不可能な死因
「なんでこんなに歩くのお~!」
能登羽はのそのそと草原を歩きながら、愚痴をこぼした。神宮寺は能登羽の愚痴に答える。
「しょうがないですよ。この牧場はパトカー入れないんですから。」
「ここ、牧場なの~?
滅茶苦茶広いじゃない? 見渡す限り草原だよ。」
「まあ、大規模な牧場ですからね。」
「そんな牧場で殺人ねえ~。
犯人は牧場主ってことにして、もう現場に行くの止めようよ。」
「そういう訳にはいきませんよ。
もうちょっとですから、早く歩いてください!」
「帰りは神宮司君がおんぶしてくれよ~。」
「はいはい、事件解決してくれたら、考えますよ。」
神宮寺は能登羽を軽くいなし、能登羽を急かした。
そこから2,3分歩くと、現場が見えてきた。草原の草は丈がかなり高いので、遺体が近くからしか見えなかった。
「これは酷いねえ~。」
能登羽はそう呟いた。実際、遺体は体を強く打っており、顔は判別がつかず、手足が本来曲がらない方向へと曲がっていた。遺体の近くの草は、被害者の血らしきものが無数に飛び散っていた。
「……ちょっと待って、僕の勘違いじゃなきゃ、
転落死体に見えるんだけど……。」
「その通りです。
検死の結果、この被害者は転落死だと判明しました。」
「えっ!?
ここ、高い建物はおろか、僕の身長に及ぶ木もないよね」
「そうです。そこが不思議なんです。
この遺体は転落死体でありながら、どこから転落したかが分からないんです。」
「そうだよね。
この遺体の感じから、少なくとも20m以上の高さから落とさないとこの状態にはならないよ。」
「そうです。
なので、どこかで転落死させた遺体をこの牧場の真ん中に持ってきたのかと思ったのですが……。」
「この血飛沫がその推理を否定するねえ~。
この草原に飛び散った血飛沫は、この場所で被害者が転落死をしたことを示している。
しかし、この場所には転落できるものが何もない。」
能登羽はしばらく考える。
「……前回の幽玄山の殺人のように、即席の20m以上の建物を建てたかと思ったが、それらしき跡はないね。
もし、被害者を転落死させる建物を建てたとすれば、遺体の近くの草が折れて、跡になっているはず。
でも、そのような跡はないか……
……困ったねえ~。」
能登羽は近くをうろうろする。神宮寺はそんな能登羽に被害者の情報を伝える。
「被害者は村田省吾さん、25歳で、職業は医療メーカーの営業職だそうです。
犯行推定時刻は昨晩の7時だそうです。」
「顔が潰れているのによく分かったねえ~。」
「ええ、被害者の持ち物から、身元を確認できるものは粉々のスマートフォンと血まみれの財布しかありませんでした。
しかし、昨晩の6時にこの牧場の近くに車を止める被害者を監視カメラで確認し、車の中に置いてあったカバン書類などから、村田さんであることを確認できました。」
「それはいつ分かったの?」
「ついさっきです。」
「なるほどねえ~。
じゃあ、今回は不可解なことが多すぎるから、犯人から当たりをつけていくしかなさそうだねえ~。
その被害者が務めていた医療メーカーに行こうか?」
能登羽がそう言って、現場を離れようとした時だった。
「すいません。」
能登羽が呼ばれた声の方へと振り向く。そこには麦わら帽子を被った牧場主らしき人が立っていた。
「はい?」
「そろそろ、死体を回収してもらえませんか?
牛たちがお腹を空かせているので……。」
「ああ、すいません。牧場主の方でしたか?」
「はい、この牧場を管理している宇上と申します。」
宇上がそう言うと、神宮司が補足説明を入れる。
「そちらの宇上さんは、事件の第一発見者でもあります。
今朝7時ごろ、牧場の真ん中に倒れている被害者を発見したそうです。」
「なるほど~!
今回は災難でしたね。」
「ええ、まさか、村田が……。」
能登羽は宇上の発言に眉を上げた。
「お知合いですか?」
「ええ、小学校が同じでして、中学と高校は違いますがね。」
「仲が良かったのですか?」
「まあ、小学校の頃は……。」
「最近も会われたことがある?」
「……いえ、成人式で顔を合わせて以来でしたかね。」
「なるほど。
……ちなみに、毎朝、牧場の中はチェックはするんですか?」
「はい?」
「いえ、この死体を見つけるには、草の高さから想像するに、相当近くまで来ないと発見できません。
それも、遺体があったのは牧場の真ん中です。
なぜ、ここまであなたは歩いてきたのでしょうか?」
宇上は言葉に詰まった。
「……いや、昨日は風が強くてですね。
風で牧場の中に何かが飛んできていないか気になったんです。もし、何かが飛んできていたなら、牛が誤って食べてしまう可能性がありますからね。」
「なるほど~!
そう言った理由でしたか。そのチェックの途中で、この死体を見つけたということですか。」
「……はい。」
宇上は能登羽の質問に冷や汗をかいた。宇上は無意識に胸に手を当てる。
能登羽はその宇上の様子をじっくりと見ていた。
「捜査協力ありがとうございました!
遺体はすぐに回収しますので、もう少しお待ちください。」
「こちらこそありがとうございます。」
宇上はそう言って、現場から去っていった。能登羽はそれを確認すると、神宮司に話しかけた。
「犯人はあの牧場主だよ。」
「えっ!?」
「あの宇上って牧場主は、この遺体を見て、村田だと確信した。
この遺体は顔は潰れていて、体はぐちゃぐちゃだ。それなのに、宇上は村田だと確信した。それも、そこまで親交の深くない人間なのにだ。
これはつまり、殺された人物は村田だと宇上はあらかじめ知っていたんだ。」
「……でも、宇上が犯人だとして、
どうやって、村田を転落死させたんですか?
昨日は風が強かったということは、ヘリコプターなどから被害者を突き落とすことは不可能でしょうから、余計に転落死は不可能です。」
「そうだねえ。」
能登羽はそう言って、現場から離れていく。そしてある地点で立ち止まった。
「ここ!」
能登羽が立ち止まった部分は、何かが乗っていたかのように、草が折れていた。
「この辺は草が折れている。それも直線上にずっと。なんで折れているの?
風で折れたにしては綺麗に直線上だ。
……神宮司君、ここに立っておいて。」
そして、能登羽は神宮寺を立たせると、草の折れた場所を歩いていく。その草の折れた場所は何十メートルにも続いていた。
そして、その草の折れた場所を能登羽が歩いていくと、神宮司の場所へと戻った。
「やっぱりねえ~!
そうなると、宇上が胸に手を置いた理由は……。」
「能登羽さん、どういうことですか?」
神宮寺がそう問いかけると、能登羽は真剣なまなざしで答える。
「神宮司君、宇上をここに呼び出したら、いつでも銃を撃てるようにしておきなさい。
……その小さな銃では役に立たないかもしれないけどね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます