第5話 鬼望学園

 一一鬼暦554年4月5日一一


 ロスト・デイから5年、中立国ラゼルは地下要塞と化し、ひっそりと地面に身を潜めていた……。



 全身を黒い布で覆い隠し、深々とフードを被った二人組が目にもとまらぬ速さで商店街を駆け抜ける。


 二人は何やら焦っているように見えたが、それは器用に人をかわしていく。


 当然、商店街にいた人が二人に気づくことはなく、突然吹いた強風の影響で、八百屋の屋根が飛び、和菓子屋で働く看板娘のスカートがめくれ、肉屋のおっちゃんのカツラが取れ、商店街はてんやわんやである。


「急ぐぞ」


「……うん……」


 右を走る者は背が高く、左を走る者は背が低い。これは間違えようのない情報だ。


 しかし、その他の情報に関しては、特徴的な部位が綺麗に覆い隠されているため、何も得られそうにない。


「次は右……で、合ってるか?」


「……ううん、左……」


「お、おう」


 その後も二人の勢いが落ちることはなく、左に一回、右に二回、住宅地の細い路地を曲がったところで、床一面レンガ張りの桜並木道に出た。


「……うっ、眩しい……」


「よーし、ちゃんと間に合ったな」


 煌めく太陽は、2人を歓迎するかのようにそれは眩しく光り輝いている。


 それに、これでようやく分かった。

 ここまで来れば向かう先は一つしかない。


 桜並木を抜け、改札兼校門を通ると見えてくる大きな建物。


 そこはヒューマノイドと戦う優秀な人材を育成するために作られた学園、国立鬼望学園だ。


「おはようございます」


「ん? あっ、おはよ」


 東西南北に分かれる4つの市の真ん中に位置する鬼望学園は、今や世界を代表する戦力となっている。


「今日も頑張りましょうね……まぁ、わたくしの方が役に立ちますけど」


「ああ、頑張ろうな……まぁ、私の方が役立つけどな」


 一年生は黄、二年生は青、三年生は赤、四年生は緑のバッジを胸に付け、男は黒、女は白制服といったように、学園内は厳しい規則で縛られている。


「ところで、今日は見に行かれますの?」


「ああ、時間があればな」


「ふーん、そうですか」


「じゃあな」


「ええ、それではまた」


 ただ、一言に学園といっても、学園内には寮、校舎、訓練場の他に、大型ショッピングモール、ゲームセンター、銭湯といった様々な施設がある。


「今日マクモ食べてく?」


「うん! もちろん!」


 そして、そんな素晴らしい学園には今、2000を超える生徒が通っている。


「で、これからどうする?」


「……とりあえず進む……」


 もちろん、安全対策も万全で、部外者を徹底的に排除する防衛システム、『KBU』が至る所に設置されている。


「ふがっ」


「……うびゃ……」


 その一つに、学園全体を覆う強い結界があるのだが、何も知らない二人は改札の横を通り抜けようとし、見えない結界に顔からぶつかった。


「ほっほっほ、大丈夫かい?」


 そんな可愛らしい2人を見つけ、警備員のおじさんが笑いながら近づいてきた。


 このおじさんもまた、二人と同じように深々と帽子を被っている。


「そこの兄ちゃん姉ちゃんや、学園に入りたいなら、改札の読み取り機に個人カードをかざしとくれ」


 二人は「それだっ!」と何かを思い出したように顔を見合わせると、ポケットから個人カードを取り出し、読み取り機にカードをかざす。


 すると直後、ピッという高い音が鳴り『通行可能』という文字が液晶に表示される。


 おじさんによれば、これで結界が部分的に解除され、通行可能になったらしい。


「ほい、通っていいぞ」


 つまり、後は通るだけとなった訳だが、最先端技術を目の当たりにした二人は用があることなどすっかり忘れ、好奇心旺盛な子供のように機械観察を始めてしまった。


「はぁ」


 おじさんは大きなため息をついた後、二人の肩を優しく叩き、子供をあやす様に言う。


「これこれ、そんな所で止まってたら後ろが詰まるわい。

 また別の機会にしとくれ」


 おじさんの言葉を受け、我に返った二人は軽く会釈をし、足早にその場を去った。


 それから3分後、二人は赤い薔薇のトンネルを走りながら、ある発言に頭を悩ませていた。

 それはおじさんが最初に声をかけてきた時のこと……。


「そこの兄ちゃん姉ちゃんや、学園に入りたいなら、改札の読み取り機に個人カードをかざしとくれ」


 一見なんの変哲もない発言だが、この時二人は全身を黒い布で覆っていた上、一言も声を発していない。


 つまり、性別がバレるような要素は一切なかったということになる。


「バレた? いや、バレては無いのか……?」


「……もしかしてこれ、デート……!?」


 その後もあらゆる可能性に目を向け、悩みに悩んだ二人(?)だったが、結局何も分からなかった。


「……デート……」


 時を同じくして、おじさんは警備員室に置かれている大きな端末を手に取った。


 この端末には、読み取り機に個人カードをかざした相手の番号と名前、鬼力順応率の三つが表示される。


 これらはどれも、個人を特定するためによく使われる基本情報だ。


 ちなみに、鬼力順応率が50%を超えることはありえないとされているが、それはあくまで一般的な話。


 もし仮に鬼力順応率が50%を超える15歳以上の別格が見つかった場合、アメリアで活躍するコードネーム:呑鬼のんきのように特別な名が与えられ、その国の最高戦力として重宝される。


 ただ、ラゼルでは未だその存在は確認されていない。


 鬼力順応率についてはこんなところだ。



「さてと……」


 1人になったおじさんは、真剣な顔つきで画面に触れると、確信を持っていたように言う。


「やはり、やつらが例の……。

 ほっほっほ、こりゃあ面白くなりそうじゃわい」


 次の瞬間、おじさんの筋肉が急速に膨れ上がり、着ていた警備服が跡形もなくビリビリに破れ散った。


 その身体から溢れ出る鬼力は、燃え盛るような熱気を帯びている。


「あーらら。事前に聞いてたはずなんじゃが、つい興奮しちまったわい。

 わしもまだまだ若いかもしれんのう」


 風で帽子が飛び、ようやく見えたその顔は、獲物を見つけたチーターのように、鋭い殺気を放っている。


 ところで、おじさんをここまで興奮させたスマホには何が書かれていたのか。


 その内容はこうだ。


「No.2345『コードネーム:頭鬼とうき、鬼力順応率73%』 No.2346『コードネーム:白鬼はき、鬼力順応率68%』」


 これならおじさんが興奮したのも納得がいく。

 彼らこそ鬼力順応率が50%を超え、世界が最高戦力であると認めざるを得ない存在。


 世界は彼らを鬼と呼ぶ。

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