第八話 「修羅」
「実は俺。風見の流派からは破門されてるんだ」
「・・・え? でも、次期当主なんです……よね?」
「それは嘘じゃない」
風見家当主になる条件は三つ。
一つ、御門家の護衛経験があること。
二つ、公式武道大会で優勝すること。
「そして最後の三つ目がコレだ」
巾着から水晶玉を取り出す。
「現当主からこの風見家の家紋が入った水晶玉を奪うこと。他の二つは達成できても水晶玉は一つのみ。つまり現時点で当主になれるのは俺だけってことだ」
「寝てる間に奪われたりするんじゃ……」
「無理なんだよなー」
膂力を全開にして遥か彼方へ投げるが数十メートル地点で青白く光って停止し手元に戻ってきた。
「これは儀式でしか譲渡できない」
「では何故"次期当主"なのです……そういうことですか」
「破門されてるやつを当主にしたくない伝統派がいてな。今のところ当主になるつもりはないからいいんだけどな」
「話が脱線したな。風見家の剣技は『先手必勝』。護衛役を多く任されてきた故の伝統だ」
護衛対象者への危害が最小限に抑えるために疾く制圧。
理にかなった剣技だ。
「だが俺にはその考えが合わなくてな。十一歳の頃に師範代の教えを無視して後の先を極めた」
起こりからの攻撃の予測。
敵の攻撃パターンや反応速度の計測。
その時間を稼ぐための防御技術。
それらを全て独学で習得し己の剣技と呼べるようにまで昇華した。
「その頃は鏡夜が国にいなくて千歳がよく後をついてきてな。影響されたのかあいつも『剣術を習いたい』と言い出して千歳の親父さんは頭を抱えていたのを覚えている」
伯母さんだけは喜んでたっけな。
「子供時代に見たものは影響されやすい。千歳も俺と同じく後の先を極め始めた」
『隼人さんだけじゃないよ』
あの言葉に何度救われたかわからない。
「俺は俺でどうやったらうるさい師範代や門下生たちを黙らせるか考えててな。稽古と称して一対多の模擬戦で一方的にまとめてボコったり、門下生たちの前で師範代を倒して恥かかせたり」
子供ながらに容赦なかったなと今では思う。
今残っている門下生たちは俺を見るなり青ざめて土下座する勢いで頭を下げる。
「そんな中親父が酔った勢いで『国が開催する剣術大会が成績を残せば他の奴らも認めるんじゃないか?』と言ってな。出たら出たで優勝。多くの人に認められて気がつけば紅葉の護衛役をしてたっけわけだ」
史上最年少の優勝者だの。
あの気難しい姫様(次期城主の名は秘密保護のため国民に明かされるのは十八歳になった時のみ)が指名したこともあって注目された。
「認められたのに破門された理由がわかりません」
「この話には続きがある。護衛役は住み込みで家にあまり帰ってなくてな。ようやく休みが取れたのは一年後の夏。その日からだよ、俺が本当のバケモノと呼ばれるようになったのは」
自分からこのことを話すのは初めてだ。
聞いても面白くない話。
それでも俺はアリシアに知ってほしいと思った。
お前の婚約者はこういうやつだってことを。
「ったく、親父のやつ帰ってきた早々『久々に稽古をつけてやるから先に道場で待っとけ』だよ。こっちは毎日疲れてるってのに」
紅葉の護衛役は思っていたよりも困難を極めた。
「『怪我をしたらクビにする』とか護衛役泣かせにもほどがあるだろ」
実家に帰る際も紅葉に釘を刺されていた。
「俺に怪我させられる人間のほうが少ないっていうのに……あ」
そういえばここ一年まともに連絡を取っていなかった従妹の顔を思い出す。
親父を待つ間、相手をしてもらおうと思って第一道場に着いて覗いていたが姿が見当たらない。
「おい」
「はい? ……は、隼人様。おかえりなさいませ」
近くにいた女性の門下生に声をかけた。
「挨拶はいい。千歳のやつどこにいるか知らないか?」
「さ、先程師範代たちと第三道場のほうへ」
「第三? なんで一番離れたところに」
夜になるとおばけが出ると噂になるほどボロい。
そういや親父が改築したいと嘆いていたな。
「そ、それが……」
歯切れの悪さは俺に怯えているからではない。
「三秒やる。自分から手短に話すか、吐かされるか選べ」
「ここ最近千歳様が剣客として頭角を現しておられましてそれをやっかんだ若狭師範代とその門下生数十人と口論になり、話をつけるために第三道場へ」
「あのバカ!」
事は一刻を争う。
教えてくれた門下生には後で改めて礼を言うのを忘れずに第三道場へと急いだ。
久しぶりの全力疾走で数分で第三道場の階段前につく。
道場の扉は開いており中からは若い男の声が聞こえてきた。
「ふん、調子に乗るこうなるのだ」
「け、けどよ若狭師範代。この事がバレたら」
「構うもんか。俺は師範代として伝統を守らん愚か者に稽古をつけたまでだ」
階段を上って目に入った光景を疑いたくなった。
五十人近い人垣。
その中心にいるのは若狭師範代と呼ばれる若い男。
そして……痣だらけで倒れる千歳の姿。
俺の中の何かが切れる音がした。
不幸中の幸いは愛刀である椿を城に置いてきたことと壁に立てかけてあるのが真剣ではなく竹刀だったことだ。
「ん? 見ない顔だな。誰だ貴様は」
頭の片隅でか『最近伝統派の推薦で若いやつが多く入ってきてな。その中の一人が師範代になったんだ』という親父の話を思い出す。
道理で見たことがない顔が多いわけだ。
「……何をしている?」
冷静になれ。
千歳は気を失っているだけで死んではいない。
まずは近づいて安否確認をするのが先決。
「質問に質問を――」
答える気がなかったので無視して部屋の中央へ移動する。
誰一人目で追えていない。
「は……やと」
「ただいま千歳。すぐ手当してやりたいが少しだけ待ってくれ」
入口に再度移動。
「はぁ……はぁ……はや……と……様早すぎます。っ! 千歳様!」
先程声をかけた女性門下生が気になって後を追ってきた。
「ちょうどよかった。千歳を頼む」
「え、ええ……」
「それとさっきは横柄な態度ですまなかった。あなたのお陰で大事にはならなかった」
「いえ、もったいないお言葉です」
見た目は酷いが致命傷は全て避けている。
千歳のやつ相当鍛錬を積んだんだな。
「おい貴様。さっきから聞いているのか!」
「少し黙れ」
護衛役は対象者はもちろん、敵に存在を気づかれてはいけない。
一年間殺気を抑えていた反動なのか道場内の数人が気絶していた。
「俺も有名になったと思ったが自意識過剰だな」
「知るか。私の質問に答えろ」
「風見家次期当主――風見隼人だ」
名乗ると道場内がざわつく。
名前は流石に知られていたようだ。
「貴様がそうか。確か波紋寸前の異端児だったか?」
「どうでもいい。それよりも今度はこっちの質問に答えろ。何をしている?」
「見ればわかるだろ。稽古を付けてやったまでだ」
「にしては一対五十はやりすぎだろ。そんなもの普通勝てるわけがない」
「その女が悪い。分家のくせに伝統である先手必勝ではなく、後の先という卑怯な手で勝ったことを喜びよって」
「負けた逆恨みかよ。器が小さすぎる。親父に実力主義は大事だが人間性も重視するように言っとかないとな」
淀みなく道場の中心へ歩き出す。
殺気のお陰で道が開けていたのでさっきのように移動しなくて済んだ。
「なんのつもりだ」
「若い師範代や門下生たちに稽古をつけてやろうと思ってな」
「ふん、お遊び剣術大会に優勝して変わり者のお姫様に拾われていい気なるなよ」
ほう……千歳だけでなく紅葉までバカにするか。
つくづく救いようがない。
「周りにいるお前らの中で直接手を下してないやつは去れ。ただし、噓を吐いて去った者は後で後悔することになるとだけ伝えておこう」
誰も道場を出なかった。
「颯爽とかけつけた王子気取りが。自分の言葉を忘れたか?」
男が手で合図すると全員竹刀を構える。
「一対五十は誰も勝てやしねえってよ!」
四方八方から十数人が斬りかかる。
統制の取れた動きで一糸乱れぬとはまさにこのことか。
「ああ普通はな」
刹那と呼べるほどの時間で。
俺に斬りかかってきた門下生たちは全員停止して次々と倒れていく。
体には千歳と同じぐらい痣だらけ。
「死体切りをする趣味はないが倒れるまでは容赦しねえ」
憤怒という言葉すら生ぬるい。
唯一繋ぎ止めているのは道場で死人を出してはオヤジ達に迷惑をかけること。
俺の評価は二の次だ。
「バケモノめ!」
「なら!」
数人の門下生が千歳へと向かうが先回りして道を塞ぐ。
「懲りない奴らだな」
先程の奴らより念入りに打ち込むとバタバタと倒れていった。
「次やったらこの程度で済まさんからな」
倒れた奴らは虫の息。
全治何ヶ月のやつらも少なくない。
「そ、そんなものは虚仮威しだ!」
師範代なのに実力差もわからない。
伝統派のやつらも見る目がない。
「安心しろ、お前は最後だ」
あと三十人ほど相手を沈めれば少しは殺意が薄らぐことにかけて向かってくるもの全てを斬り伏せる。
「これでどうだ!」
「甘え」
時には蹴りで壁へと激突させ。
「隙あり!」
「バカが」
わざと隙を作って攻撃タイミングを誘導して返り討ちにしたり。
「こんの」
「邪魔だ」
統制の取れていた動きを邪魔して一人ずつ潰していく。
残ったのは息巻いていた男一人。
「少しはやるようだな――だが」
どこから持ってきたのか。
男の手には竹刀ではなく刀が握られていた。
「快進撃もここまでだ」
「稽古中での真剣の使用はご法度だぞ」
「これは稽古ではない。暴挙に出る者への粛清だ」
「ああ言えばこういう。本当に器の小さいやつだよ」
「黙れ!」
転がる門下生たちとは一線を画く動き。
竹刀で受ければ切り裂かれるので回避しようと考えたがやっぱりやめた。
「なっ!」
あえて距離を詰めて刃をかわし、相手の速度を利用して竹刀を振るう。
空中に投げ出された男が落ちる前に滅多打ちにした。
「バケ……モノめ……」
「耐久力は師範代か」
相手の耐久力が低ければ間違いなく殺していたくらい加減はしなかった。
男は剣客として再起不能になり、二度と刀を握れなくなったそうだ。
「実は教えてくれた門下生の人が事前に親父を含めて多くの人間を呼んでてくれてな。何人かを病院送りにしたせいで破門になったわけだ」
「そんな……」
「それからだな。誰も俺に挑んでこないか、挑んできても再戦を望まずに挫折して刀を置く。だから理由はどうあれアリシアの"俺に追いつくため"っていう言葉が嬉しかったんだよ」
長年バケモノ扱いされてきた自分が人として認められたように錯覚するほどに。
何気ない言葉を大事にしたいと思う。
わざと見える形で徳利からお猪口に水を注いで飲み干す。
「経験が少ないだけでアリシアはいい才能を持っている。稽古をつけるのも千歳と戦うことを止めなかったのも大和の最高峰を経験して欲しかったからだったんだがな。正直やりすぎた」
才能に対しての期待が高すぎてブレーキをかけそこねたんだよな。
「本当ですよ。私さっきまで結構ショックを受けてたんですか――「だから傍にいろ」
「っ……!?」
「その才能を咲かせるのは俺でありたい」
初めてこの武舞台で戦ってその美しい心に惹かれた。
どんな自分でも受け入れてほしい。
その分アリシアがどんな人間でも受け入れる覚悟を示した。
「女の子相手にそんな気を持たせること言って。そのうち背中刺されますよ」
遠回しでわかりにくいと思ったが心配なかったな。
アリシアは憑き物が落ちた顔をしている。
「本心を言ったまでだ」
桜は満開。
春の風は心地よく。
程よく喉を潤し。
自分がどうしようもない人間だということを教えても尚離れない人がいる。
いい夜だ。
「あとで冗談でも『やっぱりやめた』って言っても遅いんですから」
そしてアリシアは語りだす。
何を思ってこの国へ来たのかを。
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