第三話「暴走する従妹様」

とりあえずコンビニやスーパー、病院など生活に欠かせない施設を軽く案内し食材の買い物を済ませて家へと戻る。

 玄関に入り他の靴がないことに安堵した。

「引っ越し業者は夕方に来るそうです」

「先にアリシアの部屋を決めようか」

「わかりました」

 全ての部屋を案内して最終的には俺の隣の部屋に決まった。

「よくよく考えれば一人暮らしの家にしては随分広いんですよね」

「条件が合うところがここだったんだよ」

「条件?」

「そういやさっきの案内の時には行かなかったな。アリシアも使う機会があるだろうし説明しておく」

 向かった先は離れにある道場。

 学園近くで道場があったのがこの家だ。

「元は何処かの流派の道場兼宿舎だったようでな」

「なるほど、だから一人暮らしにしては広いんですね。これは?」

「竹刀だ」

「大和式模造刀ですね。刀はないのですか?」

「この家にはない」

「何故ですか?」

「持っていても意味はないからな」

「それはどういう――」

 アリシアの言葉を遮るようにインターフォンが鳴る。

「アリシアの手配した引っ越し業者かな」

「だとしたら随分と早いですね」

 自然な形で会話が途切れたのは行幸。

 にしても引っ越し業者じゃないなら宅配か。

何か頼んでたっけ?

この時俺は二つのことを忘れていた。

一つはこの家を知っているのはアリシア以外にいることを。

もう一つは紅葉と同じくらい俺のことをよく知る少女がいることを。


 玄関にたどり着いてドア越しに見えるシルエットに足を止める。

「どうかされましたか?」

「すまない今日は客人が来る予定だったのを言い忘れていた」

「それは構いませんが……凄い汗ですね」

「後で下に降りてもらうかもしれないが呼ぶまで自室にいてくれ」

「わかりました」

 アリシアは大人しく部屋に戻る。

 さて、覚悟を決めるか。

 ドアを開けて客人――同い年の従妹の相楽千歳を迎え入れた。

「やぁ隼人君。すごーく会いたかったよ」

 栗色の髪に小豆色の瞳。

 アリシアに負けず劣らず整った顔立ちとスレンダーな容姿。

 どちらかといえば美人系な彼女は笑顔だが明らかに怒っていた。

「少し取り込んでいてな。電話にでなかったことは謝るから帰ってくれ」

「そりゃあ、女と乳繰り合ってたら忙しいわよね」

 ダメだ。

 説得どころかこちらの話を聞いてくれる様子じゃない。

 まさに怒髪天。

 栗色の髪が金色に光って逆立つのではないかと思うほどにキレている。

 ただ俺には何故彼女がキレているのかわからない。

「とりあえず、茶でも飲むか?」

「そうさせてもらうわ」

 こういう時は無理に追い返さずに理屈と屁理屈をこねくり回すしかない。


 言葉を尽くし礼節を尽くし何とかこれまでの経緯を聞いてもらえた。

 ただ紅葉のやつが裏で糸を引いてるであろうことは伏せている。

 何故従妹に対してここまで苦労しなければいけないのかという愚痴はこの際言わないでおく。

「話はわかった。で、何で私に言わなかったの?」

「どうせ後から連絡回るんだ。現にそうなっただろう」

「そういうことじゃなくて。ほら、恋人がいればその話を断ることだってできたかもしれないじゃない」

「それは思いつかなかったが恋人がいないんだから仕方ないだろ」

 おそらくその場の口八丁で恋人を捏造してもオルレイン家の諜報部は優秀と聞く。

 バレてさらに状況が悪化するのが目に見えている。

「ぎ、偽装相手なら私がいるじゃない……」

「ん? まぁ……」

 確かにここ一年間料理が作れない俺のためにちょくちょくこの家に来ている。

 千歳曰く学園内で俺と千歳が付き合っているというデマもある。

 そして大和では従妹同士は結婚できる。

 恋人の偽装役にこれ以上ないくらい適役だ。

「お前にも迷惑かかっただろうし。それに今更言ってもしかたないだろ」

「だけどさ」

「もう決まったことだ」

 何故千歳は煮え切れない態度なんだ。

「おかしい」

「何が?」

「確かに隼人君は流されやすいけど人生を左右するようなことは決して譲らない。何か他に理由があると思う」

「考えすぎだろ」

 さすがは従妹。

 俺のことをよくわかってらっしゃる。

「もしかして今回の件。紅葉姫が関わってたりして」

「……何で俺の結婚相手をあいつが見繕わなきゃならないんだ」

 鋭いなクソ。

「忠誠心も程ほどにしなよ」

「だから違うって言ってんだろうが!」

 護衛役をしていた頃から何故か周りは俺を紅葉狂信者扱いする。

「だって隼人君が素直に従うのはあの方ぐらいだもん」

「別に紅葉は関係ない。俺は自分の意思で結婚を決めたんだ」

 きっかけはどうあれ最終的に決めたのは俺自身なので嘘は言っていない。

「結婚も一年後の話だ。破談になっている可能性もあるが……最悪、優秀な弟に任せるさ」

「なら、紅葉姫との誓いは?」

 お節介な従妹だ。

 それを持ち出されたらバツが悪い。

「……ごめん」

 二階にいるアリシアに聞こえていないことを祈ろう。

「ありがとな千歳。俺はよりも俺の事を考えてくれる従妹がいて幸せ者だ」

 いつだって彼女は俺の味方だった。

 一族相伝の流派を破門された時も。

 親の反対を押し切って一人暮らしを始めた時も。

 そして……紅葉の護衛役を辞めた時も。

 彼女は良き相談相手だった。

「バカ」

 これ以上千歳に甘えるわけにはいかない。

「コレ返したほうがいい?」

 千歳が取り出したのはこの家の合鍵。

 千歳は高等部から本家の道場に移った。

 その際、『たまに生きづらさを感じる』とぼやいていたので恩返しの意味を込めて避難所として自由に出入りできるように渡したもの。

「返さなくていい。今まで通り避難所として使ってくれ」

「アリシア姫に怒られるよ」

「俺の大事な家族を邪険にするようなら『そういう娘なんだ』と認識を改めればいい」

 人の大事なモノを否定する人間はこちらかお断りだ。

 無理に付き合う必要はない。

「今日は帰るね。アリシア姫によろしく」

 納得といかないものの理解を示してくれた千歳は席に立つ。

「ゆっくりしていけば……って、わけにはいかないか」

 時計を確認すると時刻は三時半過ぎ。

 もうすぐ引っ越し業者が到着する頃だ。

「何かあるの?」

「アリシアの家具やら荷物が届くんだよ」

あ……。

「どうやら私に言ってないことがあるみたいね」

 席を立った千歳は再び席に着く。

 せっかくいい感じに誤魔化せそうだったのに。

「アリシア。キョウカラココニスム」

「カタコトで誤魔化せると思ってんの? 結婚を約束したら即同棲って隼人君はいつから陽キャパリピ族になったのかな?」

「何その頭悪そうな名前の一族」

「男女七歳にして同衾せず」

「それ『おまいう』だろ」

 七歳どころか高等部に上がって何回千歳が泊まりにきたか覚えていない。

「私は隼人君の保護者だもん」

「お前のほうが誕生日後だろ」

「そういうことじゃない。てか、隼人君よく受け入れたね」

「大人には色々あるんだ……ほら、もう帰れ」

「面倒くさくなって取り繕ろわなくなったし! メッチャ子どもじゃん」

 口滑らせたがどうということはない。

 アリシアがここに住むことは家主である俺が了承しているし、なにかあっても王族パワーでゴリ押しできる。

 普通なら異を唱えることは誰も出来ないがこの従妹にそういった常識を通用しない。

「決めた。私も今日からここに住む」

「はぁ? 何でそうなる」

「何か一か月後に『子ども出来たわ~』とか言いそうだもん」

「んなわけあるか! 俺を何だと思ってる」

「ヘタレ」

「今の一言で納得できる理由にならねえし何なら普通に傷ついたわ」

 後ろから鏡夜の亡霊の『ほらみろ、修羅場じゃんか。てか、勝手に殺すな!』という声が聞こえてきそうだ。




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