第一話「風見家からのお誘い」
朝稽古を終えてシャワーで汗を流す頃には落ち着いていた。
「おかえりなさい」
キッチンでは制服にエプロン姿のアリシア。
ただキッチンに立って料理しているだけでグッとくるものが……じゃなくて!
「昨日はエプロンつけてなかったよな?」
「ええ、こういうのがお好きかと思いましたので」
「そんな狙わんくても魅力的だろうに」
「それは一般論でしょう? 隼人さんの趣味じゃありません」
ここで肯定するのは負けた気がするのもあるが。
「あ、オムレツと目玉焼き、どちらがよろしいですか?」
「……オムレツ」
「わかりました♪」
何より上機嫌なところに水を差すほど無粋ではない。
「何か手伝うことはあるか?」
「では、食器を出してもらってよろしいでしょうか?」
「お安い御用だ」
キッチンの中を見る。
トーストとサラダ、ヨーグルト。
そして調理中のオムレツ。
典型的なアトリシア公国の朝食だな。
てことは皿以外にドレッシングとバター。
ついでにジャムも出しておくか。
「他のものも出してくださったんですね」
「作らない分これぐらいはな」
「ふふ」
「なんだよ」
「いえ少し……結婚したら毎日こうなのかなーと」
浮かれている!
あのアリシアが頭の中お花畑だ!
「何ならおはようのキスでもしてやろうか」
よしこれでドン引いて冷静になるだろ。
「んー」
おかしい!
ドン引きどころか目を閉じてキス待ち状態だ。
「……焦げるぞ」
「隼人さんが照れて早くしないからです」
「照れるというか冗談だからな」
「朝から酷い冗談を言われて悲しいです。なので謝罪としてキスしてください」
「何でそうなる!?」
アリシアは火を切るとふくれっ面で向き直る。
「隼人さんは釣った魚に餌をあげないタイプですね」
「あのな……はぁ。これで勘弁してくれ」
ボサボサにならないように優しく丁寧に頭を撫でる。
初めてアリシアの髪に触れたが手入れがいき届いているのか何とも言えない触り心地。
無限に撫でられるな。
「し、仕方ありませんね。今回はこれで手を打ってあげます」
どうやらお気に召したようで無意識なのか背伸びをしている。
要求に答えてもよかったがせっかくの朝食が冷めてしまうので適当なところでやめた。
「「いただきます」」
何となくテレビをつけて朝の情報番組を視聴。
内容は先日の親善試合の件についてだった。
「私達有名人ですね」
「アリシアはそうだろうな」
メインはアリシアで俺の方は名前すら出ていない。
「隼人さんは目立つのはお嫌いですか?」
「嫌いというか苦手だな。本家の事件で悪名が国中に轟いてるのもあるが、たぶん親善試合の候補者が急遽変わったことで邪推しているやつもいる。特に前任者には恨まれてるだろうな」
親善試合出場はほとんどの国民が熱望するほど栄誉ある役職。
裏で紅葉が根回ししたとはいえ前もって決まっていた奴は絶望しただろうな。
「アリシアにしてはそっちのほうがよかったかもな。俺と千歳以外には普通に勝って――なんだよ」
何故かアリシアが半眼で睨んでくる。
「いえ、隼人さんが大変デリカシーのない発言をしたので」
「どこが・・・あ」
そうかあの試合がなければこうなってないもんな。
「さっきの誤魔化しといい。少し不服です」
「悪かった。今の発言は無粋だったが、だからといって頭を撫でる以上の要求は受け付けん」
「惜しい」
「惜しくない」
会話しながらも食べる手が止まらないくらいアリシアの作る料理は美味い。
というかアトリシア公国のお姫様に飯作らせるって凄い贅沢なんじゃなかろうか。
「まぁいいです。一緒に寝ることを言及しないことで手を打ちましょう」
「……」
強く言うつもりはなかったが決定事項になってしまった。
せめて二人用の布団を用意――いやそれはマズい。明らかなウェルカムスタンスはアリシアの思う壺だ。
「隼人さんもお嫌ではないみたいですしね」
「ノーコメント」
起きて最初に見るのが美少女の寝顔だぞ。
これを『見たくない!』といえる男が果たしているだろうか。
しかも、何故かここ二日間快眠な気がする。
あれ? デメリットがない?
「隼人さん、電話鳴っていませんか?」
「本当だ」
着信相手は――千歳か。
「もしもし?」
『朝からごめんね。お母さんから隼人君に確認してほしいって頼まれてさ』
「別に構わねえよ」
アリシアがジャムの蓋を開けるのに苦戦していたのでジェスチャーでこっちに残すように伝え。
瓶の蓋を緩めてアリシアに返す。
『今週末の本家の予定の時にアリシアを連れてくるの? だって』
「あーどうだろ。ちょっと待ってな。アリシア今週末の予定はどうなってる?」
「確か公務は入っていなかったはずですが……それが何か?」
「本家の方で少し行事があるんだがせっかくだしついてこないかと思って」
「ご迷惑でなければ」
「そんなことねえよ。ん? どうした千歳?」
『いや……そういや同棲してたこと忘れてたなーと』
そういやアリシアの引っ越しの日に訪ねてきてたか。
いかん最近のことなのに記憶があやふやだ……歳かな?
「アリシアは行くとさ」
『了解、伝えとく。じゃあまた教室でね』
「はいはい」
電話を切って食事を再開しようとしたがアリシアが固まっていた。
「ん? どうした?」
「えーと……私はどういう立場で行けばよろしいのでしょうか?」
「立場? 婚約者以外あるのか?」
親父には婚約の件を伝えているし、一族にもその情報は箝口令付きで出回っている。
「そ、そうですよね! もちろんわかっていましたよ」
何を慌ててるんだ?
本家に行くということはつまり俺の両親ニ会うわけで……あぁ、そういうことか。
「そんな緊張するな。正式な挨拶の場は今度設けるから」
「はい……」
意図せず追い詰めてしまった。
ちょうど今日シャノワールに行く予定だ。
そこで気分転換してもらおう。
「それと先に言っとく。本家で嫌な思いしたら俺に言うこと」
国際結婚となれば伝統派がうるさそうだし、基本的に離れるつもりはないがアリシアが一人になったところ見計らうやつがいてもおかしくない。
「わかりました」
アリシアは言葉の意味を理解した模様。
昨夜、千歳の話をしていてよかった。
「ごちそうさま」
「お粗末様です」
同時に食べ終わったのでアリシアの食器ごとさげる。
「私が……」
「後片付けぐらいさせてくれ。それにアリシアの方が先に出るだろう」
学園では他の者の目がある。
俺といるところを見られてアリシアに悪い噂が立ってほしくない。
「わかりました。また午後の授業で」
「ああ、いってらっしゃい」
世の中二人だけなら苦労しなさそうな関係だがそうはいかない。
前途多難だが苦労のない人生があってこそ達成感は得られるというものだ。
「そういえば学園のことで何か忘れているような……」
昨日の教室で何かあった気がするが思い出せないので諦めて登校することにした。
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