第四話「花嫁修業」
そろそろ桜も散る頃。
私――アリシア=オルレアンは色々な公務をこなしてきた。
時には騎士たちの叙勲式のために壇上に立ち演説をしたこともある。
時には両親をふまえて他国の王家と会食もしたこともある。
そんな修羅場? をくぐり抜けてきたのだが……。
「はじめましてだな。私は隼人の母の風見華音だ、よろしくなアリシアさん」
着物を着こなした隼人さんと同じ光沢のある黒髪に青い瞳の女性。
風見家本家の客間で隼人さんと隼人さんのお義母様――風見華音様にご挨拶をしていた。
「はじめましてお義母様。改めてご挨さ――」
「おい! バカ息子」
「……っ!」
達人特有の眼力と覇気に身体が硬直する。
何か気に障ることがあったのでしょうか。
やはり異国の娘が伝統ある風見家嫡男の嫁というのが………。
「娘に『お義母様』と呼ばれるの……いいな」
何故か鼻を抑えて親指を立てていた。
杞憂だったようで息をつく。
「母さん……せめてその感想はアリシアの挨拶が終わってからにしろ」
「我、娘ができることを望んでいた母親ぞ? それにお人形さんみたいに愛らしいんだ。一秒たりとも待てるかよ」
「はぁ……てか、父さんは?」
「朝稽古を終えて門下生たちの男どもと宴会中だ」
「台無しじゃねえか」
隼人さんは額に手を当てて項垂れている。
対照的にお義母様は豪快に笑っていた。
「改めてましてアリシアと申します」
「いやーすまない。つい興奮してしまってな。っと、息子から『家名で呼ばないでやってくれ』と言われて先に呼んでしまってるが『アリシアさん』と呼んでも構わなかったか?」
隼人さんのほうをチラ見すると項垂れながら耳を真っ赤にしていた。
「出来れば呼び捨ててで呼んでいただけると幸いです」
「承知した。不肖の息子だがよろしく頼むよアリシア」
「ふ、不肖だなんてそんな。隼人さんは凄く良くしてくれています」
そういうとお義母様は顔を近づけて瞳の中を見た後に真顔で隼人さんの方を見る。
「ふむ。催眠の類ではなかったか」
「先生といい。あんたら揃いも揃って俺のことをなんだと思っている」
「ヘタレ」
「よーし喧嘩だな。表に出ろ」
「客人の前だぞ。少しは静かにしろ」
「母さんにだけ言われたくない」
「あははは……」
実家での隼人さんは少し感情的。
雰囲気に飲まれて乾いた笑みしか出てこない。
そもそもどうしてこうなったのか。
それは昨夜の夕食後に遡る。
夕食後のお茶の時間。
ここ数日で定期化しつつある。
「なぁ、アリシア」
「はい何でしょうか?」
「確か留学生には異文化交流日というのが設けられていたよな」
アリシアが夕食を作っている間に校則を読み漁って見つけた一文。
――異文化交流日
留学生は大和の文化を学ぶために7日間の公休を与える。
「えぇ、ありますね。私の場合はアトリシア公国の姫としての公務はそれの対象外で別の制度を利用しています」
それも確認済み。
「ならさ、それを俺のために使ってくれないか?」
「と、いいますと?」
「包み隠さず言うと例の若狭家の息子が何をしてくるのかわからない。今は向こうも俺とアリシアに接点があとは思っていないだろう。だがもし気づいた時に標的になりかねない」
さすがに他国の姫君に危害を加えれば外交問題に発展するのは向こうもわかっているだろうが相手は人間だ。
俺との実力差関係なく、恨みつらみや追いつめられたりすると何をしでかすかわからない。
「要するに外に出るな。ということでしょうか?」
「それも考えたが安全とは言わない」
この家にセキュリティなんて概念はない。
敷地内で入られても気づかない。
「個人的頼みで申し訳ないが――」
「いえ、大事にされてるのも、私の怪我を心配されているのもわかっていますから」
「アリシア……ありがとう。いやー、さすがに『俺が学園にいる間、実家にいてくれ』とは言いづらくてな」
母さんからも許可が出たので問題はない。
「…………へ?」
しばらくの間、アリシアがフリーズしたので『やらかしたか?』と思ったが。
「そうか隼人はそんなことを……いかん目にゴミが」
「はい、だから私は隼人さんの傍にいたいんです」
俺が昨日のやり取りを思い出しているうちに会話に花が咲いていたようだ。
一昨日の夜のことを嬉しそうに語るアリシア。
俺としてはそれを母親に言われるのは複雑だぞ?
「それじゃあ、母さん。あとよろしく」
豪快な母さんだがこういうときは頼りになる。
任せておけば間違いない。
「あぁ、お前の婚約者は預かった」
「それ誘拐犯の台詞だな」
「返してほしくば寄り道せずに下校するんだな」
「はいはい」
ふざけることさえなければ手放しで自慢できるんだがそうじゃない母さんは想像できない。
「あ、そうだアリシア。スマホ持ってるか?」
「はい、持ってますよ」
「一応番号交換しと……なんだよ、母さん」
「いや~別に」
気持ち悪いぐらいニヤつかれる意味がわからない。
「気づかないか?」
「何が?」
「出会って三日、婚約して二日か? それまで連絡先を交換してないってことは……お前ら一緒に行動しすぎだろ」
連絡先を交換し終わったスマホを取り落とし急いで拾って部屋の襖を開ける。
「……いってきます」
母さんに指摘されるまで気づかなかった。
「……いってらっしゃいませ」
それはどうやらアリシアも同じだったようで。
襖を閉める前にチラ見すると耳まで顔を真っ赤にしていた。
隼人さんが出かけるとお義母様の雰囲気が変わる。
「悪かったなアリシア。つい息子をからかうついでにからかってしまって」
豪快さはどこかへいき、落ち着いた母の顔。
どうやらこの顔を隼人さんには見せたくないようだ。
「いえ、私は受け入れられてるようで嬉しかったです」
「心配しなくても。"よう"ではなく、受け入れている」
「会って間もない私をですか?」
隼人さんもそうだが私のどこに受け入れる要素があるというのだろう。
「あの子はバケモノだの、変わっているだの言われるが私にとってはただの息子。それに隼人は人を見る目はあると思っている。いくらそっちの王家のしきたりや紅葉が関わっていても強制ではなくあの子が選んだことだ。だからあの子のために自信を持ってやってくれないか?」
私のためではなく隼人さんのため……。
見抜くあたりが隼人さんの母親らしい。
「自信……ですか」
隼人さんは私に色々なものをくれているのに私は何も返せていない。
何を返せばいいかわからない。
「あの子は何でも自分でやろうとする悪い癖があってね。特に私に頼み事なんて片手で数えるほどだ。そんなあの子がアリシアのことは最初から私に頼んだ。この意味わかるね?」
「はい……痛いほどに」
いてもいなくても隼人さんは私を喜ばせるのが上手いな……。
「もう少し色々話したがったが残念だよ」
「奥様」
「入っていいよ」
「失礼致します」
入ってきたのは割烹着を着た黒髪の奥ゆかしそうな女性。
「紹介しよう、彼女は三上梓。祭事中台所を取り仕切るいわば料理長だ。梓、彼女は――」
「坊っちゃんの婚約者であるアリシアさんですね」
「どうやら紹介は不要のようだね。後はまかせてもいいかい?」
「委細承知してました」
「あの、お義母様! その……またお話したいです」
「ああ、私もだ」
お義母様が去ると立ち上がり頭を下げる。
「短い間ですが、よろしくお願いします」
「アリシアさん。最初に二つお伝えしておきます。念の為。誰か他の方がいる場合は奥様のことは華音さんとお呼びになってください」
「わかりました」
理由はわからないが頷くしかない。
「それと……台所に向かう間」
ゴクリ。
「隼人さんのお話を聞いてもよろしいでしょうか?」
まさかのお願いに肩透かしを食らう。
あとたぶん三上さんはいい人だ。
「そう、隼人さんはそんなことを、ふふふ。知らない間に成長するものですね」
お願い通り三上さんに隼人さんの話をした。
とはいっても彼と出会って三日しかないのですぐに話題は尽きる。
「三上さんは幼い頃の隼人さんをご存知なんですね」
「梓でいいですよ、若奥様」
「わかっ……! 私達まだ結婚してません」
「そうでした、まだでしたね」
軽くからかわれただけなのに顔が熱い。
「失礼、少しからかいすぎましたね。三上家は代々風見家の料理番をしておりまして。私がここで雇われたのは坊っちゃんが五歳の頃です」
「どんな子だったんですか?」
「そうですねー。好き嫌いなくよく食べる子でした」
そういえば大和とは味付けが違うはずのアトリシア公国の料理を出しても普通に食べていた。
「どんな料理が好きなんですか?」
「ふふふ」
何故か笑われる。
「すみません。アリシアさんは本当に坊っちゃんのことが好きなんだと思って」
「す、すみません」
「謝ることではありませんよ。あとでレシピをお渡ししますね」
「はい……」
何か凄く恥ずかしい。
そうこうしているうちにいい匂いがしてくる。
「ここです」
ついた先に見えるのは暖簾。
ここが今日からお世話になる場所。
「すみませんが集まってください」
台所内にいた十数人の女性たちが手を止めて横一列に整列する。
統率の取れた軍隊のようだ。
「今日から祭事まで手伝いをしてくれるアリシアさんです。アリシアさん挨拶を」
最初が肝心だ。
気合を入れなくては。
「アリシアと申します。よろしくお願いします」
深く深くお辞儀をする。
顔を上げると全員の視線が刺さるように感じる。
「梓料理長!」
並んでいる若い女性の一人が高々と手を挙げる。
「はい、なんでしょう?」
「十分休憩を取りたいです!」
「許可します」
梓さんから許可が出ると全員の目が光ったと思ったらあっという間に取り囲まれた。
「この娘が坊っちゃんの婚約者かい?」
「肌白いしきめ細やかね」
「坊っちゃんのどこが好きなの?」
「一緒に住んでるって本当?」
誰が何を言っているか聞き取れません。
困りました。
「はい!」
梓さんが手を叩くと全員静かになる。
「質問は一人ずつ。でないとアリシアさんが対応できませんよ?」
た、助かりました。
「おや、坊っちゃん大好き代表の梓さんが冷静なんて珍しい……さては道中で聞き終えましたね?」
「ふふふ」
「料理長という地位を使って迎えに行くなんて職権乱用だー!」
「私達にも平等に分配しろー!」
「そうですか。せっかく休憩時間を設けたのにいらないということですね」
『すみませんでした』
なんというか。
ここの方たちは。
「アリシアさんが本家にどういう印象があるのかは知りませんが。この場所にいる者は全員坊っちゃんのことが好きな者たちですよ」
やはり隼人さんに良い印象を持っている。
「坊っちゃんを怖がるのは門下生や噂だけを鵜呑みにするやつだけだからね」
「あの日だって坊っちゃんが暴れてなければ私が捌いていたよ」
「何いってんだいアンタ。『あの若狭って師範代、ちょっといいかも〜』とか色目使ってたじゃないかい」
「そ、それは言わない約束でしょ?!」
何とも賑やかで楽しそうな場所ですね。
「はいはーい! 坊っちゃんのどこが好きですか?」
台所内で一番若そうな女性が手を挙げる。
さっき休憩を申し出た人だ。
「会って間もない私を大切にしてくれている、ところですかね」
『ヒューヒュー』
隼人さんをよく思う人が家族以外にもいる。
そのことが嬉しくてつい答えてしまった。
「どんな風に口説かれたんだい?」
「……俺の傍にいろ、と」
「あの坊っちゃんが?!」
「いつの間にそんなことを言える男になったんだい?!」
ごめんなさい隼人さん。
私はどうやら話したがり屋なようです。
「はい、続きは次のお昼休みに」
『はーい』
女性たちはそれぞれ持ち場に戻る。
「すみませんね。皆坊っちゃんのことになると興味津々で」
「いえ、私は嬉しいですから」
彼女たちの反応を見るだけでもここに来たかいがあったがそれはそれ。
私の役目をきっちりこなそう。
「アリシアさんには着替えてもらってから私と一緒に下ごしらえから入っていただきます」
「はい」
足を引っ張らないようにリラックスしないと。
「あーそれと。今から作るのは坊っちゃんの好物なので覚えておいて損はありませんよ」
「が、頑張ります」
どうやらリラックスするのは無理そうです。
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