第71話 不思議な扉
シャトルフの森に不思議な扉が現れたという話は、オブジェを監視していた冒険者ギルドはもちろんのこと、付近を警備していた守護団員からユージーンに報告され、すぐにリスティの耳へも届いた。
リスティは守護団長ユージーンに「シャトルフの扉」と名付けたその不思議な扉の周囲を封鎖するように命じた。シャトルフの扉の周囲には杭とロープが打たれ、囲いを作ってドーリア達を近づけさせないようにした。囲いの前には守護団員を置き、昼夜問わず彼らが見張っていた。
その後、シャトルフ村にリスティが多くの取り巻きを連れて現れた。つばの広い帽子を被り、真っ白なワンピースを身に着け、従者達と守護団員の護衛に囲まれた彼女は、遠目からでも目立つ。その場にいた冒険者達は何事かと目を見張った。
リスティ達はぞろぞろと森の中へ入っていく。リスティの目的は当然シャトルフの扉である。
リスティは扉の前に到着すると、背丈の倍ほどもある大きな扉を見上げ、目を輝かせた。
その扉は以前からあった石柱でできた扉の枠のような形のものに、まるでガラスのような素材の扉が現れたものだった。扉の向こう側は暗くて何も見えない。扉そのものがぼんやりと淡い光に包まれていて、一見しただけでただの扉でないことが分かる。
「……素晴らしいわ。この扉の先はどうなっているの?」
リスティは隣に立つ守護団長ユージーンに尋ねた。
「中の調査はまだです。向こう側がどれほど危険なのか分からないもので」
「中には入れるの?」
「扉に鍵はかかっていないようですが、開きません。今扉を開ける方法を探しています。この先は未知の領域ですから、入る為にはそれなりの準備が必要ですし、今色々と検討を重ねている所で……」
ユージーンはもごもごと長ったらしく言い訳をしていた。要するに「入りたくない」と言いたいのが丸わかりである。
ゼットはユージーンの話を聞くと、馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らした。
「守護団員は魔物狩りには不向きだもんな。中に入って魔物に襲われるのが怖いんだろ?あんたらは俺達にあれこれ指示するのは得意みたいだけどな」
ユージーンはゼットをじろりと睨んだ。
「我々にだって魔物狩りはできる。ただ我々の主な任務は住民達の平和を守ることなのだ。冒険者に街を守ることができるか?」
「俺はお前らに守ってもらった記憶がないけどね」
ゼットとユージーンが睨み合っている間、リスティはそれに構わず扉に心を奪われていた。
「中がどうなっているのか早く知りたいわ。きっとこの扉の向こうには、新たなダンジョンがあるに違いないもの。すぐに中へ入れるように調査団を作りましょう」
「そうですね、リスティ様。新たなダンジョンには新たな魔物がいるだろうし、新たなお宝も……」
ゼットは前に出て扉に近づこうとする。
「近づくな、ゼット。この扉は我が『ノヴァリス守護団』が管理している」
ユージーンがゼットをピシャリと叱ると、ゼットはユージーンを睨みながら「チッ」と小さく舌打ちした。
「私達が入るまで、誰もこの扉を通してはダメよ。一日中この扉を見張るの。片時も目を離してはダメ」
「お任せください、リスティ様」
ユージーンは胸に手を当て、リスティに誓った。
「そうだわ、マティアス。ハイファミリーにそれぞれの街を管理させる案だけど……まだシャトルフ村をどのファミリーに管理させるか決まってないわよね?」
突然リスティに話しかけられたマティアスは、慌てて前に出た。マティアスはブルーブラッドのリーダーであるが、今はその立場が形骸化していて、すっかり影が薄くなっている。今のマティアスを見て、彼がブルーブラッドのリーダーであると信じる者はいないだろう。
「ええ、まだです。色々と調整が難しく、まだ具体的なことが何も決まってなく……」
「それならば、シャトルフ村は私の『ブルーブラッド』が管理するわ。いいわよね? マティアス」
「えっ……」
マティアスは驚き、目を丸くした。
「小さな村だし、ここにはギルドもないからエルムグリンと一緒に管理させようと思っていたのだけど……。これからここは『シャトルフの扉』目当てに沢山の冒険者が訪れることになるから、信頼できるファミリーが管理した方がいいわ。マティアスに管理を任せれば安心だもの」
勝手に話を進めるリスティに、マティアスは困惑の表情を浮かべる。
「しかしリスティ様。ブルーブラッドはヒースバリーを管理するわけですし、これ以上は手一杯なのでは……」
「あら、何か問題あるかしら?」
リスティはにっこり微笑んで首を傾げる。彼女の表情を見たマティアスは、説得は無理だと悟り「……いえ」と言葉を飲み込んだ。
リスティが提案した「ハイファミリーがノヴァリスのそれぞれの街を管理する」という案は、具体的に実現に向けて動いていた。ヒースバリーはブルーブラッドが管理することだけは最初に決まっていたが、どの街をどのファミリーが管理するか、調整を任されていたマティアスにとっては頭の痛いことがまた増えた。
リスティのファミリーばかりが大きい街を管理するとなると、他のファミリーとの軋轢が生まれてしまう危険があった。ノヴァリスで最も大きな都市であるヒースバリーを、ブルーブラッドが管理するというだけで反発がありそうなものなのに、新たなダンジョンが現れたシャトルフ村もブルーブラッドが管理するとなれば更なる反発は必至である。シャトルフの扉を、リスティが独占しようとしているのは明らかだ。
リスティとユージーンが練り上げた計画では、ノヴァリス島の街を中心としていくつかのエリアに分け、それぞれの街にハイファミリーを管理者として置くというものだ。これまで冒険者ギルドとガーディアンが担っていた役割をハイファミリーが代わりに担当する。全てのドーリア達から管理料と言う名目でお金を徴収するのが目的で、全てのファミリーをハイファミリー同盟に加入させたのも、その為の布石であった。
これまでの利益と別にお金が取られることになると、ドーリア達の反発が大きいことが予想されるので、マティアスは慎重に事を進めたい。だが、リスティはそんなことなどささいな問題だと考えている。
(やれやれ、女王様は無茶ばかり言う)
心の中でため息をついたマティアスの気持ちに気づいたかのように、リスティはマティアスの手を取った。
「いつも面倒をかけて悪いわね。あなたの調整力は素晴らしいから、つい頼ってしまうのよ……」
「そんな、リスティ様。私は面倒などと思っていません」
「そう? 良かった」
リスティはホッとしたように笑みをマティアスに向けた。
リスティ達の自分勝手な理屈で、ノヴァリス島でのルールがどんどん変えられていく。しかし住民の殆どが、世界が変わっていくことにまだ気づいていなかった。
♢♢♢
リスティとの話し合いが上手くいかなかったナナセは、なんとかしなければと焦りながらも何が自分にできることなのか、思いあぐねていた。
時間は虚しく過ぎ去っていく。ナナセはメイジの訓練をして腕を磨いたり、調合ギルドに通ったりしながら普段通りに生活をしていた。
そんなある日、夜になり調合ギルドから自宅に帰宅したナナセは、なんだかそわそわした様子のルインに無理やり作業室に連れていかれた。
「どうしたの? 何かあった?」
「いいから、早く」
ルインはナナセの服の袖をつかみながら、ぐいぐいと作業室にナナセを連れて行くと、作業台の上に畳まれた服らしきものを手に持った。
「はい、これ」
ナナセは「何これ?」と言いながら受け取る。
「これって……」
ナナセはそれを受け取り、驚きながらルインを見た。
それは新品のローブだった。ナナセはローブを広げてみた。黒の生地にゴールドのパイピングで縁取られたメイジ用のローブ。今ナナセが使用しているローブよりも更に軽く、艶のある生地が美しい。
「ねえ、着てみてよ」
ルインはワクワクを抑えきれない表情でナナセに着るよう勧めた。ナナセは戸惑いながらローブに袖を通した。軽くて動きやすい生地に、金色の縁取りが施されていて美しい。胸の辺りにボタンがあって前を留められるようになっていて、そのボタンも金色の装飾が掘られ、動かすと赤い光が見える。
「どうしたの? これ……」
「良かった、サイズぴったり」
ルインは得意げに頷いた。
「前に言ってたでしょ? ナナセにローブ作ってあげるって。ようやくできたからプレゼントだよ」
「え……いいの!?」
ナナセは目を輝かせ、ローブの生地を撫でた。さらさらと心地いい生地は、相場に疎いナナセでも高いものだと分かった。
「本当は『落とし物』を使ったいいものを作りたかったけど、落とし物は高くてちょっと手が出なくて……でもフォルカーさんに紹介してもらった腕のいい裁縫職人に、エンチャントしてもらったんだよ。普通のローブよりだいぶいいものになってるはず。魔法攻撃も物理攻撃もかなり防げるし、気絶耐性と毒耐性もつけてくれたよ」
「凄いね、凄いね! あ、エンチャントしたからボタンに少し赤い光が見えたんだ……でもいいの? 確かに作って欲しいとは言ったけど、これ凄く高いよね? 材料費だけでも払うよ」
ナナセの申し出にルインは首を振った。
「気にしなくていいってば。私の分のローブも一緒に作ったから、いい練習になったしね」
ルインは作業台の上にもう一つ置かれたローブを持ち、ナナセに広げて見せた。それはヒーラー用のローブで、青の生地に銀色のパイピングが施されている。落ち着いた色味と滑らかな生地は高級感がある。
「ルインのローブも素敵だね!」
「ありがとう。これにもエンチャントしてもらったんだ。これで少し自信もついたし、これからは本格的に注文も受けようかと思ってるんだよ」
「いいね! いよいよ裁縫職人としてデビューするんだね。あ、ちゃんと裏地に『ルイン』の名が入ってる! これから沢山の冒険者がルインのローブを着るんだね」
「気が早いって。まだ注文が来るかどうかも分からないんだよ?」
ルインは困ったような顔で笑った。
「ルイン、本当にありがとう。大事に使うね」
ナナセは大事そうにローブの生地を撫でながら、ルインに礼を言った。ナナセ自身、ルインが裁縫ギルドに入った時に「ローブを作ってよ」と冗談めかして言ったことを忘れていたのに、ルインはナナセとの約束を守ってくれたのだ。
ナナセは嬉しくて、その日はベッドに入った後も、脇に掛けられた真新しいローブをずっと見つめていた。窓から入る月の光に照らされたローブを見ながら、ナナセは幸せな気持ちで眠りに落ちた。
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