第6話 ナンバーズ

 頭鬼と白鬼は、無事学園内に入れたことで緊張がほぐれたのか、フードを少し浅めに被り直していた。


「ふぅ」


「……ふぅ……」


 すると、頭鬼は太陽のように赤く煌びやかな前髪が、白鬼はサラサラとした透明感のある白髪はくはつが、時折顔を見せるようになった。


「入れたな」


「……うん……」


 それからすぐ、2人は敷地内の探索をはじめた。

 どうやら人を探しているらしい。


「ここは噴水か」


「……うん、すごく綺麗……」


 2人が最初に向かったのは、改札を抜けて正面にある大噴水広場。

 ここは学園の生徒に大人気の休憩スポットである。


「あーん、マイダーリン」


「あーん、マイハニー」


 地面に敷かれたカラフルなタイルが噴水を囲む花々をより1層華やかに彩り、木目の美しい3人がけのベンチが落ち着きのある空間作りに一役買っている。


「あーあー、朝っぱらからお熱いことで……ってかどうする? 俺は少し休んでからでもいいけど」


「……ううん、あっち見て……」


「ん? あっち?」


 まぁ本来なら、そんな安らぎのある場所なのだが、噴水裏に出来た人だかりがいい雰囲気を綺麗にぶち壊している。


「鬼化」


「……鬼化……」


 2人は鬼力を耳元に集中させ、聴力を一時的に強化した。

 すると、人だかりからこんな声が聞こえてくる。


「今から決闘するらしいぜ!」


「ナンバーズ対新入生とか流石に無謀すぎな」


「俺、ナンバーズが勝つに1000円賭けるわ!」


「おいおい、賭け事はまずいだろ……」


「まぁ、学園の規則は絶対だからな」


「はぁ? バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」


 すぐに何かを察した2人は、全速力で噴水裏へ向かった。


「すみませーん」


「……すみません……」


 人だかりをかき分け、一番前に出た2人の目に飛び込んできたのは、おぞましい殺気を放つ片目が隠れた青年と、ポケットに手を入れたままアメを咥える青年の姿。


「やりすぎ注意だからな」


「分かってるよーん」


 対するは、ガンを飛ばし続ける3年生2人組。

 彼らの胸元には、赤バッジと数字の書かれた特殊なシールが付いている。


「俺様のリーゼントが火を吹くぜ」


「バカかお前。火なんか吹いたら燃えちまうだろうが」


 彼らの頭上にはカウントダウンタイマーのようなものがあり、15、14と数字が徐々に減っている。


「なぁ白鬼、これは夢なのか……?」


「……残念ながら現実……」


「だよな……」


 そういえば、先程聞こえてきた『ナンバーズ』だが、おそらく胸元に貼られた『29』、『30』という特殊なシールのことを言っているのだろう。


「バーカ、例えに決まってんだろうが」


「た、例え……? なんだそれ」


 詳しいことは何も分からないが、個性豊かであることは間違いなさそうだ。


「お兄さんファイトー!」


「あんなチンピラに負けないでー!」


 黄色い声援に手を振る金髪の青年。


「はぁ、これだからバカは……」


 そして、そんな青年を見て呆れる緑髪の青年。


 見るからに、2人は対極にある。


「あれぇ、前髪どけなくていいの?」


「はぁ、見えてるからいいんだよ。

 それより、始まるぞ」


「はーい、了解」


 直後、カウントダウンが0になり、決闘が始まった。


 先に動きを見せたのは、金髪リーゼントの3年生。

  おもむろに制服を投げ捨て、下に着ていた白ベースの特攻服を相手に見せつける。


「俺は|キリシタ。

 成績上位者30名にのみ与えられる称号『ナンバーズ』の1人だ。

 痛いだけじゃ済まねぇぞ?」


 続けて、黒髪リーゼントの3年生もまた、指の骨をコキコキと鳴らし、肩を回しながら言う。


「俺は武蔵丸ってんだ。

 新入生、悪いけど本気マジで行くからな」


 その様子を見て、頭鬼と白鬼は憐れむような視線を送った。


「白鬼、あいつら終わったな」


「……これは詰み……。

 ……来世に期待……」


 この時、2人の思考は完全に一致していた。


「「それじゃあ早速、行かしてもら……」」


「えるとか思った? 無理だよ」


「はい、ばいばーい」


 そして次の瞬間には、キリシタの腹に緑髪の青年の拳が、武蔵丸の顔に金髪の青年の蹴りが、見事なまでにクリティカルヒットした。


「ぐはっ」


「ぼへっ」


 反応することすら叶わず、力なく地面に倒れるナンバーズの2人。

 その様は、思わず目を背けたくなるほどに情けない。


「あーあ、可哀想に。

 ちなみに、俺が負ける未来は一つも見えなかったよ」


 緑髪の青年はポケットからハンカチを取りだし、自身の拳を拭いた。


「そうそう!

 だめだよ、僕より目立とうとしちゃ!」


 金髪の青年は上から3年生を見下ろしている。


「あーあ、言わんこっちゃない」


「……当然の結果……」


 会心の一撃をもろにくらった3年生2人は、その場で最後の力を振り絞って両手を上げると、降参を宣言した。


 周りで見ていた生徒たちは、理解が追いつかないらしく言葉を失っている。


「はぁ、行くぞ」


「……うん……」


 その隙に頭鬼と白鬼はフードを外し、全身を覆う黒い布を取ると、倒れている先輩の上を飛び越え、2人の元へと向かった。


「あー、どうもどうも」


「……シャァァァァァ……」


 ようやく見えた2人は、容姿端麗という言葉がとても良く似合う美形で、決闘を見るために集まった上級生の視線を、あっという間に我がものとした。


「かっこいい!」


 女子生徒がそう言うと、白鬼は睨みをきかせる。


「……見るなぁ……」


「どうした?」


「…………」


 それに気づいた頭鬼が声を掛けても、白鬼はただ首を振るだけだった。


「……頭鬼のばか……」


 一方、近づいてくる足音に聞き覚えのあった緑髪の青年は、金髪の青年に声をかける。


「ねぇ、誰か来るよ」


「げっ、あの束感のある赤髪と白髪ショートってまさか……!」


 嫌な予感は的中した。


「お二人さん強かったねー!

 でも、どうして決闘なんてしてたのかな?」


「……二人とも流石だった……。

 ……だけど、どうして制服……?」


「あ、あのぉ、顔が怖いですよ……?」


 頭鬼と白鬼が怒るのも無理はない。


 なぜなら、ナンバーズを倒したこの二人こそ、頭鬼と白鬼が探していた人物、

「コードネーム:『分鬼』、鬼力順応率61%」、「コードネーム:『死鬼』、鬼力順応率66%」だからだ。


 そして案の定、頭鬼は説教を始めた。


「おいお前ら、目立たないように行動しろってあれだけWINEしたよな?

 特に死鬼、お前には何回も何回も」


 WINEとは、この世界で使われるコミュニケーションアプリである。


「でもさ、でもさ、あいつら僕たちに『カスが道の真ん中に立ってんじゃねぇ!』 って喧嘩売ってきたんだよ!?

 売られた喧嘩は買わないと……ねっ?」


 死鬼は必死に言い訳をした。


 しかし、今更である。

 頭鬼と白鬼の怒りは、背後に謎の黒いオーラが見えるほど大きくなっていた。


 ちなみに、分鬼は無言を貫いている。

 そしてそのことに気づくと、死鬼は死を覚悟した。


「あぁ、愛しの母よ。僕は幸せでした。

 来世があるならまた、あなたの子供として生まれてきたい……親の顔知らないけど」


 頭鬼と白鬼の拳が死鬼目掛けて放たれたその時、分鬼は言った。


「待って、一先ず場所を変えようよ。

 ここにいたら面倒なことになるし、急がないと入学試験に間に合わなくなる」


  分鬼の言葉に、死鬼は無言で何度も頷く。


  無論、自分を助けるためだ。

  そんな情けない死鬼とは正反対に、分鬼は随分と信頼されているらしく……。

 

「……まぁ、分鬼が言うなら……」


「そうだな、体育館行くか」


 と、あっという間に2人を心変わりさせてしまった。


「た、助かった……ありがとね」


「ふんっ、礼など要らん」


 その後、四人は気配を消し、その場を去った。

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