第8話 シュリ

 一方その頃、頭鬼たちはというと……。


「……ふぅ、やっと着いた……」


 入学試験会場である体育館の前まで来ていた。


「うーん、オシャレ……とは言い難いね」


  鬼望学園の体育館は、世界中どこを探しても見つからない、唯一無二のカプセル型体育館である。


「なんだこれ……」


「……センスない……」


「こういうのは、個性的って言ってあげるのが優しさだよ」


 それはそうと、入学試験の時間が近いためか、辺りに新入生の姿がない。

 本来なら焦るべきところなのだろうが、彼らは違う。


「……はぁ……」


「あれれ、白鬼ちゃん。

 もしかして疲れちゃったのかい?

 もう、仕方ないなー!

 死鬼お兄さんがおんぶしてあげようか?」


「……死鬼はもしかして死にたがり……?」


「嘘ですごめんなさい許してください」


 この通り、平常運転である。


 そんな4人の元に、紙とペンを持った赤髪の女子生徒が走って近づいてきた。


「はぁ、はぁ、あんたたち、新入生ね……!

 ふぅ……私はシュリ、2年生よ!」


「あーえっと、初めまして。

 俺は頭鬼です。それでこいつらが……」


「……妻の白鬼です……」


「ん?」


「愛人の死鬼ですっ! きゅぴーん!」


「はっ?」


「こいつらとは……一切! 全く! これっぽっちも! 関わりのない分鬼です」


「おいおい待て待て」


 この時、相槌を入れながら頭鬼は思った。


 こいつらに学園生活は向いてない、と。 

 しかし予想と反して、シュリの反応はとてもいいものだった。


「あっはっは、あんたたち面白いんだね!

 うんうん、私は好きだよそういうの!」


 シュリは笑いながら、頭鬼の肩をポンポンと叩く。


「……むっ……!」


 しかしその瞬間、静電気が身体中を駆け回るような感覚が白鬼を除く4人を襲った。


「えっ!? なにっ!?」


 シュリからすれば、何気なく取った一行動。


 しかし、白鬼にとってそれは、許し難い行動であった。


「ちょっ、これやばいんじゃないの!?」


 咄嗟に指パッチンを鳴らし、分鬼は4人を鬼力防壁で包み込む。


「落ち着いて、大丈夫だから」


 直後、ゴゴゴゴゴゴゴゴッと地面が揺れ、白鬼の周りに亀裂が走った。


「地震っ!?」


「だから、落ち着いてってば……」


 当然と言えば当然だが、突然起きた揺れの原因が自分だなんて、シュリは微塵も思ってもいないだろう。


 まぁ、ご察しの通り。

 犯人は白鬼である。


「……はぁ、はぁ……」


 白鬼は頭鬼の事が大大大好きであり、他の女が頭鬼に触れると、脳内でイチャイチャしている映像に勝手に置き換わり、5秒ほど軽い鬼力暴走を起こすのだ。


「……あれ……?……私はなにを……」


「これ、たまにあるけど何なんだろうな」


 しかも厄介なことに、白鬼本人と鈍感な頭鬼は全く気づいていない。


 そんな時、ふとチャイムが鳴った。


「入学試験説明会開始まで、残り2分となりました。

 まだ受付が済んでいない新入生のみなさんは、至急受付を済ませ、案内係の支持に従い、グラウンド中央へ集合してください。

 繰り返します。入学試験説……」


 入学試験に関するアナウンスの途中、シュリが焦った顔で言う。


「やっべぇ、受付の仕事完全に忘れてた!

 あーもう時間ないし……あっ、そうだ。

 とりあえず個人カード私に預けてってくれる?

 それで受付完了ってことにしとくからさ!」


 頭鬼はニコッと笑うシュリの鬼力の流れを探った。


 (悪用される危険は……なさそうだな。

 というか、疑うのがバカバカしくなるくらい素直な流れだな……)


「分かりました」


「悪いね」


 シュリは顔の前で手を合わせた。


「……はい……」


「はぁ、仕方ない。特別だよ」


「いちいちうるさい」


 その後、頭鬼は3人から個人カードを受け取ると、自分のと合わせてシュリに渡した。


「ほんとありがとね! まじで命拾いしたよ!」


「それではまた」


 そう言うと、4人は人の目で追えるギリギリの速さで体育館の中へと消えていった。


「あっ、そうだ。

 絶対合格しなさいよ!

 ってか、しないと許さないからね!」


 シュリは頭鬼たちにエールを送った。


「……さてと、私も仕事しなきゃね」


 それから少しして、体育館前に設置された受付係専用のパイプ椅子に座ったシュリは、ペンと紙を机に置くと、横に置いてあるノートパソコンを開く。


「なんとなく手元にあった紙とペン持ってったけど、この紙……数学課題の復習に使ってたやつじゃん!」


 誰もいない体育館前に、シュリの笑い声がこだまする。


「間抜けなのバレるところだった……てへっ」


 笑い疲れたシュリは作業に移ろうと、マウスに手を伸ばす。

 するとその時、右手に何かが触れた。


「ん? 何か当たって……あー、そういえば仕事終わったと思って外してたんだった。

 生徒会の金バッジ」

 

 シュリは金バッジを胸元に付けると、パソコンの画面に映る名簿を指でなぞり、4人の名前を探した。


「頭鬼、頭鬼、頭鬼……あった。

 えーっと、どれどれ……。

 ふーん鬼力順応率73%ねぇ。

 結構高いじゃん。

 ……って、ええええええええええええ!」


 彼女はこれをあと3回繰り返した後、生徒会長に急いでWINEを送った。


「鬼力順応率が高くて、なんかもううわぁって感じの新入生が4人もいるよ!

 今年は豊作だね!」


 ご察しの通り、語彙力は皆無である。


 一方、体育館に入った四人は、光り輝く綺麗なフローリングの床が全く似合わない、一匹の小さな犬型ロボットに出迎えられていた。


 首にかけられているホワイトボードには、黒ペンで『案内係 ポチ』とだけ書かれており、一向に動く気配はない。


 白鬼を除く3人は、

「こいつ、信用していいのか?」

 というような目でポチを見ている。


 しかしそんな中、たった1人だけ興味津々に見つめる者もいた。


「……むむっ、こやつ可愛い……」


 そう、白鬼である。


 彼女は可愛いものに目がない。

 そのため、恐れることなくポチに近づき、何度も何度も優しく頭を撫でている。


「……でも、こやつ動かない……」


 白鬼がそう呟いた次の瞬間、突然スイッチが入ったようにポチのしっぽが左右に動き始めた。


「みなさん、お待ちしておりましたワン!」


 フリフリとしっぽを振るポチ。


「……なっ!……。

 ……まさかの喋るオプション付きとは……」


 白鬼は少し悩んだ素振りを見せた後、ポチに向かってグッと親指を立てた。


「……あり……」


「喜んでもらえて嬉しいワン!

 でも今は、1秒も無駄にできないくらい時間が無いワン」


「ほんと遅刻ギリギリですいません!」


 ポチの正論に、頭鬼は心から謝罪した。


 その後、4人はポチの指示に従い、体育館を右回りに時速90キロで進んだ。

 しかし走り始めて1分、白鬼が異変に気づく。


「……ねぇポチ、この体育館何も無い……」


 そう白鬼が言ったように、あれだけ派手な外装の割に、走っても走っても自販機3つと白いベンチがただ等間隔に置いてあるだけで、景色が全く変わらない。


「全く、仰る通りだワン。

 この体育館は、内側のエリアと外装にお金をかけすぎて、外側のエリアがめちゃくちゃ質素なんだワン。

  でも、悪いことばかりでもないワン。外装がダサ……個性的なことは一旦置いておくとして、内側のエリアは真ん中のグラウンドを囲むように観客席が作られた、闘技場みたいになってるんだワン!

 それはもう立派なものワン!」


「おお! それは是非見てみたいな!」


「すごい! すごいよ!

 でも、でもね……いくらすごいからって、僕より目立ってたら許さないよ!」


「……死鬼、いちいちうるさい……。

 ……でも闘技場気になる……!」


 ポチの言葉に、3人のテンションが分かりやすく上がった。

 しかし、こんな時でも冷静な分鬼がポチに尋ねる。


「それで、こんな何も無い場所から、どうやったらその内側のエリアって所に行けるんだ?」


 未だ景色に変化は見られない。


「外側のエリアの北と南には、一つずつ木のドアが設置されているんだワン。

 そこから、内側のエリアに行けるんだワン」


 ポチはそう言うと、ピタッと足を止めた。


「ちょうど着いたワン。

 左にあるのが、今説明した木のドアだワン!」


 4人が左に視線を移すと、そこにはごくごく普通な木のドアがあった。

 頭鬼は思わず聞く。


「えーっと……これ?」


「そうだワン」


 ポチは前足を使い器用にドアを開けると、4人を体当たりで内側のエリアへと押し込んだ。


「おっとっと、何すんだよ!

 ……って、なんじゃこりゃー!」


 頭鬼は腹から声を出し、驚いた。


 それもそのはず、4人の目に映るのは、巨大な観客席を埋め尽くす観客の姿。


 中央に位置するグラウンドには、新入生と思われる多数の生徒が整列を終え、試験の説明が始まるのを今か今かと待ちわびている。

 

「驚いている時間はないワン!

 早くグラウンドまで行くワン!」


 ポチがポチッと足元のボタンを押すと、4人が立っていた地面がバネのように跳ね上がり、グラウンド目掛け4人を弾き飛ばした。


「うわー!」


「……うわぁ……」


「わっほーい!」


「……」


 そして、四人がグラウンドに着地したと同時に、白い顎髭を生やしたスーツ姿のおじさんがマイクを片手に言った。


「よし、時間じゃな。

 それでは早速、始めるとしようかの。

 鬼望学園入学試験を」


 おじさんはそう言い終わると、頭鬼たちを見てニヤリと笑った。

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