一貫の終わり
「もう帰っていいですか? 刑事さん。」
野尻は能登羽に話しかける。
「待って下さい。警察として、あなたを帰す訳にはいきません。」
「……それは私を疑っているということですか?」
「ええ、それもあります。」
「それも?」
「では、あなたが桑原さんを殺した犯人でしかありえないことを1から話していきましょう。
まず、あなたは桑原さんを突発的に殺してしまった。動機はおそらくあなたがしていた盗撮がバレたのでしょう?」
野尻は目を逸らしたが、沈黙を貫く。
「まあいいでしょう。もう盗撮カメラは見つかっています。後はあなたのしょうごうすれば、盗撮に関しては別途逮捕することができます。
とりあえず、今回大切なのは、今日、あなたはジムに監視カメラを仕掛けるだけだったということです。
それはさておき、桑原さんを殺したあなたは、まず、桑原さんの死体を事故に見せかけようとした。ダンベルに頭を打って、死んでしまった事故と見えるように現場を偽装した。
あとは、あなたについてしまった返り血を処理すれば完璧だ。だから、あなたはシャワーを浴びた。あなたは汚れた服を脱いで、体に付いた返り血を落とした。
この時、返り血の付いた服を隠して持ち運ぶものが無かったので、シャワールームに備え付けのバスタオルで服を包んだ。これであなたは帰ってしまえば、完全犯罪が出来上がるはずだった。
しかし、壁で体を擦り剥いてしまったんです。それも、出血を伴うものだった。
その時、絨毯の床を自分の血で汚してしまった。別に、桑原の死体が事故と処理されればいいが、あなたは今回の殺人が突発的な犯行だったことが気にかかった。
もし、あなたが何かのミスを犯していれば、桑原の死体は事故に見えないかもしれない。実際、私には事故に見えませんでした。そうなれば、この床に付いた血から、あなたが犯人だとすぐに分かってしまうかもしれない。
だから、あなたは床の血を隠すために、架空の犯人を捏造することにした。
そのために、バスタオルと服を壁にべったりと付けた。そうすることで、床に付いた自分の血を隠したんです。
これが今回の事件の真相です。」
野尻の顔にはまだ余裕があった。
「刑事さん。確かに、そういう妄想は出来るでしょう。実際、私は盗撮をしていました。それは認めます。
しかし、私が人を殺したという証拠は無い。
警察なら、ちゃんと証拠を持ってきてください!」
野尻は能登羽へと言い放った。
「そうですね。私はこの事件の核心を包み隠したりせず、あなたのように、全てをあけっぴろげる方がよさそうですね。」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味です。」
「……。」
「私は推理の途中、この殺人は突発的であることが重要だと言いました。あなたは今日、トレーニングに来る予定はなかったんです。
ですから、あなたは着替えなど持っていなかった!」
「……!!!!」
野尻は動揺を見せる。
「返り血をシャワーで処理した後、あなたは着替えが無いから、素っ裸になるしかなかったんです。
だから、腰の高さにある壁の傷で擦り剥いてしまった。
壁にある傷は服を着ていれば、擦り剥くことはありませんでした。だから、普通に服を着ている人間なら、この壁で擦り剥くことは無い。ましてや、出血などしないのです!
ところで、あなたのお尻に擦り剥き傷が見えるのですが、その傷の説明をお願いできますか?」
野尻はすっぽんぽんの体で、床に崩れ落ちた。
「……そうです。私がやりました。」
「自白、ありがとうございます。」
「刑事さん、いつから私が怪しいと?」
「……自分の胸に手を置いてください。服を着ていないことが分かるはずです。」
「そんな…、そんな些細なことで……。」
「私はすっぽんぽんのあなたを見た瞬間、殺人とは関係なく逮捕しておくべきだと思いましたよ。
まともな人間は、服を着ます。」
「……私が服を脱いだ時点で、冷静じゃなかったということですね。」
「その通りです。」
野尻はそのまま泣き始めた。まるで、赤子に戻ったかのように、裸のままで泣き叫んでいた。
「……神宮司君、野尻さんだけが裸なのは寂しい。
君も脱ぎなさい。」
「……はい!」
「そして、寄り添ってあげなさい。今だけは。」
神宮寺はスーツを脱ぎ捨て、裸になった。そして、野尻と同じく地面に寝転がり、泣き叫んだ。
ジムの廊下には2人の赤子のような泣き声がこだまするのだった。
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