第11話 鬼怒哀楽

 ガオルがその場に倒れると、頭鬼は背を向け、元いた場所へと戻っていく。


「殺しはしない。分鬼と約束したからな。

 ただ、発言には気をつけろ。

 下手すりゃ死ぬぞ」


 しかし、ガオルも実力者である。


 咄嗟に鬼力を腹に集中させ、腹筋に力を入れることで、少しではあるがダメージを抑えることに成功していた。


 (流石に喋ることは出来ねぇか……チッ。

 まぁ、結構かなり痛えけど……本当はバカみてぇに痛えけど……まだ、 行けるっ!)


 手を付き、音もなく起き上がったガオルは、即座に地面を蹴った。


 (……取れる!)


 ぐんぐん距離を詰め、ついに頭鬼の元へ。


「おい見ろ、あの3年立ったぞ!」


「まじか!」


「しかもあれって……熱拳じゃねぇのか!」


 観客席がより一層盛り上がる中、頭鬼は静かに呟く。


「はぁ、俺がそんなヘマするわけねぇだろうが。ばーか」


 頭鬼は振り返らなかった。


「熱……拳……」


 (あれ……身体に……力が……入ら……ねえ……)


 そして再び、ガオルは倒れた。


「ほほう。

 あの短時間で鬼力の流れを完全に乱したか。

 あれでは立つことは疎か、意識を保つことすら厳しいはずじゃ。

 全く恐ろしいのう。

 まぁそれよりも、こっちの方が面倒じゃがな……」


 メルサーの額から一滴の汗が落ちる。


「……流石は頭鬼……」


「あちゃー。あのバカ、頭鬼の前で『命懸け』とか言っちゃったよ。

 ちゃんと生きてるかなぁ?」


「頭鬼は約束を破らない、それは絶対だ」


 一方その頃、体育館の外では……。


「体育館で緊急事態発生、すぐに避難を開始してください!

 体育館で緊急事態発生、すぐに避難を開始してください!」


 膨大な鬼力を感知したことで、学園全体に避難アナウンスが流されていた。


 これは完全に頭鬼のせいだ。


「あー、やっぱり鳴っとるのう。

 全くもう、怒られるのわしなんじゃよ?」


 メルサーのテンションが下がったのは言うまでもない。


 そして当然ながら、受付係のパイプ椅子を体育館倉庫に片づけているシュリや、緊急会議を終え、自販機で買った缶コーヒーを飲んでいるアリシアとフリージアにも、このアナウンスは届いていた。


「まさかあの子たち……!?

 あーもう、気になってしょうがないじゃない!」


 シュリは手に持っていたパイプ椅子を投げ捨てると、体育館へ走った。


「フリージア、体育館で非常事態ですわ!」

 (緊急事態ということはおそらく、シュリがWINEで言っていた事関連ですわね……)


「今は確か入学試験中のはずだ!」


「急ぎますわよ!」


「ああ!」


 2人は飲んでいた缶コーヒーを地面に置くと、体育館へ走った。


 そして、場所は体育館に戻る。


 たった2発で倒されたナンバーズ『18』ガオル。

 その姿に、今日1番の盛り上がりを見せる観客席。


 しかしそんな状況の中、すぐ近くにいたマッチョンは理性を失っていた。


「ガオルがやられた……?

 しかも新入生ごときに……?

 いやいや、そんなこと有り得ない……。

 ああ、そうか分かったぞ。

 これは夢だ。

 そうだ、夢だったんだ!

 夢なら……何しても許されるよな?」


「いかん! マッチョン、待つんじゃ!」


 突然の事態に判断が遅れたメルサーは、その場から動くことが出来ず、ただ声をかけることしか出来ない。


 そんなメルサーの叫び声は虚しく消え、マッチョンは頭鬼目掛け地面を蹴った。

 

「マッスルインパクト!」


 マッチョンが使ったマッスルインパクトは、自身が1番得意とする技、言わば必殺技である。


 ただ、鬼力を身に纏い体当たりする捨て身技であるため、相手に与えたダメージと同じ分だけ、自分もダメージを受けてしまう。


 それに加え、今は冷静さを欠いている状態。


 いくらナンバーズ『19』と言えど、これでは命が危ない。


「死ねぇぇええええええええええ!」


 頭鬼の元に向かうマッチョンの瞳から、1滴の涙が落ちた。


 その時、


「……頭鬼は私が守る……」


 頭鬼とマッチョンの間に白鬼が姿を見せた。


「わーお、いつの間に」


「相変わらず、頭鬼の事になると迷いがないみたいだね」


 死鬼と分鬼は至って冷静である。


「……鬼力解放……」


 白鬼、鬼スキル『鬼怒哀楽』


 何重にも重なった鬼法陣が背後に現れ、心臓に当てられた白鬼の右手に白、赤、青、ピンクの4色の鬼力が集まっていく。


「……楽……」


 白鬼が宣言すると、ピンク色の鬼力が矢の形を作り上げ、大きな弓が姿を現した。


「……私が楽に殺してあげる……」


 そして、白鬼はその矢をマッチョン目掛け放った。


「関係ねぇ。

 こんな偽物の矢ごとき、俺が破壊してくれるわ!」


 スピードを落とすことなく、進み続けるマッチョン。


「おいおい、あれは流石にまずいんじゃないの?」


「仕方ない。俺らで止めるか」


「うんうん、そうこなくっちゃ!」


 この時ようやく、静観を続けていた死鬼と分鬼が行動に移った。


 2人は同時に地面を蹴り、一瞬でマッチョンの前まで移動すると、死鬼は右手を分鬼は左手を後ろに引く。


「「せーの」」


 息を合わせ、2人はマッチョンを殴った。

 いや、正確に言えば『抑えた』が正しいだろうか。


「これ、いい筋トレになるんじゃない?」


「それ、今言うことじゃない」


「あっ、めんごめんご」


 大きな衝突音が鳴り響き、ぶつかり合う両者。

 すると、マッチョンの勢いだけがみるみるなくなっていく。


「嘘……だろ……?」


 そしてついに、マッチョンは2人の目の前で完全に静止した。


「まだ死ぬのは早いと思うよ」


「命は大切にしろ。

 これが俺らの頭鬼の口癖だ」


「ああ、助かったよ。

 どうやら頭がおかしくなってたみたいだ」


「なぁに、気にすることないさ」


 しかし、良い雰囲気漂う3人の元に、白鬼の放った矢が真っ直ぐ向かってくる。


「ところで、1つ聞いてもいいか?」


「ん? どうしたんだい?」


 マッチョンは死鬼に尋ねる。


「助けてくれてありがとう、とは言ったが、この矢はどうする予定なんだ?」


「もちろん……ノープランって話だよね!」


 真剣な眼差しを向けられながら、死鬼は笑顔でそう答えた。


「なっ……!」


「ああ、お前はそうだろうな。

 でも、矢なら大丈夫だ」


 分鬼が言ったちょうどその時、突然矢が90度向きを変え、勢いそのまま壁に突き刺さって消えた。


「おい、一体何が起こったんだ……!?」


 それは、今の白鬼を見れば一目瞭然である。


「白鬼、俺を守ろうとしてくれたんだよな?」


「……と、頭鬼……!?

 ……頭を撫でるのは、反則……」


 頭鬼に優しく頭を撫でられ、白鬼は立っているのがやっとといった様子。


 全く不便な体質である。


「ほらね」


 そう、分鬼は自慢気に言った。


「「「お、おおおおおおおお!」」」


 そしてその直後、一部始終を見ていた観客と新入生から、4人に対して大きな拍手と歓声が送られた。


「かっこよかったぞ!」


「今のどうやったんだ!」


「改めて見に来てよかったぞ!」


「お前らは俺たちの鬼望だ!」


 そして、異様な空気に包まれたこの体育館に、シュリ、アリシア、フリージアの3人がやってきた。


「あんたたち大丈夫!?

 ……って、アリシア会長!?」


「一体何があったんですの!?

 ……あら、シュリではありませんか」


「おい、大丈夫か!? 」

 (……私の部下はいない、と)


 控え室A・B・Cのドアから飛び出してきた3人の目に映るのは、拍手と歓声を浴びる4人の新入生の姿だった。


「残念、ちと遅刻じゃ」


 一足着くのが遅かった3人に対して、メルサーは優しく声をかけた。

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