濡れない液体

「どうも、黒川さん。」


 黒川は被害者が殺された社長室に現れた。


「単刀直入に言いましょう。あなたが犯人ですね。」

「な、何を言い出すんですか?」


 黒川は驚いていた。


「まず、この部屋にあった睡眠薬入りのインスタントコーヒーの瓶には、被害者の酒井さん以外に、もう1つの指紋が検出されました。これはこの会社の社員の指紋ではありませんでした。となると、この会社の外の人間となる訳です。」

「だから、私が犯人だって言うんですか?」

「ええ、そうです。」

「このコーヒーの瓶なんていつでも入れ替えることができるでしょう? 例えば、夜に忍び込んで入れ替えるとかあるでしょう?」

「そうです。その可能性はにあります。」

「なら……。」

「しかし、それなら、コーヒーの瓶に犯人が指紋を残しておくことはおかしいんです。」

「どういうことです?」

「では、あなたの言う通り、コーヒーの瓶を社長室に誰もいない隙に睡眠薬入りのものと入れ替えたとしましょう。もちろん、睡眠薬入りのコーヒーの瓶はこの事件の重要な証拠となります。


 ですから、普通は指紋を残すなんてへまをしないんです。


 この社長室に誰もいない時なら、手袋をするなり、指紋を拭き取るなりして、壜に指紋など残さないんですよ。


 では、なぜ犯人は指紋を残してしまったのか?


 睡眠薬入りのコーヒーの瓶を入れ替えた時、社長室に被害者がいたんです。」

「!?」


 黒川は唇を噛み、追いつめられた表情をしている。


「瓶を入れ替えるとき、被害者の監視の目があったために、手袋を装着したり、指紋を拭いたりという一手間が犯人にとっては嫌だったんです。


 そして、このコーヒーは被害者が朝に1杯飲むことが日課だったという証言がとれています。よって、犯人は昨日の朝から今日の朝の間に、社長室に被害者がいる状態で、瓶を入れ替えたということになります。


 受付の人の証言と監視カメラの映像から、そのような状況になった人物は、黒川さん。あなたしかいないんです。」

「……確かに、その推理では私しか犯人になり得ませんね。


 しかし、それだけで私が犯人だと断定することは出来ないでしょう。その推理で分かるのは、私が睡眠薬を仕込んだということだけです。


 私が酒井を殺した証拠はあるんですか?」

「あります。」


 能登羽は懐からハンカチを出し、中から焦げ茶色の毛を出した。


「これは、被害者の体についていた毛です。あなたなら、この毛が何の毛か分かりますね?」


 黒川は少し言葉に詰まる。


「……猫の毛ですね。」

「そうです! 猫の毛です。


 しかし、被害者は猫を飼っていないし、社員の皆もこの毛の色の猫を飼っていないらしいです。さらに、よく見てみると、このような猫の毛が部屋中にたくさん残されているんですよね。


 はたして、なぜ、これだけの猫の毛があるのでしょう?」

「……。」

「答えは簡単です。この部屋に猫を入れた人間がいるんです。」

「だからなんなんですか? 猫が入った所で、酒井を殺すことは出来ないでしょう?


 堺の死体は見ての通り、傷もない状態です。私が仮に猫に酒井を襲うように命令したとすれば、猫のひっかき傷の1つでもついていいでしょう。」

「あなたはそんなことをしていません。」

「じゃあ、何をしたというんですか?」

「ただ、猫をこの部屋に入れただけです。」

「はい? それだけで、どうやって、酒井を殺すんですか?」

「酒井の死因は溺死でした。しかし、この部屋には水の気配は無い。そこで、私は思い出したんです。


 猫は液体だと!」

「!!!!!!!!」

「猫はどんな狭い空間へも水の様に入り込んでしまう。だから、液体なんです。しかし、四肢のある動物だから、固体でもあるんです。


 この特性を使えば、この密室で溺死体を作ることができるのです。


 まず、被害者はあなたと別れた後、この部屋の鍵を閉めます。そして、被害者はコーヒーを飲み、この机で突っ伏して眠るはずです。そして、あなたはあそこにある換気窓から猫を入れていったんです。


 猫の体積は大体50Lです。そして、この部屋の空き空間は10万Lです。となれば、猫を2000匹入れれば、この部屋を猫で満たすことができます。


 猫は水と違って、扉の隙間から漏れ出しませんし、換気窓の高さを超えて貯めることができます。そして、被害者は水の中と違って、浮力が無く、さらに、猫の重さで体を動かすことができないでしょう。


 そうなれば、被害者は机に突っ伏したまま、猫に溺れるしかなくなってしまうのです。


 そして、被害者を殺した後、猫を1匹ずつ換気窓から出す。これで、密室に溺死体ができるわけです。この犯行はとても時間がかかります。だから、この部屋の捜索を遅らせるために密室にしたんです。


 コーヒーの瓶を入れ替えることができ、猫を2000匹用意できる犯人はあなたくらいです。きっとこの猫の毛とあなたの飼っている猫とのDNA鑑定をすれば、きっと一致するでしょう。


 その前にあなたの罪を認めませんか?」

「……分かりました。その通りです。」


 黒川は静かにそう言った。


「やはり出資を断られたことが動機ですか?」

「はい、そうです。酒井は動物保護を金でしか見ていませんでした。それで、金にならないから出資を断るなんて、許せませんでした。


 動物達に死ねと言っているようなもんですよ!」

「それでも、あなたが罪を犯せば、あなたも酒井と同じことをしているも同然なんですよ。」

「違いますよ。刑事さん。」

「何が違うんですか?」

「私はね。あの猫達全員と共犯で罪を犯しました。


 つまり、警察は私と2000匹の猫を逮捕する義務がある!」

「まさか、この犯行はばれることが前提だったということですか!?」

「ええ、猫達にとって、牢屋もゲージの中も変わりません。そして、猫の飼育代は税金だから無くなることは無いんです!」

「なんと! 捕まることを計算に入れているとは!


 あなたは、私を忘れることは無いでしょう。まさに、ニャンダフルな犯人です!」


 その後、2000匹の猫と黒川省吾が逮捕された。今も黒川と猫たちは刑務所の中で元気に過ごしている。

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