完璧なアリバイ
「またこの山かい?
それも朝8時じゃないか?」
能登羽はだるそうに呟いた。
「しょうがないですよ。また人が亡くなっちゃったんですから。」
神宮寺はダルそうにしている能登羽をパトカーから引き出す。
「誰なの? 今回の被害者は?」
「被害者は三井勝、帝皇大学の学生です。」
「帝皇大学って、一番賢いとこじゃない?」
「そうですね。」
「そんな学生がなんでまた?」
「目的は分かりませんが、被害者は現場であるこの山荘を予約していました。」
そして、神宮司は山荘を指差す。
「ここって、6日前の一家皆殺し事件の現場の目と鼻の先じゃない?」
「そうですね。
しかし、殺された被害者はあの事件と違って、首を絞めて殺されていました。」
「絞殺ってことかい?」
神宮寺はこくりと首を縦に振ると、犯行現場である山荘の扉を開けた。そして、能登羽は山荘の中に入っていく。
山荘の中は個室が無く、ただの四角い空間があるだけで、家具もなかった。そんな部屋の真ん中に死体が1つ置かれていた。
死体の表情は苦しそうで、目を見開いている。そして、その死体の首にはロープが巻き付いている。
「死亡推定時刻は?」
「昨夜の8時から9時の間だそうです。」
「第一発見者は?」
「今朝7時、この山荘の管理者が様子を見に来ると、この通り死体があったそうです。」
「なるほどねえ。
……なんで、絞殺なんだろうねえ~?」
能登羽は死体をしばらく見ると、山荘を出た。能登羽は頭を抱えながら、山の方へと向かう。
すると、そこへ男女3人組が近くを通りかかる。3人組は警察の人だかりを見て、こそこそ話している。
「こんにちは~!
こんなに朝早くにどうしたんですか~?」
「……僕らは登山に来て……
と言うか、何かあったんですか?」
「ああ、先に言っておくべきでした。
実は、あそこの山荘で人が殺されてしまいまして……。」
「ええ!?」
3人組は驚いた様子で顔を見合わせる。
「殺されたって、いつですか?」
三宅はそう質問をした。
「どうやら、昨夜の8時~9時の間に殺されたようです。」
「8時~9時……
それって、俺らがここに肝試しに向かった時じゃないか?」
「ああ、確かにそうね。」
「そうだな。
……もしかしたら、あの一家皆殺しの殺人犯が……。」
「いえ、それはないと思いますよ。」
「なぜです?」
「ここだけの話ですが、昨日の昼、犯人が自首したんですよ。」
三宅はそれを聞いて、ピタリと動きが止まる。
「……捕まったんですか?」
「ええ、今朝のニュースで報道していたと思います。」
「……ニュースは見ないで、ここにきたので……。」
三宅は動揺していた。一家皆殺しの犯人に今回の殺人を押し付ける計画が1つ崩れたからだ。
「……でも、おかしくない?」
倉田がその言葉を言った時、三宅はまずいと思った。
「山頂には日本刀が刺されていたのに……。」
三宅が想定していた通りの言葉を倉田は言った。倉田はその後、昨日のことを事細かに話し始めた。
三宅は一家皆殺しの犯人に今回の三井の殺人を押し付けようとしていたので、山頂に凶器を残すことで、三宅たち以外の犯人がこの山にいるという思いを抱かせようとした。
しかし、犯人が逮捕されたとなると、山頂の凶器は第一発見者の三宅が一番怪しくなる。
それに、まだ不安要素が残っている。
「なるほど~!
後で、山頂の調査を行いましょう。」
「……でも一家皆殺しの犯人が逮捕されたとなると、一体誰が殺したんでしょうか?」
「さあ、今は調査中ですが、殺されたのは、
三井勝という帝皇大学の学生でした。」
「ええ!? 勝先輩が?」
余計なことを言うなと三宅は思った。
「おや、お知合いですか?」
「ええ、同じ登山部の先輩です。
……でも、なんで、僕たちと同じ山に?」
古井がそう答える。
「……ほう。
ちなみに、あなた達3人は被害者が殺された時間、肝試しをしていたということでしたが、その時刻は正確ですか?」
「ええ、私の電波時計で確認したので、時間は正確だと思いますし、時間を遅らす細工はできないと思います。」
「なるほど。
ちなみに、あなた達が泊まっていた山荘からこの場所までどれだけかかりますか?」
「……おそらく、山を突っ切っても、1時間以上はかかると思いますけど……。」
「それで、8時~9時の間には3人とも完璧なアリバイがあると言うことですか?」
「はい、三宅君が忘れ物をして、10分ほどいなくなったことがありましたが、どう頑張っても、向こうの山荘からこの山荘を往復することは不可能です。」
「なるほど……
肝試しは何時まで?」
「おそらく、9時半にここに着いて、帰ったのが、10時半だったかな? 一応、この電波時計で確認したので、確実だと思います。
その時はずっと3人でいました。」
「ならば、アリバイは完璧ですね~!」
三宅は胸をなでおろす。
「ちなみに、その肝試しで誰かに出会ったとかはありますか?」
能登羽がそう質問すると、倉田がしばらく考えてから、質問に答えた。
「誰かに出会ったことはないですね。」
「分かりました! 協力感謝します。」
「いえ、勝先輩を殺した犯人を必ず捕まえてくださいね。」
「はい~! 最善を尽くします。」
能登羽は3人に笑顔を向けた。
「……しかし、勝先輩がなあ……。」
古井がそう言った。
「こんな所で絞殺とはなあ。」
三宅はそう答える。その言葉に、能登羽は反応し、しばらく考える。
「最後に1つよろしいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「あなたが持っている電波時計は、ライト機能はありましたか?」
「はい、あります。」
「昨日は使いました?」
「……はい、昨日は暗かったので、ずっと使っていました。
……でも、肝試し終わった時は少し明るかったから使わなかったかなあ?」
「……なるほど~!ありがとうございました。
ちなみに、もうお帰りですか?」
「はい。」
「一応、連絡先を確認させていただいてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん。」
そう言って、能登羽は3人と連絡先を交換した。
「事件に進展があれば、また連絡する可能性がありますので、その時はよろしくお願いします。」
「はい、それでは失礼します。」
そう言って、3人組は駅の方向へと進んでいった。
「神宮司君!」
3人が見えなくなると、能登羽は神宮司に声をかける。
「なんでしょう?」
「この山突っ切って、向こう側にある山荘に全力疾走してくれる?」
「?」
「捜査の一環だよ。
はい、よーいドン!」
能登羽がそう言うと、神宮司はスーツのままで山を登っていった。能登羽は時計の時刻を確認した。時刻は午前の8時半だった。
そして、しばらく経って、神宮司が帰ってくる。
「本当に向こうの山荘に行ってきた?」
「……はい……行ってきました……。」
神宮寺は息を切らしている。能登羽は再び時計の時刻を確認した。時刻は9時半だった。
「おかしいねえ。」
「……何がですか?」
「往復で1時間しかかかっていない。
さっきの3人組の話では、向こうの山荘からこの現場に来るまで、片道1時間かかっていた。
向こうは登山部で、山登りには慣れているはず。なのに、スーツで山登りに慣れていない神宮司君にこんな大差で負けるかな?」
「どういうことですか?」
能登羽は頭を抱えながら、しばらくぐるぐると同じ場所を歩き回る。
「……やはり、三宅が犯人だね~。」
「えっ!?
三宅って、あの3人組の1人ですか?」
「三宅はね。 僕が三井が殺されたとしか言っていないのに、三宅は絞殺されたと言った。それも、日本刀の凶器や燃えた家を見ていたのに、被害者が絞殺だと決めつけていた。
これは犯人しか知り得ない情報だ。
それに、一家殺人犯が逮捕されたのに、山頂に日本刀が刺されていたのは、三宅が仕込んだことだとすると、説明が付く。」
「でも、三宅には完璧なアリバイがあります。」
「そうなんだよ。
三宅のアリバイが無い時間は10分。
そんな時間で、向こうの山荘からここまで往復することは出来ない。ましてや、殺人を犯してね。」
「往復に1時間ですから、絶対に無理ですね。」
「……しかし、アリバイトリックを使ったことはほぼ確実だねえ~。」
「なぜですか?」
「被害者が絞殺されていたからだ。」
「?」
「普通、日本刀やらで、一家殺人事件を想起させるなら、同じ手法で、この被害者も殺すべきだった。
しかし、被害者は絞殺されていた。
この不合理な殺害手段は、今回の犯人がアリバイトリックを使うために、急いでいたと考えれば、納得できる。」
「?」
「いいかい、刺殺や撲殺、銃殺は返り血が出るから、返り血の処理に時間がかかる。だから、急いでいる犯人にとっては、選びたくない殺害方法だ。
だからと言って、毒殺はアリバイトリックに使えない。毒を何かに仕込んでおけば、犯人のアリバイは関係ないからだ。
そして、処理に時間がかからず、アリバイトリックを使うために、一番適しているのは、絞殺だ。
確かに、被害者が排泄物を漏らしてしまうこともあるが、今回はラッキーなことに、被害者からは排泄物がほとんど出ていなかった。」
「……でも、向こうの山荘から10分で殺す方法なんてあるんですか?」
「それが分かれば、さっきの時点で逮捕していたよ。」
能登羽は再び頭を抱え、周りを歩き回る。
そんな時、能登羽はあることに気が付く。
「ちょっと待って、焦げ臭くないかい?」
能登羽は花で匂いを嗅ぎながら、そう言った。
「それはそうですよ。燃やされた家があるんですから。」
能登羽はしばらく考えてから、笑い始めた。
「なるほどねえ~!
NOT BIAS!
そういうことか。」
「分かったんですか?」
「うん、三宅が使ったアリバイトリックの正体もね。
神宮司君、夜の8時に三宅をここに呼び出してくれ。」
「分かりました。」
「それと、三宅が大学でどの学科に属しているかも確認してくれ。」
「……分かりました。」
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