幕間 二幕目「少女の独白」
『引っ越しで忙しくなる。話はまた今度するから今日は帰れ』
隼人君が連絡を入れたため強引に風見本家へ送り返された。
珍しく考えていることが表情に出ていた気がする。
「よう千歳。帰ってたのか」
廊下を歩いていると鏡兄と出くわした。
「あれ鏡兄。お店は?」
「後はダチに任せてきた。お前は……どうやら隼人に追い出されたようだな」
「笑わないでよ」
ホント、デリカシーのない兄。
「あいつにも考えがあるんだ。許してやれ」
「そんなの鏡兄に言われなくてもわかってるもん」
「けど、お前納得してないだろ」
「そりゃそうだよ! だって隼人君はこの国の誰よりももみ――」
私も学習しない女だな。
さっき隼人君に嫌な顔をされたばかりじゃない。
「何だ。珍しく隼人の地雷を踏み抜いたみたいだな」
「うっさい。部屋に戻る」
これ以上鏡兄と話していたら落ち着いたのに意味がない。
また熱くなって隼人君に迷惑をかけてしまいそうだ。
部屋に戻ってポケットから合鍵を取り出す。
「『大事な家族』……か」
そう言われて嬉しかったけど物足りなさを感じた。
私は私自身の感情をわかっていない。
隼人君のことは確かに大切で従兄以上の特別な相手だと思っている。
けどそれは異性としての好意ではない。
今はただ恋とも呼べないこの感情を持て余して八つ当たりをしている。
「本当に何だろうね」
隼人君に婚約者が出来たと聞いて初めに感じたのは怒りだ。
あれだけ大事なことは相談してくれたのに何故私に言ってくれなかったのだろう。
本人曰く時間がなかったと言っていた。
話をしてみて結婚に対して満更でもなさそうだったがどこか悩んでいるのもわかった。
わかったから彼の決断に対して何も言えなくなったんだ。
「隼人君」
独占欲?
んーん、違う。
嫉妬心?
んーん、違う。
たぶん私は寂しいんだ。
大事なものが離れていくような喪失感。
想像するだけで胸が苦しくなる。
「君は何を望むの?」
問いかけても答えてはくれないだろう。
彼はそういう人だ。
大事なことにはフタをして仮面を被って気取らせない。
長年一緒にいた家族や私と鏡兄ですらわからないほどに。
わかっているのは彼が紅葉姫のことを想っているということ。
そのために護衛役を離れることを選んだ。
「これだけ近くにいてわかんないなんて」
自然と涙が出てくる。
この先私が隼人君を理解できる日は来ないかもしれない。
それなのに私はこれからも彼の近くにいようとする。
「ごめんね……隼人君」
私は彼の無自覚な優しさに溺れる――卑しく醜い女だ。
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