第二巻
序章
昨日はいい夜だった。
恒例行事である桜も無事決行。
アリシアの考えも聞くこともできたし、少しは距離が縮まったと思う。
ダメだ……思い出すと羞恥心が募る。
切り替えなくては。
今週は後四日。
週末は本家の方で用事があるのでのんびりするつもりだ。
現実逃避終了……さて。
「スースー」
朝日が差し込み美しい銀の髪が煌びやからに光る。
安心しきってだらしない顔をしているアトリシア公国の眠り姫――アリシアはいつ部屋に侵入してきたんだろう。
一応昨日の記憶を思い出すが一昨日と同じく部屋の前で別れた。
その後、紅葉と電話を終えて布団に入った時にはいない。
敵意がないから気づかなかったといえばそれまでだが。
護衛役を辞めて早一年。
何かの理由で臨時護衛を頼まれてもできる気がしない。
「ん……ふふ」
この幸せそうな顔を見てしまっては鍵をつけたり、強く言うこともできない。
しかし、俺も男だ。
今は大丈夫でも理性がいつ崩壊するかもわからない。
難儀な話はとりあえず置いといて今日も腰に回された腕をそっと解く。
アリシアは昨日から足を怪我しているので稽古はお休み。
今日も静かに部屋を出よう。
しかし、立ち上がろうとしてようやく事態に気づいた。
「おい、嘘だろ」
なんと今日は足を絡められている。
これじゃあアリシアを起こさないわけにいかない。
「おーい、アリシア。ちょっとだけ起きてくれ」
「ん、んー」
可哀想だが稽古を休むわけにはいかないので体を少し揺する。
何回か揺すると瞼が半分上がった。
「まぁ、隼人さん……夜這いですか?」
「何もかも間違ってるぞ。今は朝だ、それに俺の布団に潜り込んだのはアリシアだろ。てか、いつ入ってきた」
「ふと、目が覚めて……人肌が恋しいなーと思ったらここにいました」
本格的に人の暖かさに飢えていたんだな……。
「前にも言ったが男女七歳にして同衾せずだ」
「私達は夫婦ですからその対象になりません」
「婚約者であって夫婦じゃねえ」
「隼人さんは私と結婚はしてくれないのですか……?」
不安そうな瞳と弱々しい声。
これが演技なら助演女優賞ものだな。
「将来的にはする」
「なら、遅いか早いかの問題ですね。では、おやすみなさい」
「待て待て待て。言いたいことは二度寝の後でいいがその前に足を解いてくれ」
「……嫌です」
「嫌って……稽古にいけないんだが?」
「傍にいろと言ったではありませんか」
「あのーアリシアさん? それ嬉しかったのはわかったから連呼しないで。撤回できない言葉だから君の婚約者わりと恥ずかしい思いするから」
早くしなければ稽古の時間がなくなる。
そしてアリシアが本格的に寝てしまう。
どうしたら……あ。
「今日の放課後予定はあるか?」
「? 特にありませんが」
「なら、シャノワールに行こう」
アリシアは鏡夜の飯を気に入っている。
これで釣れなければ諦めよう。
「それは……デートのお誘いですか?」
「ん? まぁ、婚約者同士で出かけるし、そうかな?」
「……稽古いってらっしゃいませ」
見事に一本釣り。
足を解放するとアリシアは反対側を向いて布団を被り直す。
時間も時間なので急いで身支度を整えて部屋を出た。
隼人さんが部屋を出ていったのを確認し布団から顔を出す。
鏡に映った頬を赤らめた自分を見て更に顔を赤くした。
「ホント、隼人さんは」
昨日の夜抱きしめられた時も。
さっきデートに誘われたのも。
唐突すぎて心臓に悪い。
あちらは紅葉様や千歳さんで慣れているのかもしれませんが初めてをさらりと奪っていく。
「うー」
先程まで眠たかったのが嘘のよう。
バッチリ目が覚めて布団の上でジタバタしてしまう。
「どうしたら……」
あれだけ心の距離が縮まって一緒に寝てもさして気にした様子はない。
女性として見られていないわけではないが何とも物足りない。
要するに私ばかりドキドキさせられているのが気に食わない。
「よし」
一週間の間稽古は止められる。
なら、この機会に隼人さんの胃袋を掴んでみせる。
思い立ったが吉日。
体を起こして自分の部屋で着替えてから一階にあるキッチンへと向かった。
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