第九話「魔法の国のお姫様は」
なんて勝手な人。
私の好意など興味がないくせに。
気ばかり持たせて挙句の果てには『傍にいろ』……。
三年も傍にいた紅葉様や従妹の千歳さんも同じ被害を受けたのだろうか。
「隼人さんは私の身の回りのことでおかしいと思ったことはありますか?」
この鼓動を鎮めるためにもう少し時間が欲しい。
「まず護衛がいないこと。確かにアリシアの剣の腕前は一流だが立場は王家のお姫様。大和でいうと紅葉と同等の身分のやつに護衛がいないことはおかしい」
「見えないところで守っているんですよ」
「そう思って餌を撒いたが引っかからなかった。相当隠れるのが上手いかサボっているかの二択だな」
わざと屋上から保健室へダイブしたり、こうして夜に出かけたのはそれを確かめるため。
「それと親善試合の時も千歳の時も魔法を使ってないことだな」
「相手にないもので戦うのは対等ではありません」
「留学中には使わないって信念もあるかもしれない。が、さっき俺が魔法に興味があるという話題を出した時少し困った顔をして、技術方面だと訂正したら安心をしていた」
会話の中で罠を張らないでほしい……。
「はぁ……明言しない気遣いは有り難いですが私は魔法を使えません。王家に生まれた女性は魔法使うための体内器官である魔法回路がないんです」
「それ言ったらダメなやつじゃないのか?」
「ええ、超国家機密です。私の前に生まれたのは例のしきたりの話に出てきた方のみで知っているのは王家のみです。これで結婚しないといけなくなりましたね」
「そんな脅迫しなくても責任は取る」
……ホント、こういうところははっきり言うのですから。
「あとは妙に強者にこだわるところがある」
「元々自分より強い人と結ばれたいと思っていましたからその延長線ですよ」
「どちらかといえば強者に勝ったという結果だな」
「……先程からわざと焦らしていませんか?」
「否定はしない」
「意地悪ですね」
「取り繕ってないだけだよ」
「モノはいいようですね」
諦めよう。
隼人さんに隠し事をしてもロクな事にならない。
「例え剣の才能を持っていても、勉学に秀でていてもそこに価値はない。アトリシア公国で魔法が使えないのは存在しないと同義なのです」
「酷い話もあったもんだ」
「幸いなことに両親は他の兄弟と同じように接してくれたのが救いです」
他の兄弟や家臣のことは思い出したくもない。
「私に残された道は二つ。一つは政略結婚の道具になること。もう一つは武芸が有名な大和に留学し私より強い人を見つけること。私は後者を選びました」
流石に見つかるどころか即婚約するとは思っていませんでしたが。
「国では一度も負けたことがないので驕りもありましたが私の想像以上に隼人さんは強かった。魔法の才能もないのに剣の腕を取られてしまっては私には何も残らないんです」
人の価値は自分自身ではなく他者からの評価で決まる。
どれだけ自己を磨いてもそれは自己満足。
他人からの評価があって初めて自分の価値になる。
「残らないことないだろ。容姿はいいし、料理もうまい。そして何より俺を負かそうとする気概がある。それ以上に何を求める?」
「それがわからくなってしまったんです。ただもう一度自身を取り戻すためにあなたや千歳さんに挑む。その気持さえも偽りな気がしてならないんです」
不出来な私でも隼人さんは傍にいていいと言ってくれた。
ずっと欲しかった言葉なのに心が満たしきれない。
「頭の中ぐちゃぐちゃで。剣を振っても気持ちは沈むばかり。なのにあなたは意地悪をする。腹が立ってしかたない」
感情が高ぶって抑えが効かない。
王家という立場も。
騎士としての誇りも。
全部投げ出して。
「なのにあなたが傍にいろって言っただけで喜んでしまう自分がいる。あなたの隣にいるだけで安心する自分がいる。戸惑って悩んでも答えは見つからない」
自分の感情を初めてさらけ出す。
幻滅されたっていい。
呆れられてもいい。
けど、『傍にいろ』という言葉だけは……撤回しないで……。
「話せば話すほどアリシアがわからなくなるな」
隼人さんは席を立つ。
その袖を掴む前に私の前に膝をつき、いつから出ていたかわからない私の涙を拭う。
あぁ……そうか。
この国に来て私が羨ましがったものが一つだけあった。
「私と結婚したら困るのはあなたなのですよ?」
「構わない」
「紅葉様の傍にいられなくなるんですよ?」
主人と家臣の身分とか。
異性同士とか。
そんなもの関係ないというような信頼関係。
私は……それが欲しかったんだ。
「物事が上手くいかないなんてよくある話だろ」
「浮気したら私泣きますから」
「あいつには恩があるだけで異性としての好意はない」
「浮気したら泣きますから」
「泣くどころかさすだろ。というかどういうことがあればこんな可愛い婚約者に不義理が働けるか教えてほしいくらいだ」
「それから――」
不意に抱きしめられる。
心が暖かくなる。
「俺たちにはこれからがあるんだ。焦る必要はない」
出会って早三日でこのザマだ。
自分のチョロさ加減に苦言を呈したいが。
「はい……」
隼人さんが傍にいてくれるならなんだっていい。
かなり長い間、話をしていたようで会場を出たのは日にちが変わる直前だった。
「不服です」
「我慢しろ」
アリシアに『足が限界』と言われたら責任を取るしかない。
ただ結構恥ずかしい発言をしたので顔を見ることができない。
逃げ道としておぶることにしたら婚約者殿はご立腹である。
「私はお姫様です。なので、お姫様抱っこを所望します」
今朝の小悪魔チックな行動はなんだったのか? と思うほどの甘えっぷり。
おぶる前に背中にチャックがついてないか確認するべきだった。
「また今度してやるから我慢しろ」
「……顔を見たいと思うのはダメですか?」
「……俺をからかうためだからダメ」
「もう、こういうときは察しがいいんですから」
家まで残り数十メートル。
ようやく落ち着けるな。
「さっきの話」
「やめろ。おぶったまま羞恥で転げ回るぞ」
「違いますよ。……嘘じゃないんですよね?」
初めての経験なのはわかるが不安がりすぎだろ。
「嘘じゃねえから恥ずかしがってんだろうが。察しの悪い婚約者だな」
「察しが悪くても『傍にいろ』と言われていますからね」
終始上機嫌なので伝えてよかったと思うが弄ってもいいわけじゃない。
「稽古を再開するのは一週間後だな」
「はい。あなたの傍にいても恥ずかしくないように鍛えてくださいね」
「今でも十分だよ」
「ダメです。少なくとも今の実力じゃ千歳さんに勝てません」
「なんで千歳に対抗意識燃やしてんだ? 目標は俺のはずだろ」
「それは嫉妬ですか?」
「嫉妬してるのはアリシアの方だろ。第一、千歳が俺のこと好きとか聞いたことねえぞ」
たまに鏡夜が言っているがデマだしな。
「……隼人さん。帰ったら異性の交友関係について洗い浚い話してもらいますから」
「何もねえよ。それに寝たいからパス」
「今回は見逃してあげます」
「はいはい、感謝感謝」
ま、こっちのほうが素っぽいし着飾るより断然いい。
これからワガママが増える気はするが多少のことなら聞くようにしよう。
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