第一話「異国の来訪者」
これでも多くの人生経験を積んできた。
四歳で刀を握り始めて八年足らずで国一番の称号を得た。
そしてその称号は国で最も重要な次期城主の護衛役への推薦状に早変わり。
中学三年間の青春とはおさらばして変わりに多額の退職金が手元に残った。
家を継ぐのはほぼ確定していたのと『青春は金では買えない!』と思ったので学園近くにあった広い家を購入して高等部に編入した。
一年目は悪名を重ねた以外は平凡な学園生活。
きっとこの先も特に代わり映えのしない人生を送るのだろう。
今朝までそう思っていた。
東西親善試合の翌日。
明日から新学期が始まるのでゆっくり朝食を作りダラダラ過ごす予定だったが珍しいことにインターフォンが鳴ったので中断。
玄関前に立っていたのはアリシア=オルレアン。
立ち話も何だったので客間へ招き入れお茶を出すとご丁寧に三つ指をつく。
アトリシア公国での負けた相手に対してあるいは家に上がった際の礼儀だろうか。
「不束者ですがよろしくお願いします」
うん、うちの国の婚礼前の礼儀のほうだな。
「えーと、オルレアンさん」
「どうぞアリシアとお呼びください」
記憶力には自信がある方だ。
まず間違いなく試合後にアリシアと会った覚えはない。
心当たりがなさすぎる。
「じゃあ、アリシア。一応確認だが試合後会ってないよな?」
「はい」
「じゃあ、何で君が俺に嫁ぐみたいになってるんだ?」
「答えはこれです」
アリシアが取り出したのはあの時彼女の細剣に付いていた装飾品の一部。
ブローチらしき物体にはアトリシア公国の家紋が施されていた。
「王家にはこういう言い伝えがあります」
――昔々、あるところに娘を大層溺愛する王様がいました。
『娘はどこにもやらん!』
そう王様は豪語していましたが王家の子どもはその姫君のみ。
血統を重んじる重臣たちは困り果てた末、ある宰相が王様に進言しました。
『恐れながら王よ。子は姫お一人、これでは血が途絶えてしまいます。ですのでこのような案はいかがでしょう』
――姫から王家の家紋を奪ったものを婿として迎え入れる。
重臣たちを諦めさせるためにその話に乗ることにした王様は姫が類稀な武の才能を持っていたことを知っていたので王家の家紋が入ったブローチを姫の剣に付けた。
そしてその三年後に異国の男が姫君との試合中にブローチを破壊。
約束通りその男を婿に迎え入れたので今も王家の血は途絶えずに済んでいるらしい。
「それから王家では家紋の入った装飾品を壊したものへ嫁ぐしきたりが出来たというわけです」
長い昔話を聞き終わり喉が渇いたのでお茶を飲み干す。
真っ先に浮かんだ感想は『何とはた迷惑しきたりなのだろう』というものだった。
「ちなみにその話を受けないと言ったらどうなるんだ?」
「詳しくはわかりませんが王家のありとあらゆる手段を用いて納得させます」
「今までそのしきたりに背いた人は?」
「いません」
「俺、異国民なんだが?」
「敵対国ではありませんから問題ありません」
聞けば聞くほど状況が詰んでいく。
だが、まだだ。
まだ諦めるには早い。
「それにご両親の許可はもう取ってあります」
「ん? 両親?」
「隼人様のです」
最初から積んでるじゃねえか。
抵抗しようとしたのが無駄に終わった。
「その時にこの家のことを教えてもらいました」
そういえば何故ここへ来れたのか疑問に思うべきだったな。
「その時親父は何か言っていたか?」
「お義父さまは『アレで良ければぜひ。なんなら
「実の父親に言う言葉じゃないが。あいつ気は確かか?」
時々俺の自由奔放さに嘆いていると聞いていたがわりと本気で悩んでいたんだな。
そもそも許可だしておいて息子に何も言わないのはおかしいだろ。
「隼人様は私の容姿は好みではありませんか?」
不躾だが正面に座る少女を上から下まで見る。
少し細身の体躯に整った顔立ち。
女性特有のふくらみは豊かで女性の平均身長よりはやや低め。
百人に聞けば百人美少女というだろう。
長々と羅列していったが結論としては。
「は? 普通に好みだが?」
何故かキレ気味に行ってしまうほどにドストライクだ。
「では、性格ですか?」
「初対面が昨夜だから何とも言えないな」
本人よりも先に親に挨拶に行くあたり外堀を埋める強かさはあるものの試合内容から察するに根は真面目ないい子だと思う。
「家柄に問題がありますか?」
「ある意味問題と言えば問題だな」
風見家は代々城主である御門家の護衛と武官を司る家系。
大和内で同率二位の地位を位置するがそれは国内のみ。
友好国であるアトリシアの国力のほうが上であるため釣り合っていない。
「家柄の事ならオルレアンの――」
「アリシアです」
「……オル――」
「アリシアです」
「アリシアの家のほうが問題視するだろう」
「王家のしきたりは絶対です。それに昔話の異国の男性も平民だったそうです」
親父の許可は出ている。
直接その場にいたわけではないが乗り気なほどだ。
容姿も好みだし、性格もたぶんだが大丈夫。
たが俺には彼女の王家のしきたりと同じくらい譲れないモノがある。
「アリシアが知っているかわからないが大和の民は忠誠心と愛国心が人一倍強い人種だ」
国を統治する御門家に敬意を払うことで統一し、国を守るために武を極める。
そうすることで他国の侵略を許さず、数百年もの間栄えてきた。
「俺には愛国心と呼べるほどのものはないが確固たる忠誠心がある。その相手はこの国の次期城主だ」
三年間あいつに仕えてこの国を観てきた。
先進国であるが決して発展しているわけではない。
この国の闇も多少は知っている。
それでも尚あいつがこの国を思い覚悟を持って未来へ歩むと言ったから。
俺はこの先あいつの隣にいることはできないがせめてその背中ぐらいは見守りたい。
「もし俺が生きている間にアトリシア公国と戦争が起きれば俺はアリシアの味方になるどころか。躊躇なくアリシアの首を撥ねるだろう」
これが俺の譲れないモノ。
国ではなく一人の女の子への忠誠心。
「そんな男でもあんたは隣におくというのか?」
不敬罪と今この場で首を撥ねられても後悔はない。
自分の意思を通せないのはもうこりごりだ。
「そういった話を聞くと紅葉様を羨ましく思います」
「あいつに会ったことがあるのか?」
「えぇ、昨日の午前中にお茶に誘っていただきまして。一時間にも満たない時間でしたがその時に対戦相手である隼人様のことも少しお聞きしましたが紅葉様が言っていた通りの人ですね」
「どうせ悪口だろ」
「いえ、『基本的に自分のことは話さないが譲れないモノははっきり言うバカ』と」
アリシアは肩を竦めると微笑む。
「やっぱり悪口じゃねえか」
「私はそうは思いません。むしろ隼人様たちの信頼関係を尊く思うのと同時に王家を盾にして自分の意思を伝えないのを恥ずかしく思います」
覚悟を決めたようにアリシアはい住まいを正す。
「私は自分より強い方には出会ったことありません。驕りと思われるかもしれませんが自信を持つぐらいの鍛錬を十年間積み重ねてきました」
立ち会ってそれは理解している。
彼女の研鑽は並大抵なものではない。
タラればだがアトリシア公国ではなく大和で生まれていれば歴史に名を残すほどの剣士となっていたであろう。
それほどに彼女は武の才能に満ちている。
足りないのは武の強者との戦いの経験と駆け引きするずる賢さだ。
「もし結婚するならば自分より強い殿方がよいという考えは王家のしきたりあってのものかもしれませんが私の譲れない思いです」
王家という身分がアリシアの才能を摘み取る。
一武芸者として勿体ないとも思う。
「隼人様のことを少ししか知りませんがあなた様が婚約者であってほしいと思うほどに私はあなたが欲しい」
あいつといいアリシアといい姫君ってやつは変わり者が多いのだろうか。
「過大評価すぎるだろ」
「私はそうは思いません。それとも私の価値観を否定しますか?」
いい子と思ったのは間違いだな。
彼女は中々に強かだ。
俺の面倒くささを理解して利用しつつある。
「否定はしないが納得はしないな」
「では、時間をかけてじっくりと説得します」
諦めも悪そうだ。
「無理だと思うがな」
「紅葉様も隼人様は異性に弱いと言っていました。私の容姿も好みのようですし勝算はありそうですね」
人のことをペラペラ喋りやがって仕える相手を間違えたかな。
「改めてこれからよろしくお願いします、隼人様」
「最初に言おうと思っていたが“様”はやめてくれ」
「私の方が一つ歳下ですので。ですが、夫の頼みを聞くのが妻の役目ですね」
「大和もアトリシアも男は十八歳以上だろ」
「では、婚約者というところでしょうか」
「その辺りが妥当だな。あぁ、婚約破棄したかったらいつでも言ってくれ。すぐに対応しよう」
手を差し出す。
人生なるようになるしかない。
「隼人さんこそ。押し倒したくなったらいつでも言ってくださいね」
アリシアは手を取りながらとんでもないカウンターを放った。
「おいおい……さすがにはしたなさすぎだろ」
「でも、こういう女性が好みなのでしょう?」
情報源の次期当主様には個人情報漏洩の件について後で苦情を入れるとしよう。
「何を聞いたか知らないが誤解だからな」
「それは時が経てば自ずとわかることですから」
この日この時をもって俺とアリシアの奇妙な婚約関係が始まる。
後先考えない性格は今更治せないがマシになるように努力しよう。
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