第72話 扉の向こう
ある日のこと、魔術ギルドで魔術の訓練をしていたナナセは、突然ブラックから「大事な話があるので今すぐこちらに来てくれませんか?」というメッセージを受け取り、訓練を引き上げて急いでヒースバリーへと向かった。
ブラックが呼び出すということは、恐らくリスティに関する話だろうと思いながら「ブラックの部屋」に到着すると、部屋の中にはブラックとタケルが既に待ち構えていた。
「すいません、遅れました」
慌てた様子でナナセは二人に挨拶をしながら扉を閉める。
「俺も今来たところだよ。ブラックはいつも急に呼び出すからな」
白い椅子に腰かけたタケルが、ふんぞり返りながらブラックを睨んだ。
「いつも急に呼び出してすみません。ナナセ、どうぞこちらにお掛けください」
型通りの謝罪をした後、ブラックはタケルの隣にある椅子に座るよう、ナナセを促した。
ナナセが椅子に腰かけると、二人の前に立ったブラックが話し始めた。
「シャトルフ村の森で見つかった石のオブジェの件です。先日石のオブジェが扉に変化したという話は、皆様にお伝えした通りですが」
「あの扉、ユージーン達がロープを張って他の奴らを近づけさせないようにしてるらしいな」
タケルは苦々しい顔で吐き捨てた。
「あれって新たなダンジョンの入り口じゃないかって、ヴィヴィアン達が騒いでます」
ナナセもタケルに続いた。
ブラックは頷き、話を続ける。
「ナナセの言う通り、あれは確かに新たなダンジョンの扉です。ですがまだ中に入ることはできません」
「何で入れねえの? 扉が現れたってことは、中に入れるってことなんじゃねえの?」
タケルは首を傾げた。
「この世界の真実を知るお二人だけにお話しします。あの扉は『新たなダンジョン』として創られた世界への入り口です。以前から、ジェイジェイがあの辺りで『妙な光を見た』という目撃情報を元に、裂け目調査をしていたのはご存じかと思いますが……」
「そういやそうだったな。あいつ結構しつこく調べてたよ」
「あれは何度か試験的に表れた『入り口』の光だったようです。すぐに消えたので特に問題はなかったのですが……。今回もまた現れましたが、ずっと消える様子がなく扉が存在しています。あの扉の向こうはまだ調査ができておりません。我々は、今はまだドーリア達を通すべきではないと判断しています」
タケルとナナセは顔を見合わせた。
「……つまり『レムリアル』の世界を創った人間が、新しいダンジョンを作ったけどまだ公開できない、ってことなんだな?」
「その通りです、タケル。扉の向こうは世界そのものが不安定だと『構築者モシュネ』は仰いました。ですから我々冒険者ギルドとしては、扉の中にドーリア達を通すことを許可できません」
なぜブラックは自分とタケルだけを呼び出したのだろう? とナナセは不思議に思っていたが、ブラックの話を聞き納得した。この世界「レムリアル」がどうやって創られたのか、その成り立ちを知っているのはナナセとタケルの二人だけだからなのだ。
「あの中はどういったダンジョンなんですか?」
「お答えします、ナナセ。あの扉の向こうはレムリアルと宵の世界の『
「じゃああの扉の向こうは魔物だらけってことか。すげえな」
タケルは急に目を輝かせた。生粋の冒険者である彼女にとって、新たなダンジョンの誕生はやはりワクワクするものらしい。
「ただし、今シャトルフ村にあるのは、間の世界の中でも一部のエリアのみです。それでも今あるダンジョンの中でも最も広いものになりますが」
「すげー! 早く入りてえ」
まるで子供のようにはしゃぐタケルを、ナナセは吹き出しそうになりながら見ていた。
「タケルさんは本当に冒険が好きなんですね」
「そりゃそうだろ。お前はワクワクしねえのか?」
「しないことはないですけど……私はまだそんなに強くないですし……」
「なんでお前はそんなに気弱なの? 行ってみなきゃどんな場所か分からねえだろ? ビビりすぎなんだよ」
「逆になんでそんなに躊躇なく冒険しようと思えるんですか……」
あまり乗り気でない様子のナナセをタケルはからかう。
ブラックは、浮かれるタケルと困惑しているナナセを無視するように話を続けた。
「ここからが本題です。実は、リスティ率いるハイファミリー同盟が、あの扉の向こうに行く為に調査団を作ったようです」
「調査団!?」
タケルは驚き、ガタッと音を立てながら椅子から立ち上がった。
「今朝、シャトルフ村に滞在しているジェイジェイから報告がありました。ハイファミリーがシャトルフ村に続々と集まっているようです。今は彼に様子を見てもらっています」
「ジェイジェイのやつ、なんで俺に先に言わねえんだよ!」
タケルは苛立ったようにその場をウロウロし始めた。
「ジェイジェイは、タケルがリスティ達を追いかけて揉め事になることを心配していたようです。とにかく、調査団があの中に入るのは重大なルール違反になります。彼らの安全も保障できません」
「そんなの織り込み済みで行くんだろ? どうせお宝を真っ先にゲットしてダンジョンを独占しようとでもしてるんだろ? ほっとけよ」
タケルは吐き捨てるように言うと、不機嫌そうに椅子に座った。
ナナセもタケルに続く。
「私もタケルさんと同意見です。それに、そもそも扉が閉まってるんだから中に入れないんじゃないんですか?」
「あの扉はレムリアルに初めて設置されたもので、扉そのものも不安定なのです。今は閉じていてもなんらかの原因で、扉が開いてしまう可能性があります。彼らが扉の先へ行くのは時間の問題かもしれません」
「そんなの、ガーディアンであの扉をさっさと封鎖してあいつらを追い出せばいいだろ?」
ブラックは首を振った。
「既に我々は、ガーディアンを数体シャトルフ村に派遣しました。彼らはあくまであの森へ、魔物狩りの為に来ただけだと主張しています。説得に応じる気配はありません」
「だからあいつらの説得役を俺らにやれってこと?」
苛立つタケルに、ブラックは突然頭を下げた。
「おい、ブラック……」
タケルは見たこともないブラックの姿に慌てた。
「無茶なお願いと承知しています。ですが彼らを説得できるのは、同じドーリアであるあなた達しかいません。ガーディアンでは駄目なのです」
「あんな連中の為に、俺らが働けっての?」
「はい、この世界を守る為に働くと、あなたは私に誓いました」
ブラックは頭を上げ、じっとタケルを見つめた。まばたきもせずタケルから視線を逸らさない。
ナナセはため息をつき、口を開いた。
「……そうですよね。私達はこの世界で唯一、世界の成り立ちを知っているわけで……未完成のエリアが危険だってことは、なんとなく分かります」
恐らく扉の向こうは「バグだらけ」なのだろうとナナセは思った。確かに危険な場所であろうことは、ナナセにも容易に想像できた。
タケルはやれやれ、と首を振った。
「軽々しく誓いなんて立てるもんじゃねえな」
「お願いできますか? 二人とも」
ブラックはタケルとナナセをそれぞれ見つめた。
「やります。どこまでやれるか分からないけど」
「……仕方ねえな。でも俺らがあいつらを説得できるかどうか分からねえぞ。それに俺らに危険が及ぶ時はあいつらより俺達を優先する。それでいいな?」
「構いません。優先順位を間違えないでください。まずはあなた達の安全が最優先です」
渋々了承した二人に、ブラックは少し口元を緩め安堵の表情を見せた。
話が決まったところで、タケルはふと疑問を口にした。
「でもさ、ジェイジェイがあの石のオブジェを何度も調べても裂け目はなかったし、あいつが問題ないって言ったんだから、すり抜けられる所もなさそうだけどな。結局向こうに行けなくて、あいつらも諦めて帰るんじゃねえの?」
「ジェイジェイが調べていた時は、入り口がそもそもなかったのですから見つからないのは当然でしょう。今は入り口があるわけですから、裂け目も存在している可能性があります」
「それじゃ、私達急いだ方がいいですね。みんなを集めますか? タケルさん」
ナナセがタケルに視線を送ると、タケルは頷いた。
「そうだな。ブラック、今すぐ他の『黒の手』に状況を説明してくれ。来れる奴はシャトルフ村に来てくれと伝えてくれ」
「はい、直ちに」
ブラックは頷き、すぐに自身のムギンを操作し始めた。
「後は声かけられそうなやつ全員集めるぞ。ナナセ、お前も『メイジーズ』に声かけろ」
「ヴィヴィアン達にも? いいですけど、どうしてですか?」
ナナセはきょとんとした顔でタケルに尋ねた。
「リスティ達が扉の向こうへ行っちまったら、俺達も追いかけなきゃならねえだろ? 向こうには魔物がどれくらいいるか分からねえから、できるだけ戦力が欲しいんだよ。ルインにも頼んで、戦える奴をできるだけ集めてくれ」
「分かりました」
ナナセが慌てて椅子から立ち上がるのとほぼ同時に、タケルは「ポータルの鍵」を使い、その場から消えていった。
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