煌めく刃は誰がために リメイク前【PV2000】

天宮終夜

第一巻 

序章

もう二度と触れることがないと思っていた愛刀を一年ぶりに携えて満月が照らす武舞台へと上がる。

本当なら見事に咲き誇るこの夜桜を愛でたい気分だったが今日は叶いそうにない。

「あなたが東の姫が言っていた方ですか?」

 今宵は留学生を歓迎するための親善試合。

 反対側から上がってきた銀髪碧眼の少女の腰には豪華絢爛な装飾が付いた細剣を差している。

少女の名はアリシア=オルレイン。

魔法で栄えた西の大国――アトリシア公国の姫君。

この春から大和学園高等部に留学しに来た彼女は魔術師ではなく剣士(向こうでは騎士)としてここ大和にも武勇を轟かせている。

「うちの姫様は何と?」

「大和で一番強い剣士と聞いています」

 大和の姫君は御簾越しに武舞台を見ている。

 表情が見えない相手を睨んでもしかたないが文句の一つでも言いたい気分だ。

「それは過大評価だ」

 鞘から刀を抜いて中段で構える。

 刀はただ相手を斬るための道具。

 今の俺に矜持と呼べる程の高尚なモノはない。

 あるのはあいつの目の前で負けたくないという単なる意地。

「剣を交えればわかることです」

 相手がどこの誰だろうと関係ない。

「それには同意見だ」

 相手の力量も関係ない。

ただ己の全身全霊を込めて一刀を振るう。

「只今より東西親善試合を行う。東方――風見隼人」

 いつからだろう。

「西方――アリシア=オルレアン」

 純粋に勝負を楽しめなくなったのは。

「いざ尋常に」

 相手が誰だろうと全力で臨む。

 そんな時期も俺にもあったな。

「始め!」

「参ります!」

 前評判通りの俊敏な敏捷性。

 武芸者の国である大和国民でもほとんどの者が捉えられない速さを意に介さずに対処する。

「なっ!」

 少女は余程速度に自信があったのか驚いた表情。

 隙だらけだったがあえて反撃せず、後退していくのを見送った。

「どうして攻撃しなかったんですか?」

「必要がないからだ」

 この親善試合は負けなくていいだけで勝つ必要はない。

 言うなれば俺は舞台に上げられた役者。

 道化となって踊っていればいい。

「それはどういう意味ですか」

 手を抜かれたと思ったのか少女は憤る。

「剣を交えればわかるんだろ?」

 こういう手合いは煽るに限る。

「後悔しても知りませんから」

 血が上った頭は思考を鈍らせる。

 直線的な動きは読むに容易く。

 怒涛の連撃は鋭いだけでなしの礫。

 状況を見守る観客たちからは困惑の声が聞こえてくる。

「そろそろ諦めたらどうだ?」

「何故……です……か。私はまだ……一撃も与えられて……いません……よ」

 生き絶え絶えに虚勢を張るのは姫としてのプライドか。

それとも騎士道精神というやつか。

「出来ればあんたとは違う形で戦いたかった」

 力の差を感じているはずなのに少女の心は折れていない。

 向かってくる気高いその姿に美しさを感じる。

「無粋を承知で警告する。降参しろ」

「お断りします」

「だよな」

 説得は虚しく空振り。

諦めて刀を鞘に収めて居合いの構えを取る。

「こういうのはこれっきりにしてくれ」

 対戦相手の少女ではない誰かさんに向けた言葉。

 届いても届かなくてもどうでもよくて呟いた。

 「悪いがこれで幕引きだ」

 狙ったのは少女自身ではなく彼女が持つ細剣。

 装飾品が宙を舞いキラキラと舞台を彩る。

 「武器破壊により勝者――風見隼人」

 呆然と立ち尽くす敗者を置いておびただしい歓声の中武舞台を降りる。

 桜の花びらに惹かれて御簾の方を見る。

「――」

 表情は見えないはずなのに何故か御簾向こうの少女が笑っている気がした。

 


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