第9話 英雄
「まずは自己紹介せんとな、こほん」
その時、重く冷たい空気が体育館を覆った。
「わしはメルサー・レントラ。
新入生の入学試験を任された鬼望学園の学園長じゃ」
手短に済まされた自己紹介。
しかし、その名は手短に済ませていいものでは無かった。
「う、嘘だろ……?」
「メルサーって言ったら……」
「あの鬼力順応率50%を誇る……」
「鬼望隊総隊長……!」
「英雄メルサーじゃねえか!」
「やべぇって!」
「まじか、本物だ!」
「後でサインもらいに行こうな!」
「ばーか、無理に決まってるだろ!」
突然アイドルを見たかのようなテンションで新入生が騒ぎ始めたかと思えば、
「「「メルサー! メルサー! メルサー!」」」
と観客席もまた、熱烈なコールを送り始めた。
「今しかねぇ、静かにな」
「「「うん」」」
4人は何がどうなっているのか全く分からなかったが、この騒ぎに乗じて列に並ぶ新入生の後ろ側に回りこんだ。
「……ラッキー……」
そして、ちゃっかりしれーっと整列を終えた後で、頭鬼は左に並ぶ白鬼に耳打ちをした。
「なぁ、白鬼」
「……はっ……」
(……不意打ちとかずるい……でも、幸せ……)
突然大大大好きな人に耳元でささやかれ、意識が飛びかける白鬼。
全身の力がゆっくりと抜けていく。
(……まずい……。
……こんなところで倒れたら、頭鬼に迷惑かけちゃう……。
……それだけは絶対、絶対、だめ……!)
すると不思議なことに、愛の力とでも言うべき謎の力が働き、なんとか態勢を立て直した白鬼は、幸せをグッと噛みしめる。
「一一鬼、白鬼、白鬼?」
「……あっ……」
「大丈夫か?」
「……うん、大丈夫……。
……それより、どうかした……?」
白鬼は、ここでようやく平常心を取り戻した。
「あのおじさん、改札の時の人だよな」
「……そう、性別を当ててきた人……。
……性別を、当ててきた人っ……!?」
「はい、ってことは?」
「……初めから、私たちの正体を知ってた……」
「うん、それで間違いないと思う」
頭鬼と白鬼のメルサーに対する警戒心が強まったのは言うまでもない。
一方、全く見覚えのない死鬼は、物知りな分鬼に尋ねる。
「彼、一体何者なんだい?」
「はぁ? あんなじじい知るか」
「えー、辛辣ぅ。
でも、初見なのは確かだよね」
「ああ」
果たして、この二人はどうやって学園内に入ったのか。
その真相は、神と二人のみぞ知る……。
「「「メルサー! メルサー! メルサー!」」」
それにしても、なかなか鳴り止まないメルサーコール。
「はぁ……」
当の本人も、そろそろやめて欲しそうな顔をしている。
「全く仕方ないのう……ハッ!」
メルサーが全身に力を入れると、圧のある鬼力が、体育館全体に満遍なく広がった。
「へぇ、凄い気迫だな」
「……まぁまぁ……」
その凄まじい圧を受け、観客と新入生は自然と口を閉じた。
「そろそろ試験の説明に移りたいんじゃが、ええかのう?」
体育館にいる4人を除く全員が、首を縦に振った。
「なかなかやるな、あのじじい」
分鬼はメルサーに少しだけ興味を持ったらしく、睨むように視線を送った。
「ん?」
そして、その鋭い視線を感じ取ったメルサーは、不格好な笑顔とウインクで答える。
(うちのこと好きなん?)
「おえっ、気持ち悪……」
分鬼には、メルサーがそう言っているように見えたらしい。
「まぁ、時間も押しとる事じゃし、手短に説明をさせてもらう。
今年も入学試験はシンプルじゃ。
鬼力を身体に纏う鬼体、鬼力を制御して放つ鬼弾。
それら2つを用いた……上級生との模擬戦じゃ!」
「「「うおおおおおおおおおおお!」」」
再び大きく盛り上がる観客席。
「先頭の生徒は1歩前へ」
「あっ、えっ、はい!」
「俺らも……だよな」
「そうみたいだね……」
「よし、やってやるぜ!」
先頭に立つ4人の新入生は、何も分からず1歩前に出る。
「いい心意気じゃ。
よーし。お前たち、出番じゃぞ!」
メルサーが声をかけると、控え室Dと書かれた古びた鉄のドアから、赤バッジを付けた3年生が2人、胸を張って出てきた。
1人は筋肉マッチョの覆面、もう1人は赤髪の熱血漢と、いかにも強そうな見た目をしている。
「残りの生徒は後ろに下がっとくれ。
もう試験は……始まっとるからのう」
ニヤりと笑うメルサー。
その姿にハッとした頭鬼たちは、マッチョ覆面と熱血漢に目を向ける。
「結構速いな」
「……なんかムカつく……」
「なんだって!?
僕のスーパーでハイパーでクールな知能を持ってしても、気づかなかったというのか……」
「チッ、ムカつくじじいだ」
次の瞬間、マッチョ覆面のチョップが先頭に立つ新入生4人の首を弾いた。
「悪いな」
構える余裕もなく、その場に倒れる新入生。
それを見て、観客席から大きな歓声が上がる。
「今年の3年レベル高ぇな!」
「まじで見に来てよかったよ!」
「今年も規格外の新入生いるかな?」
「そんなの絶対いるに決まってんじゃん!」
やる気満々の3年生2人は、歓声にあやかり、制服の胸元に貼られた擬態シールを剥がす。
「おい、次はどいつだ?
ナンバーズ『19』、マッチョンが相手になるぞ」
「おいおい、ずるいぜマッチョン!
俺様、ナンバーズ『18』のガオル様の方が、100倍いや、2000倍おすすめだぜ!」
こうして、新入生入学試験が突然始まった。
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