第73話 間の世界へ行こう

 ナナセとタケルが知り合いに片っ端から声を掛け、シャトルフ村に多くの冒険者が集まっていた。


 ブラックが集めた「黒の手」のメンバー達。フォルカーとマリーワン、マリーツー姉妹、魔術ギルド長ルシアン、先にシャトルフ村に来ていたジェイジェイ、そしてタケル、ナナセ、ルイン。急な呼び出しにも関わらず、全員が集まった。


 そしてヴィヴィアン、マカロン、ノアの「メイジーズ」もわけが分からないという顔をしながらやってきた。少し離れた場所に集合しているのは「コーヒーゾンビ」のメンバー達だ。以前カエルの魔物を倒した時に一緒だったジュード、アイト、ウメの三人に、レオンハルトが昔所属していた「ライトブリンガー」のエマ達も来ている。

 他にもナナセが知らない冒険者も沢山集まっていた。タケルが声をかけ、短い時間にこれだけ集まったことにナナセは驚いていた。


「凄いね、こんなにいっぱい集まるなんて」

 ナナセはルインと二人であっけにとられていた。

「さすがタケルさんだね」

 ルインはあちこち歩き回り冒険者達と言葉を交わすタケルを見ながら、感心したように呟く。


 タケルはナナセ達の姿を見つけると、駆け足で二人の所へやってきた。

「リスティ達の姿は見えねえな。ジェイジェイとルシアンが森の様子を見に行ってるけど、もう向こうに行っちまったかもな」

「そうですね、私達も急がないと……」

「まあ焦るなよナナセ。とりあえず俺達は腹ごしらえしようぜ。今マリーワンが村の食堂を借りて飯を用意してくれてるから待ってな」


 タケルは村の広場から見える小さな建物を指した。そこはシャトルフ村唯一の食堂で、マリーツーが建物の外にテーブルを並べているのが見える。マリーワンが食事を作り、マリーツーがそれを手伝っているようだった。


「わあ、凄い。私達も手伝った方がいいかな?」

 忙しそうに動く彼女らを見てナナセは呟く。

「いや、大丈夫だ。あの二人は『こんなことしかできないから任せて』って張り切ってるよ。一度入ったらいつ出られるか分からねえから、飯ができたらちゃんと食っとけよ? 食べたらすぐにダンジョンに向かうから、お前らも準備をしっかりしておけ」

 タケルはナナセとルインの肩を叩くと、再び急ぎ足で「コーヒーゾンビ」のツバサの元へ走っていった。


「ダンジョンか……どんな所か分からないから怖いよね」

 ルインは首に掛けた「魔力のペンダント」をぎゅっと握った。ヒーラーはパーティの生命線である。ルインが倒れれば全員が倒れる。そのことを良く分かっているので、ルインの表情は硬い。

「怖いよね。でもタケルさん達がついてるから大丈夫だよ」

 ナナセも怖いのは同じだ。だがルインをこれ以上緊張させないように、ナナセはルインを元気づけた。


 二人とも、ルインが作った真新しいローブを身に着けていた。斜め掛けのバッグには、ナナセが急いで作った回復薬の類がどっさり入っている。薬はもちろんヴィヴィアン達にも渡していた。


 ヴィヴィアン達がナナセ達に気づき、駆け寄ってきた。

「急に呼び出されるからびっくりしたよ! やっぱり新しいダンジョンができたって噂、本当だったんだね」

 ヴィヴィアンは緊張気味な顔で多くの冒険者らをキョロキョロ眺めていた。

「リスティ達が先にダンジョンに入ったって本当なの?」

 マカロンはやけに大きな三角帽を被っていた。その姿はまるで、人間だったころに読んだ絵本に出てくる魔法使いのようだとナナセは思う。

「多分、先に入ったと思う。それよりマカロン、その帽子買ったの?」

 帽子のことに触れずにはいられなかったナナセの問いに、マカロンは得意げに帽子を持ち上げた。

「えへへ、いいでしょ? こないだ中古市場で買ったんだあ。でも一個欠点があってさ……つばが大きすぎて前が良く見えないんだよね」

「サイズが合わないから前に下がってくるんじゃないの? 私が後で直してあげるよ」

 マカロンの帽子に触れるルインに、マカロンは「いいの? ありがとー!」と嬉しそうに笑った。


 ノアはいかにも腕の立ちそうな冒険者が沢山いることに圧倒されている。

「彼らも僕達と一緒にダンジョンに入るの? あそこにいるの、多分ハイファミリーだよね?」

 ノアの指さす先にいたのは、コーヒーゾンビのメンバーである。

「あー、うん。彼らはハイファミリーだったんだけど、リスティに同盟を追放されたんだよ。リスティが勝手な理由で追放しただけで、腕は一流だよ」

 ナナセが説明すると、ノアは安心したようにため息をついた。

「強い冒険者がいてくれて良かったよ。何の情報もないダンジョンにいきなり行くの怖いもんね……僕、ナナセにダンジョンのことを聞いた時どうしようかと思ったもん」

「ノアは相変わらず心配性だなー。みんなで行くんだし、大丈夫でしょー」

 マカロンはしきりに帽子の角度を気にしている。

「マカロン、そうは言うけど何があるか分からないんだから。ナナセにもらった薬ちゃんと持ってきた? 魔力回復薬は? 痺れ治療薬は? 毒消し薬は?」

「ちゃんと持ってきたよヴィヴィアン。大丈夫だってば」

「ほんとに? ちょっと見せて」

「持ってきてるってば……」


 ヴィヴィアンがマカロンのバッグの中をごそごそ探っていると、食事の用意をしていたマリーツーが広場中に響き渡る大きな声で「みなさーん! 串焼きができましたよー!」と叫んだ。

「串焼きだって! 行こうよ!」

 マカロンは目を輝かせ、走って行ってしまった。

「あ、待ってよ!」

 ヴィヴィアンとノアが慌ててマカロンを追いかける。ナナセとルインもそれに続き、既に人だかりができている食堂前のテーブルに向かった。


 食堂の外に置かれたテーブルに、次々とこんがり焼けた肉の串焼きが並ぶ。手っ取り早く力をつけられる串焼きは冒険者達に大人気のメニューだ。

「はい、どうぞ! マリーワンが作る『肉と茸の串焼き』は絶品よ! はい、順番守ってね! みんなの分はちゃんとあるから! みんな、髪型変えたくなったらぜひうちの『マリーツー』に来てね! 新色のリップもあるわよー!」

 ちゃっかり自分の店を宣伝しながら、マリーツーはテキパキと串焼きを冒険者達に渡していく。ナナセとルインも串焼きを受け取った。マリーツーは一瞬、意味ありげな視線を二人に送りながら、丁寧に串焼きを二人に渡した。


(頑張ってね)


 視線だけで会話を交わし、二人はその場から離れる。マリーワンとマリーツーはダンジョンには入らず、外で支援をするようだ。




 簡単な食事を済ませ、いよいよダンジョンに出発することとなった。タケルが先導し、冒険者達はぞろぞろと森の中を進む。

 彼らの殆どは事情を深く知らない。リスティ達が勝手に危険なダンジョンに向かったので助けに行く、と聞かされている。助けに行くという名目だが、何かいいお宝が見つかるかもしれないと期待している者が殆どだ。


 どこか浮かれた空気の中、一行は「シャトルフの扉」に到着した。


 扉の前には先に来ていたジェイジェイとルシアンが立っていた。彼らを監視するように守護団員が二人いて、彼らをじっと睨んでいる。ルシアンは駆け寄ってきたタケルに耳打ちをした。

「やはりリスティ達はここを通って中へ入ったようです。ほら、そこにゴミが落ちている。彼らが捨てて行ったのでしょう」

 扉の近くに、リスティ達が捨てて行ったと思われる薬の空き瓶が転がっていた。他にも食べ残しの果物や、食べ物が入った容器や、水筒などが散らばっていた。ルシアンはゴミを見つめながら眉間に皺を寄せている。


「全く。いくらガーディアンが掃除してくれるからって、散らかしすぎだぞあいつら」

 タケルもゴミを見ながらため息をついた。この世界「レムリアル」では、清掃ガーディアンというドローン型のガーディアンが深夜にエリアを巡回し、ドーリア達が捨てたゴミを回収している。白い円形の本体に足が六本生えているその形は、まるで昆虫のようだ。


「俺達が様子を見に来た時には既にこうなっていた。扉はどうやら一時的に開いていたようだ。今は閉まっているが……」

 ジェイジェイは腕組みしながら扉を睨む。

「扉が開いてた? ほんとか、それ?」

 タケルは扉に近づいて手を触れた。ガラスのような板で塞がれていて、全く開く様子はない。守護団員はタケルが近づくと、姿勢を変えてタケルを睨んだ。

「リスティ達はすんなりここを通ったと、ここの団員が答えた。今は閉じているが、俺が調べた所、裂け目が見つかったからなんとか中には入れそうだ。俺達も早く出発した方がいい」

「そうだな、でもこいつらはどうする?」

 タケル達と向かい合い、こちらを睨む二人の守護団員。彼らがあっさりとタケル達を通すとは考えにくい。

「私が彼らと話します」

 ルシアンは守護団員の元へ歩み寄り、彼らに何か話しかけている。


「何度言われても駄目だ。いくら魔術ギルド長の頼みとは言え、ユージーン団長の命令に反してここを通すわけにはいかない」

「ギルド長、分かってくださいよ。あんた達を勝手に通したら俺達どうなるか……」

 どうやらルシアンはタケル達が到着する前から守護団員を説得していたようだ。だが二人とも態度は硬く、簡単には通してくれそうもない。


「では、中へ向かったユージーン団長が戻ってこられなくても構わないと? 我々は冒険者ギルドの依頼でここに来ているのです。ガーディアンは中にいる者達が危険だと言っているのです」

「ギルドの依頼でここに……? だが、危険は承知の上だ。ユージーン団長がついているのだから、冒険者達は必ず帰ってくるはずだ」


 冒険者ギルドの名を出され、守護団員に動揺の色が見えた。そこへルシアンが畳みかける。

「ユージーン団長は街を守ることはできても、冒険者としては未熟だと聞いています。もう長い間魔物狩りに出ることもなかったのでは? 彼が調査団を守れるでしょうか。ここにいる冒険者達は皆手練れの者ばかり。少なくともユージーン団長よりは頼りになります」

 守護団員達は困ったように顔を見合わせた。その場にいる冒険者達の身なりを見れば、彼らが実力者であることは一目瞭然だ。


「我々は調査団を救出する為に来たのです。御覧なさい、この数の多さ。これだけ冒険者がいれば救出もたやすいでしょう」

「……仕方ない。ギルド長がそこまで言うなら……」

 ようやく守護団員が折れ、扉を守るように立っていた彼らが道を開けた。


「助かったよ、ギルド長」

「お礼は結構です。さあ、早く出発を」

「分かった」

 頷いたタケルは、振り返って仲間達に声を張り上げた。


「この先は俺もどうなってるか知らないし、かなり危険な場所であることは間違いない。行きたくない奴はここで引き返してくれていい。行ける奴だけついてきてくれ」


「ここまで来て引き返せるか?」

 フォルカーが不敵な笑みを浮かべる。

「危険なのは覚悟の上だよ。こんな扉を見せられて、先に行かないなんて冒険者じゃないよな?」

 ツバサもフォルカーに続いた。

「準備はできてます」

 ナナセはルインやヴィヴィアン達と目を合わせ、頷いた。他の仲間達もそれぞれ「行くに決まってる」「早く行こうぜ!」などと声を上げている。彼らの興奮は他の仲間達に伝わり、それは大きなうねりとなり、一つの大きな力になった。

 

 大きな力の渦の中心にいたタケルは、自分に気合を入れるように、両手で頬を一度叩いた。

「よし、それじゃ行くか!」

 タケルが先頭となり、扉の端の辺りを探ると、まるで向こう側から引っ張られるように突然タケルの姿が消えた。


「恐れてはなりません。タケルに続くのです」

 ルシアンが声を張り上げると、すぐにフォルカーが続き、コーヒーゾンビのメンバーがなだれ込むように扉へ手を伸ばし、どんどん消えていく。


 次はナナセの番だ。足を一歩前に出すと、横で見守るルシアンがナナセに声をかけた。


「ナナセ。あなたには必要な魔術を、必要な時に使えるスキルが備わっています。自信を持ちなさい」


「は、はい!」

ナナセはルシアンに頷き、ぐっと拳を握るとルインや他の仲間達に「行こう」と声をかけ、みんなで扉の中へ飛び込んでいった。

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