第六話「裏切りのストライカー」
「ったく、ひどい目にあった」
地面へダイブする寸前で受け身を取って着地して砂埃を払う。
もうアリシアを抱きかかえてないので普通にドアから入r――嫌な予感がしたのでしゃがむと頭の上を模擬刀が通過した。
「あっぶね。殺す気か!」
「どうせ当たらないんだからいいじゃない」
予想通り背後には追いかけてきた千歳がいた。
追撃せずに大人しく模擬刀を鞘に納めたので一安心。
「それで? 試合に割り込んだのと何でお姫様抱っこをする必要があったか。どっちを先に説明してくれるのかな?」
朝の怒りは何処へやら。
呆れた様子で問われる。
「とりあえず保健室へ向かいながらでいいか?」
「ん、了解」
アリシアの足の不調に千歳も気づいていたので話がスムーズに進む。
どういう理由であれ勝負を邪魔したのは事実。
さて、どうやってご機嫌を斜めにせずに説得しよう。
「なるほどね。風見は本当に性格が悪いな」
診てもらいながら経緯を話すと保健医――葵先生(苗字を言わなかった)はタバコを吹かせながら苦笑する。
ちなみに診断結果は軽い捻挫。
三日は安静とのことだ。
「それはどういう意味ですか?」
確かに隼人さんは性格が悪いしズルいが。
「試合そのものを止めることができたのにワザとやらせたのさ。君が絶対に勝てないとわかっててね」
「勝負はやってみないとわからないと思います」
「なら、聞くが君は風見に勝てるか?」
「……無理です」
二度にわたって立ち会ったがやればやるほどに実力差が浮き彫りになっていく。
「あいつは言うなればバケモノだ。さっきの私の弾丸も避けれたがあえて受けている」
「まさか」
「事実だ。受けたのは失言だった自覚があったんだろうな」
葵先生が懐から何か取り出すと認識した時にはもう引き金を引いてた。
速さに自信のある私でも避けることはできない。
「それとほぼ同等のことが相楽妹は出来る」
性格が悪いと言っても隼人さんが試合を止めなかったのには何かしら意図があったに違いない。
問題なのは私が理解していないということだ。
「まぁ、彼女の場合はバケモノ一歩手前もいったところだがな」
煽りはしたが油断はしていない。
序盤はわりと攻めることができたが。
時間が経てば経つほどに水の中に引き摺り込まれたように息苦しくなり。
藻掻いて足を酷使しても抜け出せず。
落ちる寸前で隼人さんに救われた。
大衆の面前で恥をかかなかったが代わりに隼人さんを悪者にしてしまった。
「私から言えるのはお前さんは決して弱くない。だから安心しろ」
会って数分も経ってない相手に気取られる。
気を緩めすぎているのでしょうか。
「……二人に勝つにはどうすればよいのでしょうか」
ならばいっそ相談してみることにした。
「ん? ハハハ。これだけ実力差を思い知って尚挑むか。風見も相楽妹も良い出会いをしたもんだ」
葵先生は嬉しそうにケラケラ笑うとタバコを口から離して天を仰いだ。
「その熱意に応えてやりたいところだが戦闘は専門外だ」
あんな早撃ちをしておいて?
「相楽妹はともかく少なくとも風見のやつに勝てる人間はこの国にはいない」
この学園ではなくこの国。
しかもリアリストであろう葵先生が言い切っている。
「まぁけど、今ならチャンスはあるかもな」
「それはどういう――」
「俺の周りにはプライバシーって言葉を知らんやつばっかりか」
やはりというなんというか。
無傷の隼人さんと後ろにいる千歳さんが入ってくる。
確か頭に当たってませんでしたっけ?
できるだけ千歳を宥めすかせて保健室に戻ると。
なかなかにいいタイミングだったようだ。
「いいじゃないか。知ってどうこうなるものでもあるまいし」
「だとしてもだ」
「ケチな男はモテな――いや失敬。君に言う言葉ではなかったな」
「それはあれか? 元々モテいないと言いたいのか?」
「君は一度自分を客観視したまえ。同世代の男たちに血祭りに上げられないのが不思議に思うよ」
「いったい俺が何したって言うんだ。ん? 二人ともどうした?」
「いえ」
「別に」
「ククク」
半眼でこちらを睨む美少女二人と愉快そうに笑う女性が一人。
何とも表しづらい状況だな。
「それよかアリシアの容態は?」
「早めに模擬戦を切り上げたのは正解だ。続けていたら少々危なかったよ」
言動はアレだが先生の腕は確かだ。
「相楽。君は風見というバケモノが近くにいるせいで麻痺しているようだが君もまた彼と同類だ」
クソ。
真剣な雰囲気のせいで『ホントに聖職者か?!』と突っ込めねえ。
「くれぐれも気をつけてくれたまえ」
「……はい」
ここに来るまで千歳に割って入った理由を説明しているときも千歳は顔を伏せていた。
酷な話だが千歳は自分の実力を過小評価しすぎる節がある。
そのせいで周りにどう影響を与えることになるかわかれば多少はマシになるだろう。
これで試合をすること事態を止めなかった理由の半分は達成。
「すみませんアリシア姫」
「いえ……気にしないでください千歳様」
「様はやめてよ」
「では、千歳さんとお呼びしても?」
「じゃあ、私はアリシアって呼ぶから」
「えぇ、是非」
さて、もう半分は何かに焦っているアリシアの浮足を地につけるためだったが表情が読めない。
俺を利用して千歳を必要以上に煽り。
本気を出させることで彼女は何を得ようとしたんだ。
「つまらんな。お前らドロドロの関係じゃないのか?」
上手いこと纏まりつつあった状況で爆弾を落とす悪魔が降臨。
単なる学生を昼ドラの登場人物に仕立て上げないでほしい。
「ドロドロというか……」
「ややこしいといいますか……」
「何て言うんだろう……」
三人揃って額に手を添えて答えを絞りだそうとするが思うようにいかない。
「立ち話もなんだ。コーヒーでも飲んでいけ」
「いやここ保健室であって喫茶店じゃないだろ」
「今日は客が来なさそうにないんでな」
「怪我人のこと客って認識してんの?」
「しばらく待て」
「話聞け! てか、コーヒーなら俺が淹れ――」
左から細剣、右から模擬刀が伸びてきて目の前でクロスしている。
非常識な人にツッコむ人で自然にここから逃げるチャンスは見事に潰された。
「隼人さん」「隼人君」
「どこへ行くというのですか?」「どこへ行こうとしているのかな?」
一歩でもここを動けば殺される。
そう錯覚するほどの覇気を感じるのはいつぶりだろう。
「お前ら道場以外で抜刀は許可されていないぞ」
なんなら千歳に至っては二度目だ。
「私は何も見ていない。故に問題はない」
そういやここには聖職者などいないんだった。
「お姫様でも料理するんだ意外」
「趣味のようなものです」
二人とも料理を作るという共通の話題があったことが功を奏したが雲行きが怪しくなりそうなのでやめてほしい。
「どこかで見たと思ったがアトリシア公国のお姫様だったか」
「何で手当てして気づいてないんだよ……」
「怪我人を心配するあまり気が動転していたんだ」
「さっき客扱いしてたよな?」
「さて、何のことだろう」
まともに取り合うとこっちがバカをみる。
ありとあらゆる意味でやりにくい。
「そういえば一つ気になっていたのですが。何故葵先生は千歳さんのことを相楽妹と呼ぶんですか?」
さて、友好国のお姫様の一言で俺たち三人は何故か窮地に立たされた。
アリシア相手なら言っても問題ないが外で話されると大事になりかねない。
気取られないために何か言わないと。
「隼人くんにシャノワールへ連れてってもらったんだよね?」
「ええ店主の方が作ったキッシュが大変美味でした」
「それうちのお兄ちゃんなの」
「そうなのですか?!」
微妙な間が生まれる前に千歳が見事にディフェンス。
さすが怒っている時以外は空気を読む常識人。
「鏡夜と先生は同級生でな。その縁が今でも続いてるんだよ」
「つまり千歳さんとマスターの二人と一緒にいるときにわかるようにしているということですか?」
我ながら見事なループパス。
さぁ先生! トドメを!
「さすがに名前で呼ぶと『婚約者の妹を贔屓している』と思われかねない。私的線引きというやつだ」
「「おい!」」
まさかの最後の最後でストライカーが裏切る結果。
どうやら気まずかったのは三人ではなく二人だったようだ。
「師匠と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか?!」
「ん? 別に構わないよ」
目を輝かせた新米婚約者持ちのアリシアがベテラン婚約者持ちの先生に迫る。
先程からアリシアが先生を『葵先生』と呼んでるあたり苗字を名乗らなかったようだ。
せめてもの救いだな。
「そういえば昨晩だったか。鏡夜が嬉しそうに『隼人が婚約者出来たんだよ』と言っていたな。風見、どんな子だ?」
「今、先生に弟子入して目を輝かせてる子だよ」
この人の婚約者である鏡夜を本当に尊敬する。
どうあがいてもこちらに会話の主導権が回ってこず、話が二転三転して忙しない。
「……風見」
「何だよ先生」
「脅迫は犯罪なんだぞ?」
「してねぇよ!」
どこの世界に王族を脅迫できる奴がいる。
俺は『それにどちらかといえば俺がはめられた側だ』という言葉を飲み込んだ。
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