殺人演技
「お疲れ様です! 能登羽警部!」
神宮寺は先に現場についていた能登羽に向かって、敬礼をした。
「遅いよ~! 神宮司君!
僕は君が来る30分前からこの現場に来ていたんだよ! 君はいつ僕の階級を追い抜くほど出世をしたんだい?」
「すいません。
しかし、私は本部から連絡を受けて、すぐに駆け付けました。それに、警部は今日、非番のはずでしたよね?」
「そうだよ~!
非番の日に近くで殺人事件が起きたから、せっかくの休日が台無しだよ~!」
能登羽は誇張された大きな溜息を吐いた。
「それはご愁傷さまです。
……しかし、本部からの情報では自殺の線が濃厚だとの連絡がありました。まだ、殺人と決まったわけではないのではないですか?」
「いいや、これはれっきとした殺人だよ~。」
能登羽は真剣な顔になると、舞台上をうろうろと歩き回りながらそう言った。神宮寺は能登羽がいる舞台上に上がり、被害者の死体を確認した。
被害者は首元にざっくりと傷があり、そこから血溜まりが広がっていた。被害者は左手にナイフを握っていた。
「被害者は右利きだったんですか?」
「うん。右手にペンだこのようなものがあった。だから、被害者は右利きだったと思うよ~。」
「なら、被害者はナイフで首を斬りつけて、自殺したと判断するのが普通ではないでしょうか?」
「NOT BIAS!
それは違うねえ~。」
能登羽はそう言うと、舞台裏へと歩いていった。
「警部、どこに?」
「事情聴取! 行くよ!」
神宮司は現場の状況を詳しく見る暇もなく、能登羽の後へと付いていった。
能登羽は真っ先に、今回の舞台の主役である明神崇史の楽屋へと向かった。そして、明神の楽屋の扉をノックした。
ノックしてからしばらくすると、私服姿の明神が中から出てきた。
「はい?」
明神は不思議そうに能登羽の姿を見つめた。明神は見知らぬ男性二人組を警戒するように、扉を半開きでこちらの様子をうかがっている。
能登羽はそんなことをお構いなしに、半開きの扉を力任せにこじ開けた。
「いや~、明神さんをこんなに近くで見られるとは思いませんでした! 明神崇史の大ファンなんですよ~!
いつもは遠い席で、目を凝らしながら見ているので……
近くで見ると、二枚目ですね。」
「……ありがとうございます。
ところで、あなたたちは……?」
「ああ、すいません。興奮して先走ってしまいました。
僕たちは、こういうものです。」
そう言って、能登羽は胸ポケットから警察手帳を取り出した。神宮司もそれから少し遅れて、警察手帳を取り出した。
「へえ、警察手帳ってそうなっているんですね。この劇団の小道具として、寄贈していただきたいですね。」
「すいません! これを無くしてしまうと、上からこっぴどく叱られてしまいますんで、部下の神宮司君のならどうぞ!」
「じゃあ、1つだけ!」
明神は神宮寺の警察手帳を取る仕草をしたので、神宮司は急いで警察手帳をしまった。
「ハハハ、面白い刑事さん達だ。
……で、なぜ、刑事さんがこちらに?」
能登羽はパンと手を叩いて、思い出したような仕草を見せた。
「そうでした、そうでした。
実はですね。この劇場の舞台上で、この劇団の氷室さんが死体で見つかりましてね。その聞き込みに来たんです。」
「氷室が……?
それは本当ですか?」
「ええ、舞台上で首をナイフで切られたようです。」
能登羽がそう言うと、明神は頭を抱えた。
「……ああ、やっぱり、自殺ですか?
氷室は最近、役作りに行き詰っているようでした。それに、40にもなるのに、舞台では脇役ばかりだったので、かなり悩んでいたのかもしれません。
それにしても、舞台上で首を切って自殺なんで……。」
明神はうなだれるようにして、楽屋の椅子に座り込んだ。
「ああ、すいません。
何か勘違いしているようですから、先に言っておきますが、この事件は自殺ではなく、他殺です。」
「えっ……。」
明神はしばらく言葉に詰まった。
「ええ、実はですね。
被害者の致命傷となった首の傷を見たんですが、被害者の左手から右手の方向へ傷の開きが小さくなっていました。これは、ナイフで左から右に斬り付けたということです。
しかし、被害者が右手に握っていたナイフの刃先は、腕とは反対を向くように握られていました。
もし、自分の首を左から右へと切りつけたならば、右手でナイフの刃が腕の方向に向くように持たないといけません。
被害者の首の傷は深かったですから、ほぼ即死だったでしょう。なら、被害者はナイフの刃を反対に持ち替える暇はなかったでしょうし、第一、持ち替える必要性がありません。
つまり、誰かが被害者にナイフを握らせたということになるんです。」
明神は焦ったような表情を一瞬見せたが、すぐに毅然とした態度に戻る。
「……なるほど、誰かが氷室を……。」
「そしてですね。
あそこまでの首の傷を被害者の抵抗もなしに付けたとなると……
おそらく、相当の居合の名人か何かになるんですが、心当たり有りますか?」
「さあ、私は殺陣の方はからきしなので、他の団員の方が上手いんじゃないかな?」
「なるほど……。
それとですね。居合の名人じゃなくても、この劇場の劇団員なら何とかなるんですよ。」
「……ほう、それはどういうことですか?」
「例えば、氷室さんと犯人は、セリフ合わせをしようと言って、舞台上に呼び出す。今回の劇の内容は、サスペンスでしたので、ナイフを取り出し、斬りつける場面もありました。
なら、セリフ合わせの途中、本物のナイフを取り出し、斬りつける。これなら、居合の名人でなくとも、被害者の抵抗なく首を斬りつけることができます。」
「……それじゃあ、私が一番怪しいですね。
今回の劇では、私が連続殺人犯で、氷室が被害者の1人の役だった。
……なら、私を逮捕しますか?」
「いえいえ。まだ、居合の達人の線も消えていませんから、まだ何とも言えません。」
「ハハ、そうですか。
劇でも犯人、現実でも犯人となると、役作りは完璧なんですがね。」
「……では、私達は一旦、居合の達人を探すことにします。」
「そうですか、私に協力できることがあれば何でもおっしゃってください。」
「はい、ご協力を感謝します。」
能登羽はそう言って、明神の楽屋を出ようとした。
「ああ、もう1つだけ質問、いいですか?」
「……どうぞ、今日が劇の初日だったと思いますが、
なぜ、舞台衣装ではなく、今は私服なのでしょうか?」
明神は再び言葉に詰まる。
「……私は劇場の舞台裏まで衣装を着替えないんです。
舞台と現実は分けておかないと、現実でも殺人犯の役を引きずることになりますからね。」
「なるほど! ありがとうございました!」
能登羽はそう言って、明神の楽屋を出た。
「では、他の劇団員も事情聴取をしますか?」
「いいや、しなくていい。
犯人は明神崇史だよ。」
「えっ!?」
神宮寺は驚きの声を出した。神宮寺はしばらく固まっていると、楽屋廊下に裏方らしき人が通りかかった。能登羽はその裏方にを呼び止める。
「あの~、裏方の人でらっしゃいますか?」
「……はい。」
「いきなりで申し訳ないんですが、舞台衣装をしまってある倉庫みたいな部屋はありますか?」
「はい、楽屋廊下のずっと奥にあります。」
「そこには、舞台で使った衣装がたくさんある?」
「はい。」
「例えば、返り血で染まった衣装なんかも?」
「はい、劇で使ったものなら、たくさんあると思います。」
「……ありがとう。
神宮司君、その衣装倉庫で、返り血の付いた衣装を探すんだ。まだ完全に被害者の血は乾いていないだろうから、すぐに分かるはずだよ。」
神宮寺は状況を完全に飲み込めないままだったが、すぐに衣装倉庫へと向かった。
それから10分ほど経った後、神宮司は血の付いた衣装を能登羽の下へと持ってきた。
「能登羽警部の言う通り、返り血が乾いていない衣装ありました。
先ほどの裏方の人の証言では、今回の明神の衣装と同じものだそうです。」
「なるほどねえ~。
じゃあ、神宮司君。明神崇史を事件現場の舞台上に呼び出してくれないか?」
能登羽はそう言うと、返り血の付いた衣装を持ち、事件現場の舞台上へと向かっていった。
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