第五話「魅惑的な一輪の花」

 お昼に食べた天ぷらそばを消化するために刀剣コースで軽く運動を済ませて風見家本家に向かう。

 量が少なかったせいか夕食はガッツリしたものが食べたい。

 なんならアリシアには美味い大和料理を食べてほしいし、本家でご相伴に預かるのもありかもしれない。

「……」

 ただそれはこの気色の悪い視線を向けるストーカーたちを撒いてからの話だな。

 朝は感じなかったからおそらく刀剣コースあたりからだな。

 素人以上玄人以下の中途半端な尾行。

 足音から三人と推定。

 問題は一人も逃さずに捕まえることだが。

 さて、どうするか。


――プップー!

 

 前方からのクラクション音。

「お前がこんなところを歩いているとは珍しいな」

「鏡夜か。少し本家に用があってな」

「ほーん……乗ってくか?」

「ああ、頼むわ」

 助手席に乗り込む際に背後を確認する。

 走り去る人影とその後を追うように青い鳥が風景と同化しながら空へ飛んでいくのが見えた。


 

 車が走り出してしばらくすると鏡夜はバックミラーを確認する。

「さすがに着いてこなかったか。で、さっきの奴らはなんだったんだ?」

 あの一瞬で気づくとはさすがとしか言えない。

「心当たりが山程あってな。一つに絞れん」

「まーそのうちわかるだろ」

 風見家の敷地内にある森へ入ったので気を抜いた。

「鏡夜こそ。この時間に本家へ向かうのは珍しくないか?」

「オヤジ達が宴会して使い物にならんからお袋に呼ばれたんだ」

「あー納得」

 毎年祭事が近づくと親父含めた本家の男どもや門下生たちは朝稽古が終わると必ずと言っていいほど宴会が始まる。

「鏡夜は参加しないのか?」

「宴会に出てくるの日本酒しか無くてな。俺はバーボンしか飲まん」

「お前はハードボイルドなガンマンか」

 そうこうしているうちに本家へ到着。

「送ってもらって悪いな」

「ついでだ構うことはない。それより帰りはどうする?」

「さっきのことがある。今日はもうアリシアと本家に泊まる」

「なら、明日の朝稽古に参加しろ」

「竹刀持ってきてねえよ」

「何サラッと俺をボコろうとしているんだ。素手に決まってんだろ」

 その場合ボコられるの俺の方なんだが?

「わかった。参加する」

「おう、それじゃあな」

 鏡夜は宴会場の方へと向かう。

 なんだかんだいいつつ飲む気だな。

 鏡夜が酒で潰れて明日の朝稽古がなくなることを祈ろう。

 さて、アリシアを探しに。

「おかえりなさいませ、坊っちゃん」

 行く必要は無いようだ。

 音もなく気配もなく梓さんは背後にいた。

「脅かさないでくださいよ」

「失礼。抱きしめられるぐらい隙だらけだったので」

「もう婚約者持ちなので勘弁してください」

 気を抜いていたとはいえこうも接近を許してしまうとは。

 面倒くさがらずに明日鏡夜に稽古をつけてもらうほうがいい気がしてきた。

「ええ、なので我慢しました」

 この様子だと梓さんも母さんと同じくらいアリシアのことを気に入ったようだな。

「アリシアさんならまだお手伝いの最中です」

「そうですか。梓さんすみませんが俺たち今日本家に泊まるのでアリシアの寝床を用意してもらえませんか? 母さんには俺から言っておきますから」

「そうなると思い事前に奥様から許可は取ってあります」

「さすがですね」

 相変わらずの心遣いだな。

「恐れ入ります。では参りましょうか」

 梓さんのあとに続くと目的地が近いのか、いい匂いが漂ってきた。

「アリシアはどうだ?」

「元々料理がお得意と聞いていましたが中々のものですね」

「梓さんが褒めるなんて相当ですね」

「特に坊っちゃんの好物だと言った料理に関しては今日中にマスターされていましたよ。よかったですね」

「梓さんのお墨付きがなくても期待してますよ」

 アリシアのことを試して見事結果を出したから認めたんだな。

「他のみんなの反応は?」

「最初から質問攻め。料理の腕がわかると人気者でしたね」

「想像に容易いな」

「気をつけないと泣かせたら皆に恨まれますよ?」

 想像しているよりも馴染んでるようだ。

 少しは俺以外にも居場所があると伝えることができただろうか。

「そうならないように気をつけるよ」

 そのためにも若狭の息子の件はきっちり片付けないとな。

 

 台所の暖簾の前まで来ると中から楽しそうな声が聞こえてくる。

「そうそう言い忘れていましたが。動揺してもいいですが素直に褒めるように」

「どういうことですか?」

 俺の質問に答える前に梓さんは暖簾を潜った。

「戻りました。アリシアさん旦那様がお迎えに来てますよ」

 何という冗談を……と咎める前に俺の思考は止まる。

 料理を作るために綺麗に纏められた銀髪。

 これまた料理のために着た割烹着。

 昨日のエプロン姿など比較にならないほどの新妻感。

 そして、『旦那様』という言葉に頬をほんのり赤く染める姿に。

 思わず見惚れてしまった。

「あ、あの坊っちゃんが」

「見たことない表情してる」

「誰か! 誰かカメラに収めて!」

「仕方ありませんね。私が撮って、あとでグループで回しておいてあげましょう」

『さすが梓料理長』

 梓さんたちが騒いでいたので正気に戻った。

「あの……はや」

「アリシアちゃん」

「違うでしょ?」

「ほら」

 女性たちに促され俺の前まで歩いてくる。

 祈るように胸の前で両手を組んで上目遣い。

 そしてトドメの一言。

「だ、旦那様?」


 ――バキューーン


 何かに撃ち抜かれたように膝から崩れ落ちた。

「梓さん。これやっぱり恥ずかしすぎます……」

 アリシアにも反動があったようで両手で覆った顔は火が出るのではないかと思うほどに過去一赤い。

「ですが効果抜群だったでしょう? 見てください刀を持てば大和一の剣士がまだ立てていませんよ」

 あまりの衝撃に足に力が入らない。

 情けないことこの上ない。

「坊っちゃん? 最初に言いましたよね?」

 全部梓さんの手のひらの上か。

「アリシア」

「はい……なんでしょうか?」

 女性たちが黄色い声を押し殺していたり。

 梓さんが一部始終を撮影しているのはこの際気にしない……あとでアリシアのとこだけもらおう。

「似合ってる。とても魅力的だ」

 突如発せられる黄色い声の大合唱。

「ありがとうございます……」

 何この羞恥大会。

 実家なのにアウェイなんだが?

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