第八話「青い鳥の行方」
最近授業内容が記憶にないなと思いつつ目的地へ急ぐ。
さすがに校内では尾行されている気配はない。
「失礼しまーす」
目的地は保健室。
部屋の主である葵先生はタバコを吸いながら窓際の青い鳥と戯れていた。
「ようやく常識を学んだか。婚約者の教育がいいとみえる」
廊下から入ってきただけでエラい言われよう。
気にせず中に入る。
「おかげさまで」
「その様子だと順調そうだな」
「先生のとこほどじゃない」
「皮肉が冴えているな。まぁいい座れ。コーヒーでいいか?」
「ああ。あ、そうだ、これ菓子折り」
「……お前、本当に風見か?」
「アリシアに先生のところに行くと言ったら『渡しといてください』と頼まれたんだ」
「なら、納得だ。疑ってすまなかった」
失礼極まりない。
あ、日ごろの行いか。
「こう見えて私は驚いている」
「何が?」
ミルクと角砂糖を一つずつ入れてかき混ぜる。
「君が私を頼ったことにだ」
「いやいつも頼っているだろ」
学園内の面倒事は大抵片付けてくれる。
「結果的にはな。問題が起きてすぐには今までなかった」
「母さんにも似たようなこと言われたな。いつもそんなギリギリか?」
「終わるほぼ直前だ。今度からその調子で頼む」
知らない間に変わったことを喜ぶべきだな。
「結論から言おう。君を昨日追っていた連中はアトリシア公国の者だ」
「目的は?」
「そこまではさすがに。ただ最後に向かったのは若狭家の屋敷だった」
ただの推測が確定に変わったな。
「風見。今回の件お姫様に相談したらどうだ?」
「お姫様? どっちの?」
「御門家の方だ。もしいざこざを起こしたら最悪外交問題に発展するぞ」
葵先生の忠告は一理ある。
おそらく俺をつけてたやつらは王家関連。
それもアリシアの兄弟の誰かが関わっている。
「その場合あいつが出張ってくるだろうが」
そういう調査関係は今のあいつの護衛役の十八番だ。頼った後何を言われるかわかったもんじゃない。
「先生には悪いが俺はあいつにだけは借りを作りたくない」
「それは別に構わんが。プライドばかりを優先したらいつか後悔することになるぞ」
「ごもっとも」
早めに問題解決したいはしたい。
叩けばホコリが出るだろう。
紅葉に頼めば藪つついて蛇が出てきても絶滅するレベル。
ぶっちゃけ楽できる。
「もうちょい自分で頑張るわ」
だからといって『頼るか?』と聞かれたら別だ。
今回の件は何となくこっちで解決するべきだと思う。
「そうか。また何かあれば言うといい」
「ありがたいが……大丈夫か?」
「ああ、リハビリにはちょうどいいからな」
「来週アリシアが来たら相手をしてやってくれ」
「もちろん。なんせあの子の師匠だからな」
上機嫌な先生も珍しいな。
「あ、そうだ。来週から西園寺家の編入生が来るって話なんだが。先生の方で何か知らないか?」
「編入生? 一つ上の学年か?」
「いや、俺らのクラス」
「いや……それなら心当たりはないな」
先生でも該当者なし?
じゃあ、いったい――。
「そうか。邪魔したな」
「あぁ、またな」
扉を閉める際、本気で考え込む先生よりも。
窓際にいた青い鳥が紙片に変わったほうが印象的だった。
花嫁修業二日目。
今日は夜から団体のお客様が来られるらしく夕方までお休みをいただいた。
「あれ? アリシア」
廊下を歩いていると前方からの千歳さんが歩いている。
「千歳さ――」
「ジー……」
「千歳……姉さん」
「そうですよー? 千歳お姉さんですよー?」
今朝からこの調子です。
姉呼びしなければ反応しないか抗議の視線をぶつけられます。
兄弟は多いですが姉はおらず、下は私のことを決して姉扱いしません。
慣れないことに少々戸惑います。
「アリシアは休憩?」
「はい、夜に団体さんが来られるらしく夕方までは休憩だそうです」
台所にいてもよかったが梓さんに屋敷内を見て回るように促されたのだ。
「じゃあさ、一時間だけ私に付き合ってよ」
「別に私は構いませんが……」
「なら、行こ! すぐ行こう!」
何やら千歳姉さんの後ろから巫女服を着たお年を召した方が竹刀片手にこちらを睨んでいる。
「休むと怒られるんだよ」
手を引いている千歳姉さんは若干涙目。
どうやら神楽舞の稽古を抜け出してきたようだ。
ついた先は隼人さんのお部屋。
本人不在に使用してもよいものなのでしょうか?
それとも私が知らないだけで従兄妹というのはそういうものなのでしょうか?
「おまたせー」
そんな疑問を浮かべている間に千歳姉さんは紅茶とお茶菓子を持ってきた。
「こうやって話すのは保健室以来か。どう風見家は?」
「皆様良くしてくれていますので王家にいる時よりも居心地がいいですね」
お義母様に始まり、梓さんたち台所の方々。
今朝は門下生様たちも気さくに挨拶していただいた。
「アトリシア公国王家はそんなに殺伐としているの?」
「いえ、そういうわけでは……」
隼人さんは家名呼びの時に言っているものだと思いましたが……気を使われていたんですね。
「少し私の話をしてもよろしいでしょうか」
千歳姉さんには話すべき。
そう思いました。
数分かけて隼人さんにも話し事を話すと千歳姉さんは何とも言えない顔をしていた。
「なるほどねー。そりゃ隼人くんがほっとかないわけだ」
千歳姉さんは紅茶を一口含む。
「今朝の話覚えてる?」
「……はい」
「何で私が隼人くんのことを異性として好意がないと言い出したのか不思議だったでしょ」
「本音を言えば無理をしているのではないかと思いました」
私も女だ。
好きだった人がいて。
その人に恋人や婚約者ができたとしたら。
その相手にこうやって接する自信はない。
「ちょうどいいし。そこら辺の話をしておこう。あ、隼人くんには内緒だよ」
「もちろんです」
「まずはそうだな。私の好意の根本は感謝なんだよ」
「感謝?」
「そ、居場所を作ってくれたことへの感謝。アリシアは隼人くんがバケモノ扱いされている理由についての話は聞いてる?」
「はい、千歳姉さんに若狭元師範代がした仕打ちに対しても」
「やりすぎだったとはいえ。あの人の伝統を重んじる考えは間違ってはいないからね。その後の話は?」
「いえ、聞いていません」
「隼人くんらしいや」
千歳姉さんは私の知らない隼人さんを知っている。
いつもなら嫉妬しているのに自然と聞けている。
「隼人くんが当主の条件を満たしていることは?」
「バケモノ扱いの話をしていた際に聞きました」
「アリシアは不思議に思わなかった? 『じゃあ、何で継いでいないのか?』って」
「隼人さんが聞いてほしくなさそうだったので」
風見家は地位の高い家柄だ。
当然その当主になると責任や重責が降りかかる。
ただ隼人さんの性格上、そういった理由ではない。
「隼人くんが水晶玉を持つのは私のためなんだよ」
「千歳姉さんの?」
「全部じゃないけどね」
困ったように笑いながらクッキーを齧る。
「若狭元師範代の件の数年後。当時私は破門寸前だった。隼人くんがいなくなっても今までの型を変えられず後の先を極めてね。『風見の流派を侮辱している』と伝統派から抗議の声が殺到。おまけにそれを理由に叔父さんを当主の座から引きずり降ろそうとする始末。そんな中、紅葉姫の護衛役の任を降りたばかりの隼人くんが叔父さんに儀式を申し込んだ」
思い出を懐かしむ表情に見惚れてしまう。
「破門されても儀式の条件である『風見家本家の血筋』を満たしてたからね。結果は隼人くんの圧勝。その後彼はこういったの」
『これ以上ごちゃごちゃ言うなら俺があとを継いで伝統を無くしても構わんが?』
「横暴だけど。実際問題、伝統派全員でかかっても隼人くんには勝てっこないから黙るしかなかったんだよね」
隼人さんの性格を知っているせいか容易に想像がつく。
「で、終わった後聞きに行ったんだ『なんでこんな事したの?』ってそしたら」
『お前の居場所がないような気がしたからなんかムカついた』
隼人さん……孤独な女の子にそれを言ったらダメですよ。
「隼人くん自身に私への好意はないのにまんまと隼人くんの無自覚な優しさに絆されちゃってね。アリシアがいなかったらそのまま勘違いしてたってわけ」
「隼人さんは昔からそうだったんですね……」
「あ、アリシアは安心していいよ。あれはガチで惚れてる顔だから」
一瞬『私もなんじゃ……?』と思いましたが従妹のお墨付きを貰いました。
「感謝をしても隼人くんは素直に受け取らない。なら私は隼人くんの居場所もそうだけど、隼人くんが大切にしている子の居場所を守りたいって思ったってわけ」
「だから、"千歳姉さん"なんですね」
千歳姉さんがそう呼ばせることで事情を知らない本家の人たちに"風見家の一員"と思わせるために。
「まぁ、妹欲しかったのもあるから気にしないで」
こういうところで素直じゃないのが隼人さんの従妹らしいと思う。
「私もお姉さんができて嬉しいです」
私のせいで複雑な思いもしたのに親身に接してくれている。
私は千歳姉さんのことが好きになった。
「アリシア……祭りが終わったら買い物に行こうね」
「はい!」
「隼人くんの服の好み教えてあげる」
「それは……よろしくお願いします……」
頼もしい姉が出来たことが嬉しくて。
手伝いをより一層頑張らないという気になりました。
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