密室の溺死体
「被害者は酒井宏伸、溺死です。」
「溺死?」
能登羽は驚いた。なぜなら、ここは水などない社長室だったからだ。
「ってことは、この被害者はどこかで溺死させられた後、この部屋に移動させられたということかい?」
「いえ、そういう訳でもないようです。
この社長室から出ると、一方通行の廊下があります。その廊下の先には受付がありました。受付には人が常にいたので、死体を社長室に運び込むことは出来ません。」
「じゃあ、被害者はこの部屋で溺死したってことかい?」
「そう言うことになりますね。」
「被害者は見ての通り、机に顔を伏せるように倒れている。そして、机の上に溺れることのできる水はない。もちろん、机に水が乾いた後もない。さらに、流し台は乾いている。
かろうじてある水と言えば、被害者の隣にあるコーヒーカップに少し残っているコーヒーだが、コップ1杯のコーヒーで溺死は難しいだろうね。」
「ですが、そのコーヒーには睡眠薬が入っていたようです。」
「もちろん、被害者が覚醒作用のあるコーヒーに睡眠薬を入れるなんて真似はしないだろう?」
「はい、誰かが睡眠薬入りの瓶と入れ替えたものと考えられます。実際、瓶には指紋が検出されています。」
「そのコーヒーにはどの程度の睡眠薬が入っていたんだい?」
「大体、20時間は寝込んでしまうような量が入っていたようです。」
「20時間? かなりの量が入っていたようだね。」
「はい、被害者は朝に1杯のコーヒーを飲むことが日課だという証言があります。よって、この部屋には10時間以上誰も入っていないことからも考えて、被害者は10時間以上眠っていたと考えられます。」
「10時間以上、この部屋に誰も入っていなかったのかい?」
「そうですね。」
「なぜ?」
「社長室に鍵がかかっていたんです。被害者は社長室に鍵をかけて、仕事を進めることが多かったようです。今回の様に10時間も閉じこもることもあったそうです。ですから、わざわざ合鍵を使って、この部屋を開けることは無かったようです。」
「合鍵はどこにあるんだい?」
「合鍵は事務室に保管されていました。鍵付きのガラスケースに保管されていました。ガラスケースの鍵はある事務員が管理していたのですが、その事務員は肌身離さず、鍵を持っていたという証言が取れました。」
「なるほど、受付の監視も合わせて、2重の密室となっている訳か。
ちなみに、受付に死角はないのかい?」
「おそらく無いでしょう。受付に入る手段として、両開きの扉しかありません。この扉が開けば、必ず受付の人が気が付く思います。」
「じゃあ、事務員と受付の人の共犯と言う可能性はないのかい?」
「可能性としてはあります。しかし、受付の前と事務室には監視カメラがあります。ですから、受付の人と事務員が共犯だとしたら、監視カメラに写っているはずです。現在、監視カメラを確認中ですが、今の所、社長室に入る怪しい人物は見つかっていません。」
「となると、社長室の扉以外の所から入った可能性を考えないといけないね。」
「そうなると、あの窓となりますが、あの窓にも鍵がかかっていました。」
「じゃあ、何かの細工で鍵を閉めた可能性があるね。」
「いえ、それもないんです。」
「なぜだい?」
「あの窓は壊れて、開かないようになっているんです。」
「そうなのかい?」
「ええ、建付けが悪いどころの騒ぎじゃなく、全く窓が空かないんです。もうは目殺しの窓と考えてもいいです。」
「窓が空かなくなったのはいつか分かるかい?」
「はい、5日前に開かなくなったことを聞いています。窓が全く開かないと被害者から相談があったそうです。特段、窓が空かないから困ることは無いので、そのままにしていたそうです。」
「ちゃんと窓が空かないことは確認したんだね。」
「はい、窓のレールに油を拭きつけたりしたそうですが、全くどうにもならなかったと事務員の方が証言しています。その事務員の方が言うには、窓を全て取り替えないと治らないそうです。」
「そうなると、窓からの侵入も不可能だねぇ。一応、換気口は窓の上に開いているが、腕が通るほどの隙間しかない。とても、被害者に触れることは出来ないね。
あそこの窓から、管を延ばして、被害者の口に水を流し込み続けたとしても、溺死は難しいだろうね。それに、被害者は机に突っ伏したままだ。水を口に入れても、口から自ら出て机に漏れ出すだろうね。」
「密室だけでも難しいのに、水の無い密室での溺死となると、さらに難しいですね。」
「そうだね。」
「あの、能登羽さん。この密室を水で覆った可能性はありませんか?」
「どういうことかな?」
「あの換気口から水を流し込むんです。すると、この部屋は密室なので、部屋に水が溜まります。この社長室はだいたい横5m、縦10m、高さ3mの空間です。そして、この部屋には物も置かれている。そのものの体積を50㎥としましょう。
そうなると、この空間は100㎥つまり、10万Lで水で埋まることになります。となると、蛇口で10時間水を入れ続ければ、そのくらい埋まってしまうんじゃないですかね?」
「神宮司君、それはあまりにもお粗末な推理だねぇ。
まず、入れた水はどう回収する。扉を開けて全ての水を出せればいいが、扉は閉まっていたんだ。じゃあ、ポンプ車と使って吸い上げたとしよう。そうだとしても、部屋は濡れるはずだよ。それに、部屋を水で埋めるんだから、部屋にあった家具が浮力で動くはずだ。
しかし、この部屋の家具は動かされた形跡がない。さらに、部屋にあるたくさんの書類は濡れていないし、1度濡れて乾いた様子でもない。
さらに、密室と言えど、扉には部屋を密閉しないように遊びがあるはずだ。だから、その遊びから水が漏れ出してしまう。そうなれば、受付の人がその水漏れに気が付かないはずがない。
それに、換気口から水を溜めていったとしても、換気口の高さまでしか水を溜めることができないんだよ。そうなると、換気口より上には空気のある空間があるから、溺死させることは出来ない。」
「なるほど。」
「……そもそも不思議なのは、被害者を溺死させたとすれば、被害者は自分の首を手で押さえるなりして、苦しんだはずだ。でも、被害者は机に突っ伏したまま、眠るように死んでいる。
犯人はどんな手段で被害者を殺したんだろうねぇ。」
「とりあえず、怪しい人物は上がっているんですがね。」
「誰だい?」
「被害者に最後にあった人物である黒川省吾です。」
「その人物はこの被害者とどういう関係だい?」
「どうやら、この被害者が出資していた動物愛護団体の会長だったようです。被害者は今月でその団体への出資を取り止めるそうで、その黒川という男は毎日のようにこの社長室に訪れていたようです。」
「なるほどねぇ。」
能登羽は話をしながら、ふと被害者を見た。すると、被害者の服に何かが付いているのが分かった。
「……ちょっと待って! その黒川って男は、どんな動物を保護しているの?」
「えっと、確か、猫を中心に保護しているようです。」
「NOT BIAS!
なるほどねぇ! 犯人はその黒川だ!」
「本当ですか?」
「なるほどね。だから、犯人は部屋を密室にして、被害者を溺死させたのか!」
「どういうことですか?」
「それは、犯人がこの部屋に着いてから説明しよう。」
能登羽はそう言って、被害者の体についている動物の毛を摘まみ取った。
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