第六話「夜の帳」
梓さんの計らいで俺とアリシアは宴会場へ行かず俺の部屋で食べることになった。
「隼人さんはこの料理を食べて育ったんですね」
お互い風呂に入り寝巻き。
その姿で夕食を食べているせいか。
それとも家族以外の異性が自分の部屋にいるせいか。
妙に落ち着かない。
「気に入ったか?」
「はい」
ドギマギすることが多くなったのもあるが一番はこの笑顔にあてられているんだろうな。
「アリシア。アトリシア公国にいた時に『若狭』という名前を聞いた覚えはないか?」
「いえ、ありませんね」
「だよな」
アトリシア公国で治療している噂があるからといって王家と関わりがあるというのは少し強引な考えだな。
「若狭真琴の方は?」
「クラスも違いますし。声をかけられた覚えはありませんね」
そうなるとますますアリシアと戦いたがっていた理由が王家のしきたり以外に見当たらない。
単に俺が知っている要素で考えすぎているだけか。
「何か気になることが?」
「……少し俺の話を聞いてくれるか」
「もちろんです」
一人で考えても仕方がない。
俺は今日アキラから聞いた情報を踏まえてアトリシア公国王家と若狭家が何らかの繋がりがあるのではないか? という考察を伝える。
「完全には否定できませんね」
「というと?」
「両親は違いますが次期国王を狙っている兄弟の中には私を政略結婚の道具にしようとする方もいたので」
「つまりその一人が若狭家に王家のしきたりの情報を売った可能性は捨てきれないか」
俺が王家の装飾品を壊してからのアリシアの行動を考えるとしきたりを順守している。
彼女の性格を知った人物ならその性格を利用するのはあり得る話だ。
「まぁ、今となっては関係のない話です」
風見家の水晶玉と同じでアリシアが持つ装飾品は俺が壊した一つのみ。
国王であっても婚約者の上書きはできない。
「変な話をして悪かった」
「……最近思うのですが」
アリシアが箸を置いたのでつられておいて向き直る。
「隼人さんは少し謙虚すぎませんか?」
謙虚?
俺から最も遠い単語だ。
「すまん、話がみえない」
「いいですか、隼人さん。今あなたはなぜそんなに悩んでいたり、考えているのですか?」
「それは……俺のせいで周りに被害を被る可能性が出てきているからだ」
「けど、隼人さんはその被害が起きた時に最小限になるように行動している。なのにそれを『当たり前』と思っている。それが問題なのです」
「そりゃあ、俺の失態でそうなっているんだ。自分のケツを拭いて当たり前だろ」
「そういう気持ちを持たれているせいか。私が感謝しても伝わってないことが多々あります」
アリシアが珍しく怒っているがその原因が理解できない。
「私の勝手かもしれませんが私は隼人さんと対等でありたいと願っています。なのに私ばかりが助けられている。それを返したいのにあなたは『何もしてないから返される意味がわからない』というスタンス。私の怒りがわかりますか?」
「あーそういうことか」
要するに俺がアリシアに甘えてないと言いたいんだな。
「俺的にはアリシアは守るべき大切な人だ。悪いがそこだけは譲れない」
「守るべき存在は頼る対象ではないと?」
「そうじゃない。アリシアからすれば納得いかないかもしれないがそもそも話を聞いてもらう時点で俺的には十分頼っているんだ」
今まで自分一人で何とかしようと考えていたが。
今はもう独りではない。
あの夜、アリシアと共に生きると決めたから今こうして話をしている。
「ただ傍にいるだけではもう満足できないのです。あなたに必要とされたい」
強い感情を向けられてたじろいでしまう。
対人関係を苦手と避けていたツケが回ってきた。
ただアリシアの言うこともわかる。
今の状況は逆の立場ならやるせないだろう。
「危険になるかもしれない」
「私が頼まなくても守るくせに」
「怖い思いをするかもしれない」
「泣いたら慰めてくれるのでしょう?」
「幻滅しても婚約は解消できないんだぞ」
「良いところばかりが人ではないでしょう」
口では大切だの大事だの言っておいて。
勝手に守るべき存在だとレッテルを貼り付けた。
本当に大切なら相手を思いやる。
本当に大事なら自分の思いだけを押し付けるのではなく相手を見ること。
そんなことすらわからずに俺は独りよがりに生きてきた。
……ダメだ。
俺はアリシアに敵いそうにない。
「アリシアすまない、俺が間違っていた」
「いえ、私こそ偉そうなことを言ってすみません」
本当に良い相手に巡り会えた。
果報者だな。
「食事をした後、少し散歩しようか」
「ぜひ」
もうそろそろ太陽が沈み月が出てくる頃。
互いの気持ちをぶつけた俺たちは信頼を強く結ぶ。
食事を食べ終える頃には夜が更けていた。
遠くの方の宴会場からは明かりが漏れており、騒がしい男たちの声が聞こえてくる。
そんな中、庭に出た俺はアリシアをお姫様抱っこデ抱きかかえて屋根の上に飛び乗った。
「絶対に手を離さないでくださいね」
「心配しなくても離さないよ」
並んで屋根に腰掛ける。
不安定な場所が怖いのか俺の手を握る力が少し強い。
「そう言いつつ、意地悪をするのが隼人さんです」
「あはは。よくわかってるな」
これでは楽しめないと思ったので握った手を少し強く引いて膝の上にアリシアを横向きで乗せた。
「こういう意地悪ならいいだろ?」
「やるならやると言ってからにしてください。お陰で腰が抜けそうでした」
「いきなりやらないと照れた顔が見れないからな」
「趣味が悪いですよ」
「あーはいはい。それよりも上を見てみな」
「上?」
山奥特有の満天の星空。
腕の中でアリシアは息を呑む。
「桜も凄かったですが、また別の感動があります。アトリシア公国ではまず見れない光景ですね」
「これで全部だからな」
「全部?」
「俺が見てきた中で感動した光景。これ以外だと桜だな」
「少ないんですね」
「ああ、だからこれから先はアリシアと見ようと思ってな。そのために共有しているわけだ」
「そういうことですか」
桜が散る頃だが夜はまだ肌寒い。
上着を持ってくればよかったな。
「……隼人さん一つ確認したいことが」
「なんだ?」
「さっきの話。隼人さんは反省しているんですよね?」
「アリシアが思っている以上にな」
「つまり非があると感じている」
「まぁそうだな」
「私には望みをいう権利があるということですよね?」
………………ん?
「それは……」
「ありますよね?」
「はい」
したり顔。
そんな顔もできたんだな。
「では二つほど望みを叶えてください」
「可能なやつなら」
「一つ。今日から一緒の布団で寝てください」
「それは何回も言うが」
「不可能ではないですよね」
「まあ空を飛べと言われているわけじゃないしな」
「ここ数日悪い夢を見るんです。けど、隼人さんと寝ると謎に安心できるせいか、うなされて起きることがないので」
忍び込むために起きていたのかと思ったがそうではないらしい。
「わかった」
「もう一つは目を閉じてください」
潤んだ瞳。
上気した頬。
これはあれだな。
キスすると見せかけてデコを弾かれるパターンだな。
「わかった」
なら、その罰は騙されて受けるが吉。
しかし、俺の予想は大きく外れ唇の感触に目を開けると眼前にアリシアの顔があった。
「……目を閉じてと言いましたのに」
「悪い、これで許してくれ」
やられっぱなしは趣味じゃないのでこちらからキスするとフリーズした。
「前々から思っていたが人に挑発や誘惑するくせにやられたら照れたり呆けたりするのは何故だ」
なんだったかな……ああ確か誘い受けというやつだ
「自分からするのはいいんですが……隼人さんにされるのはちょっと」
唇をなぞる仕草が妙に艶めかしい。
かといってこれ以上何かするつもりもない。
「なら、俺からするのはやめ――」
「控えるだけにしてください」
「はいはい」
可愛らしい要求にほくそ笑んでしまう。
「むー」
どうやらお姫様はお気に召さないご様子。
「戻るぞ」
誤魔化すように抱きかかえて自室に戻る。
布団一式用意してもらわないと思いながら寝室の襖を開けると頼んでもいないのに二人用布団が用意されていた。
さっきの光景を見られていないか冷や汗を掻きそうになるがこれは偶然の産物。
元々アリシアの寝床を指定しなかったのをいいことに梓さんがイタズラしただけだ。
「明日朝から稽古でな。俺はもう寝ようと思う」
「なら、私も寝ます。ちゃんと抱きしめて寝るまで頭を撫でてください。そしたら今までのことを全部水に流します」
「えらくふっかけられたもんだ」
「これでも譲歩したんです」
可愛い嘘だ。
「なら甘んじて受けておこう」
悪い気はしないので乗っておく。
願わくば彼女がうなされることがないように。
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