第五話「キャットファイト」

 アリシアを送り出してしばらくしてから登校する。

 極端に隠すことはしないが一緒に登校して別段アピールする必要はない。

 まぁ、どちらかといえば。

「おい、風見だぞ」 

「やっべ」

「い、急ごう」

 これに巻き込まないためだ。

 俺の悪名を知る同級生や上級生。

 何事かと遠巻きに見る新入生。

 新学期早々気が滅入る。

「おっす、隼人。今日もモテモテだな」

 そんな中で後ろから話しかけるバカは一人しかいない。

「悪いがアキラ。今日は皮肉でも手が出るほど心中穏やかじゃない」

「何だよつれねえな」

 茶髪な悪友――不知火アキラ。

 俺とほぼ同じくらい悪名を轟かせている問題児だ。

「そんな隼人に朗報がある」

「とりあえず、朗報って言葉を辞書で引いてこい。話はそれからだ」

 特にこいつが朝からテンションが高い日はろくな事がない。

「俺等のクラスに転入生が来るらしいぞ」

「へー。落ちは?」

「何と西園寺家の人間らしい」

 ほら、言わんこっちゃない。

 ――西園寺家。

 風見家が武官であるなら代々文官の地位についた関係。

 武道ではなく陰陽術なる呪術を操り、表向きは風見家と西園寺家の両家が手を携え御門家を支えていることになっている。

 が、それは建前だ。

 意見のぶつかり合いが絶えず、すこぶる仲が悪い。

「ん? ちょっと待て。俺等と同い年の西園寺家の人間なんていたか?」

 確か一番歳が近いので一個上の……ダメだ護衛役を引き継いだ時のことを思い出しただけで腹が立ってくる。

「そうなん?」

「まぁ、全員知っているかと聞かれたら確証はないがな」

「何はともあれ面白いことになりそうだな」

「お前は本当にいい性格してるよ」

「やだ~照れちゃう」

 あの胸糞悪いプライドの塊みたいな女が一個下へ編入?

 ないない。

 色々な視線を浴びながら無事二年の教室に到着。

「なぁ隼人」

「あまり答えたくないんだが。なんだ?」

「なんで千歳ちゃんは不機嫌そうなんだ?」

 教室に入ると明らかに怒りのオーラを纏った千歳が席に座っている。

 いつもなら声をかけに行くクラスメイトたちも近寄らないほどだ。

「さっきアキラが言った西園寺家の編入生関連だろ」

「なら、なんでこっちを睨んでるんだ?」

 本家に返した後、特に連絡がなかったのでてっきり機嫌は直ったと思っていたが違ったようだ。

 そういえばなんか鏡夜からメッセージ来てたっけか。

「アキラが何かしたんだろ」

「いや千歳ちゃんがあんだけ機嫌悪いのは十割お前のせいだろ」

「さすが悪友わかってるな。ただその理解度気色悪いから山に埋めていい?」

「おっと機嫌悪いのは隼人もだった。退散退散」

 何かを察知したアキラは自分の席へと向う。

 千歳とは言うと威嚇してくるだけで害はない。

 教室内で聞いてこないあたりは俺の『今度説明する』という言葉を尊重してくれているからか。

 あるいは鏡夜が何か言ったのか。

「おーい。席につけ〜」

 担任教師が入ってきたとと同時になったチャイムというゴングに救われた。

「連絡事項は以上だ」

 あれ?

「せんせーい、編入生は?」

「それが完全に手続きが済んでないらしくてな。来るのは早くても来週になるらしい」

 肩透かしな気分だったのも束の間。

 西園寺家のことがなくなったということは千歳の矛先は全てこちらを向くということだ。

 週末にゆっくり話したかったがそういうわけにはいかなさそうだ。



 大和学園は初等部から高等部までの十二年制。

 その中でも高等部のカリキュラムはわかりやくなっている。

 午前は座学中心の一般教養。

 午後は実技中心で各得意分野に分かれる。

 ただ実技に関しては教えれるほどの実力を持った教師の人数が少ないため、学年関係なく合同になる事が多い。

「これは風見様。一昨日の夜は大変勉強になりました」

 つまり同じ刀剣コースを選んでいる下級生のアリシアとも会うということだ。

「いえいえアリシア姫。こちらこそです」

 外面全開でTheお姫様な婚約者。

 これが朝っぱらハニトラしかけてきた奴と同一人物か。

 女は役者というが恐ろしいことこの上ない。

「よろしければ一手指南していただいても?」

 どうやら朝稽古の際の鬼ごっこがお気に召さなかったらしい。

 帯刀しているのが木刀や竹刀ではなく、細剣のレプリカなのがよい証拠だ。

「大変光栄ですが申し訳ない。今日は精神統一の日でして」

 こういう言い訳が出来るので獲物を持ってこなくて正解だったな。

「でしたら私も精神統一に付き合ってもよろしいでしょうか?」

 確か目立った行動はしない約束。

 目的を探るために彼女の視線の先を見た。

「……」

 そこには未だに怒りを鎮めれていない千歳の姿。

 このお姫様は火に油を注ぐどころか嬉々としてガソリンをぶちまける気か。

「どういうつもりだアリシア」

 半歩近づいて周りに聞こえないように話す。

「だって皆さん私が姫ってだけで本気で相手してくれないんですもん」

「だからって俺を火種に千歳を煽んなよ」

「別に隼人さんが相手してくれてもいいんですよ?」

 なるほどアリシアからすればどちらに転んでもよいということか。

 だが、話すタイミングを見計らっている俺からすれば迷惑千万だ。

「アリシア姫よければ私がお相手しましょうか?」

 案の定餌に食いついた千歳が寄ってくる。

 周りの視線が集まる前に退散し――ダメだ右側をアリシア、左側を千歳に袴の裾を踏まれて動けない。

「えーと、どなたでしょうか?」

 いや知ってるくせによく言う。

「失礼。高等部二年の相楽千歳と申します」

「まぁ。あの相良家の方でしたか」

 昨日散々根掘り葉掘り聞いてきたくせに白々しい。

「そこの風見隼人には及びませんがよろしいでしょうか?」

 帯刀しているのは竹刀ではなく模擬刀。

 謙遜しているがやる気はあるようだ。

「ええ、是非お願いしますわ」

 どうでもいいが袴踏むのやめない?

 お前ら実は仲がいいだろ。

「隼人君、合図出してくれる?」

「それはいいが少し待て」

 教師陣に相談し周りの生徒達に距離を取らせる。

 二人の実力を知る者としたら近くにいたら巻き込まれるのは想像に易い。

「面白えことになってんな」

 誘導していると野次馬の中にアキラがいた。

「まぁ、一大事にはならんだろ」

「てことは隼人は勝敗見えてんの?」

「まぁな」

「隼人君」「風見様」

「今行く。っと、悪いアキラ後で――」

「別に構わねえぞ」

「サンキュー」 

 たぶんいい勝負なのは最初だけでその後は一方的な試合展開になるだろうが何事にも保険は必要だ。

「二人とも準備はいいか?」

「うん」「はい」

「では――始め!」

 合図を出してから素早く退散しアキラの元へ向かう。

 先制したのはアリシア。

 敏捷性を活かして千歳を翻弄する。

「そこっ!」

「なんの!」

 レベルの高い模擬戦に観客が沸いている中。

 俺とアキラの二人は冷めた気分で観戦していた。

「で、どっちが勝つんだ?」

「千歳」

「隼人が身内贔屓をするのは珍しいな」

「バカいえ。正当な評価だ」

「いや現に千歳ちゃん押されてるじゃん」

「ああ今はな」

 そろそろか。

 優勢だったアリシアが徐々に防御と回避を強いられていく。

「どういうカラクリだ?」

「そんなものはない。単なる実力差だ」

「そんなわけないだろ。アリシア姫の実力は学園内でも上位のほうだ」

 アキラの見立ては間違っていない。

 魔法の国出身と思えないほどの剣の腕。

 例のしきたり関係かわからないがおそらく幼い頃から相当鍛錬を続けてきたのだろう。

「今回は相手が悪いからな」

 ただそれは千歳も同じ。

 分家という身分を跳ね除けるために彼女は才能に溺れることなく血の滲む努力を重ねて強さを得た。

 その強さは学園どころか国内でも上澄みの部類。

 特にアリシアと行っているような速度勝負は俺でも勝ち越しできる気はしない。

「お前わかってて止めなかったのか? 性格悪いぞ」

「否定はしない」

 遂にはアリシアが攻撃に転じることがてきずに防戦一方になる。

 ただ俺の予想より展開が早い気がする……そういうことか。

 ここで二人が決着して優劣をつけられるほうが後々厄介なのもあるが……それよりも少しマズいことになった。

「アキラ」

「ほいよ」

 アキラから木刀を受け取りタイミングを見計らう………………今!

 性格が悪いので二人の距離が少し空いた瞬間、間に割って入る。

「はい、そこまで」

「風見様?!」「隼人君?!」 

 背中側のアリシアの細剣を木刀で受け、千歳の模擬刀を踏みつける。

「何やってんだお前ー!」

「風見ー、お前道場出ろ!」

「両手に花とは、憎いねー大将!」

 周りを囲む観客からブーイングの嵐。

 最後のはアキラか……あとで締める。

「文句があるなら相手をするが?」

 煩わしいのでひと睨み。

「いっけね用事を思い出した」

「塾に行かないとママに怒られちゃう〜」

「あら、オヤツの時間だわ」

 蜘蛛の子を散らすように退散していった。

「隼人君、邪魔しないでよ」

「そうです」

「俺ももう少し様子を見るつもりだったんだがな」

 観客たちが視線を外している間にアリシアを抱きかかえる。

「へ?」「ちょ、隼人君?!」

「悪いが千歳、先を急ぐ。話がしたいならついて来い」

「いやその前に説め――」

 二人の間に割って入ったときよりも速く駆ける。

 誰にも視認されることなく道場を出た。

 アリシアは状況を理解すると顔を真っ赤にする。

 ガチで照れている姿は初めて見た。

 この場で弄ってもよかったが借りてきた猫のように大人しくなったので速度を上げることにした。

 



 

 


 

 

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