エンドロール

「どうも。」


 能登羽は舞台裏からこちらへ歩いて来る明神に挨拶をした。


「どうも、刑事さん。


 ……ここが現場のようですね。舞台上に血がべっとりついている。


 でも、殺人現場の死体の形のテープは貼らないんですか?」

「ええ、最近は現場保存のために、貼らないようです。」

「なるほど!」

「……ですがね。


 1つだけ、最初の現場と保存されていない所があります。」

「……さて、なんでしょう?」


 明神がそう言うと、能登羽はゆっくりと舞台の幕を指さした。


「舞台の幕です。


 舞台上に被害者の死体があり、血飛沫がたくさん飛び散っていました。


 しかし、舞台の幕には一切血が付いていない。


 この意味が分かりますか?」

「さて、さっぱり分かりませんね。」

「本当に分かりませんか?


 あなたが氷室さんを殺した犯人である証拠であるのにですか?」


 明神は取り乱すことなく、冷静に受け応える。


「舞台の幕が上がっていなかったからなんですか?


 舞台の幕なんて、劇団員なら誰でも開け方を知っていますよ。それは証拠にならない。」

「いいや、そうではありません。


 舞台の開け方の話はしていません。


 氷室さんの殺人の前は開いていた舞台の幕が、なぜ、殺人後に開いていたかです。」

「話が見えないなあ。


 結局何が言いたいんですか?」

「分かりました。


 それじゃあ、あなたが犯人である証拠を見せましょう。


 神宮司君! 舞台の幕を上げて!」


 能登羽がそう言うと、ゆっくりと舞台の幕が上がっていった。舞台の幕が上がると同時に、明神は段々と自分の犯したミスに気が付く。


「舞台の幕が被害者の殺害後に下がった理由は、


 !!」


 舞台の幕が上がりきると、観客席は満席だった。そして、最前列のお客さんは、氷室の返り血を浴びている。


「あなたは気が付いていなかったようですが、あなたと氷室さんは演劇の途中でした。


 演技の途中、あなたが氷室さんの首をナイフで斬りつけ、氷室さんが動かなくなった後、ナイフの指紋をハンカチで拭き、氷室さんの右手に握らせた。


 ……と観客である400人の証言が得られました。


 そして、衣装倉庫から、返り血の付いたあなたの衣装も見つかりました。」


 そう言って、返り血の付いた衣装を明神に見せた。


 明神は諦めた表情だった。


「演技でも、現実でも殺人犯になってしまいましたね。」

「そのようですね。


 ……まさか、氷室を殺した時が演劇の途中だったとは、気が付かなかった。」


 明神は息を大きく吸って、深呼吸をした。


「……刑事さん、いつからですか? いつから私が怪しいと?」

「最初からです。」


 能登羽は即答する。


「楽屋に来た時ですか?」

「いいえ、もっと前です。」

「もっと前?」

「最初に言ったはずですよ。私はあなたの大ファンだと。」


 そう言って、能登羽は胸ポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出した。能登羽はその折りたたまれた紙をゆっくりと開き、明神に見せた。


 それは、今回の劇のチケットだった。


「あなたが氷室さんの首を斬り付けた時、あなたを氷室殺しの犯人だと思いました。」


 能登羽がそう言うと、明神は急に笑い出した。


「ハハハハハ!


 最初から勝ち目はなかったわけか!」

「はい~!」


 しばらく静寂が流れた後、能登羽が再び喋り出す。


「……それでは、参りましょうか。」

「いや、ちょっと待ってくれ。」


 明神はそう言うと、舞台の真ん中に立ち、観客の方へと顔を向けた。


 そして、明神は観客に向かって、大きなお辞儀をした。それは、感謝の意がこもった心からのお礼だった。


「刑事さん、


 わたしはこれをエンドロールにはしませんよ。


 いつか、私がまたこの舞台に立ったら、また見に来てくれますか?」


 能登羽は即答した。


「もちろん!」


 舞台裏へ消えていく明神に向かって、観客からは鳴りやまないスタンディングオベーションが送られたのだった。

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