幕間 一幕目「お姫様のクレーム対応」

 けたたましい着信音で目が覚める。

 次期大和城城主である私――御門紅葉の個人番号を知っているのは両手で数えるほどだ。

「いったい誰かしら……」

 ディスプレイに表示された名前は『バカ隼人』。

 無視することも考えたがかかってきたのは一年ぶりか……。

「私寝たの今朝六時で眠たいんだけど。何のよう?」

『これはこれは紅葉姫、ご機嫌うるわしゅう。大層なことをやってくれるじゃねえーか』

 取り繕ったのはほんの一瞬。

 相変わらず敬語も使えな……私がやめさせたんだった。

「何のことかしら?」

『とぼけんじゃねえ。アリシアのことだ』

「あら、もう名前で呼ぶほど仲良くなったのね」

 大きな欠伸を噛み殺して部屋の窓を開ける。

 眼下には城下町が広がっていた。

『お前の策略だろう。何のつもりだ?』

 言動から確信があるわけではなさそうだが誤魔化す理由がない。

「大切な親友が孤独死しないために頑張ったのに」

『余計な御世話すぎんだろ! だいたい相手が友好国のお姫様とか荷が重過ぎるわ』

 久々に慌てる隼人は面白……じゃなかった。

 面倒くさいな。

「身分とか気にする性質じゃないでしょうに」

 彼と初めて会った日のことを昨日のように思い出せる……腹が立ってきたわね。

「で、本題は何? そろそろ寝直したいんだけど」

 アリシア姫には悪いことをしたが彼にはむしろ感謝されてもいいぐらいだ。

 容姿は完璧。

 性格は私よりはるかに純粋で器も大きい。

 家柄は申し分ない。

 非の打ち所がない結婚相手を探してあげたのにその仕打ちが睡眠妨害。

 酷い話もあったものね。

『お前、俺を遠ざけようとしてるだろ』

 やはり行動が極端すぎたせいで気づかれるのも早かった。

「遠ざけるも何も私から離れたのはあなたじゃない」

『……それもそうだが』

 私が本音を話したがらないと察すると彼は必ず引き下がる。

 本当に優しい人。

「ああ、一応言っておくとあなたたち二人の仲が拗れて外交問題に発展したら腹を切ってもらうのを風見家当主に約束してもらってるから」

『結婚話といい。何故今後の人生に関わることが当の本人である俺が知らねえんだよ』

「あなたがあまりにも自分に無弾着だからよ」

『……』 

 否定できなかったようで黙りこくる。

 昔からの悪癖は治っていないようね。

『紅葉、俺は――』

「ごめんなさい、今から公務なの。話はまた今度ね」

「わかった。無理するなよ」

 電話を切り深くため息を吐く。

 裏から手を回してアリシア姫の対戦相手に隼人を指名したのは私だ。

 彼ならアリシア姫を傷つけずに武具を壊して試合を終わらせると確信していたし、結果予想通りそうなった。

「我ながら面倒な女だな」

 傍にいてほしいと思ったこともあった。

 けど、それ以上に親友である彼には幸せになってもらいたい。

 自意識過剰と言われるかもしれないが彼は私のことになると自分を顧みない。

 命も惜しまずに傷つきながら私を守ろうとする。

 大和内ではなく他国の姫を選んだのは少しでも遠ざけてこの未練を断ち切るため。

 だからこれは私のワガママだ。

「姫様」

 襖越しに一年前隼人から護衛役を引き継いだ女性の声が聞こえてくる。

「しばらくしたら参ります」

「承知しました」

 足音が遠ざかって安堵する。

 一年経つというのに慣れないものね。

「さーてお仕事お仕事」

 アリシア姫には期待できるが相手は隼人だ。

 何かしら他の手を考えないといけないが……。

「良いこと思いついた」

 思い立ったが吉日。

 時間がないのですぐに取りかかるとしよう。




 




 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る