屋

 エレベーターに乗り込んですぐ、シュリが言う。


「実は少し前、生徒会の集まりがあったんだけどね。会計のミエルがこんなことを言ってたの」


 一一鬼望学園生徒会室一一


 ここには大理石で作られた長方形の机と、金が散りばめられたゴージャスな椅子が4つ置かれている。


 部屋全体は水色で統一され、壁にかけられた向日葵の絵画や部屋を照らす小さなシャンデリア、バーのようなスペースが部屋の特別感をより高めている。


「ねぇシュリ、ここの特別経費って項目に14億円の振込があったって書かれてるんだけど、何か聞いてる?」


 生徒会会計ミエル、2年生。

 茶髪ショートで小柄な彼女は、とにかく運動全般がてんでダメである。


 体力もなければセンスもない、俗にいう運動音痴というやつだ。

 ただ、そんな彼女には誰にも負けない頭脳があった。


 優れた戦闘技術を買われ、生徒会に推薦されたシュリとは正反対に、天才的頭脳を買われ、アリシア直々に推薦された超優等生がミエルなのだ。


「いや、なーんも聞いてない。

 ふわぁー、ねっむ」


「ですよね。でも学園長のハンコが押されてるし、特に気にしなくても大丈夫なのかな」


「うんうん、考えるだけ無駄無駄」


 ソファに寝そべり、適当に答えるシュリ。


「うーん、会長はどう思いますか?」


 その様子を見て、ミエルはアリシアに尋ねた。


「そうですね……。

 これは偶然聞いた話なのですが、たまに有名企業の社長さんが高額な寄付をしてくれることがあるらしいですの。もしかしたら、そのお金かもしれませんわね」


「へぇ、その社長さん太っ腹ですね」


 やはり、シュリとは大違いだ。


「いやいや、そんなに金持ってるなら私に1万くれっつーの。

 ふわぁー……。

 あっ、もう限……界……おや……す……み」


 すごい発言をしたかと思えば、そのまま眠りにつくシュリ。

 彼女は本当に生徒会副会長なのだろうか。


「はぁ」


 ミエルは席を立ち、自身がひざ掛けとして使っていた毛布をそっとシュリにかけた。

 シュリは気持ちよさそうに眠っている。


「まぁそんなわけで、私は寝ちゃったからこの後どうなったのか知らないけど、こんなことがあったのよ!」


 この時、4人は思った。


 (なんで会長は、こんな人を生徒会に入れたんだろう)


 それはさておき、頭鬼には確信があった。


「そのお金、俺が振り込んだやつです」


「ん? もう一回言ってもらっていい?」


「その14億円、俺が振り込んだやつですよ。

 確か、その金額を振り込めば、いい部屋にしてくれるって招待状に書いてあったので」


 シュリは思った。

 (完全に騙されてるよ……)


「あのさ」


「はい」


「貯金額とか聞いてもいい?」


「えーっと、多分……2700億円くらいですかね」


 これは嘘偽りのない事実である。


「ねぇ、頭鬼くん。お姉さんはお嫌い?」


 それを聞き、頭鬼に身体を近付ける現金なシュリ。


「……シュリ……!」


 しかし、そんな行動を白鬼が許すはずもなく、殺気で威嚇されたシュリは、頭鬼から距離を取った。


 (あっ、やべ)


「……おほほほほ。

 冗談よ、冗談!

 あんた、まさか本気にしたんじゃないでしょうね」


「まさか、全くそんなことは無いので安心してください」


 (えっ!? 私って魅力0なの!?

 どうなの!? えっ、なんか悲しいんだけど!)


 勝手に自爆し、落ち込むシュリ。

 もちろん、頭鬼に悪意はない。


「……ま、まぁとにかく、その鍵が男子寮の最上階で使えるかどうか確認するわよ!」


 一段落ついたところで、分鬼が落ち着いた声で言う。


「でもさ、招待状と一緒に鍵が入ってたってことは、頭鬼が振り込むことを確信してたことになるよな」


「確かに、それもそうね。

 ん? ってことは、頭鬼くんたちがお金持ちな事を知っていた人間が学園の上層部に……でも、そんな人いる?」


 この時、頭鬼と白鬼の頭には、白い顎髭の生えたおじさんの顔がはっきりと浮かんでいた。


 (今思えば、招待状にメルサーと書いてあった気もする)


 そんなこんなで、エレベーターは最上階に到着した。


「着いたわよ」


 5人がエレベーターから出ると、いかにも高そうな金枠のドアがお出迎えしてくれた。


「ここが最近作られた部屋よ」


「なんだこれは……実に素晴らしいじゃないか! 僕仕様、僕仕様なのか!」


「……死鬼、いちいちうるさい……」


「まずは鍵が使えるか、だろ?」


 分鬼に背中を押され、頭鬼は勢いそのまま鍵を挿した。

 すると次の瞬間、鍵穴がひとりでに回り、カチャッという気持ちいい音が鳴った。


「えっ、本当にあいたんだけど……!?」


 シュリのテンションがさらに上がる。


「じゃあ、ドア開けるぞ」


 頭鬼は特に溜めることなくドアを開けた。


「うん、いい感じ……かな。

 みんなはどう?」


 シュリは口をあんぐりと開けたまま、その場に立ち尽くしている。


「まぁ、前住んでた家くらいには豪華じゃん」


「……悪くない……」


「僕仕様! 僕仕様!」


 ここでようやく、シュリはいつもの自分を取り戻した。


「ちょっとあんたたち、普通もっと驚くもんでしょうが」


 あまりにも薄い反応で済ませようとする4人を見て、シュリはやれやれと首を振った。


「まぁまぁ、一旦見て回りましょうよ」


「そ、そうね」


 シュリはまだ落ち着かない様子。

 ただ、そんなシュリを気にもせず、4人は部屋探検を始めた。



「ちょっとあんたたち置いてかないでよ!」


 まずは入って右手前にある部屋から。


「ここは寝室か」


「うわぁ、高そう……」


 震える足を手で抑え、おそるおそる部屋を覗くシュリは呟く。


 寝室には、大きなフランスベッドが横並びに2つ、白い枕が6つ、黒い布団が3つ置かれている。寝具類は全てモノトーンでまとめられているようだ。


 他にも、枕元にレトロなランタンが置かれていたり、観葉植物が置かれていたり、間接照明で好きな明るさに変更可能だったりと、全ての要素が快適な睡眠をサポートしてくれる。


 ただ、この部屋を見て違和感を覚えたシュリが尋ねる。


「このベッド大きいけどさ、2つしかないよ?」


「あっ、俺たちいつも一緒に寝てるので、特に問題ないですよ」


「……ぶいっ……」


 白鬼は人差し指と中指でVの字を作ってみせた。


「うん、それは大問題だね」


 その後も頭鬼たちは部屋を回った。


 リビングには、大型液晶テレビ、本革で作られた6人がけのL字ソファ、鉄板・ホットプレート・金網付きの机。


 脱衣所には、服を自動で干してくれる機能とアイロン掛け機能が付いた最新洗濯機。


 浴室には、源泉かけ流しのヒノキ風呂、最大で64人が同時に身体を洗える流し場、個室サウナが完備など、何処も彼処もとにかくお金がかかっていた。


 そんな高級感溢れるものの数々を目にしたシュリは、立っているのがやっとなほどふらふらである。


「ちょっと、もうギブ!

 私はこの辺でリタイアさせてもらうから。

 はい、これ私のWINE IDね。

 それじゃあ、ばいばい」


 シュリは早口でそう言うと、メモを机に置き、逃げるようにエレベーターに乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る